| ☆ 2000年〜 ☆ |
| 初潮の頃から生理不順でしたが、20歳を過ぎた頃、生理ともわからない 不正出血の 為に初めて産婦人科へ行きました。初めて行った婦人科では、 子宮頸がん検査をして、 結婚の予定がないのなら、ピルを飲んで 生理を起こさせておけば良いということで、少しの間ピルを飲んでいました。 一ヶ月毎日の様に薬を飲む事がイヤだった私は、別の婦人科へ行きました。 そこでは、血液検査と超音波検査をして、高プロラクチン血漿だと言われて、 テルロンを もらいました。初めの内は一日半錠服用して、徐々に1錠から2錠へと 増やして飲むように言われました。そうして、量が増えていく内に気分が どんどん悪くなっていき、ある日会社に行く途中も胸がムカムカして、電車を途中で 降りてはトイレに行きました。その日は家に引き返して会社は休みました。 帰ってから、薬をくれた婦人科に行きこの事を話すと、先生は「あなたは、 この治療が出来なかったから、仕方ないですね。」とあっさり諦めて下さい。 という事を言われて、泣きながら、家に帰りました。そして、気を取り直して、 別の病院へ行きました。その病院での話を言うと、そこでは血液検査をされて、 その結果、確か30日周期で、17日目からプロゲステロンを朝晩1錠、 7日間飲むように言われて、3日後には、生理が始まりました。結婚するまでは、 この方法で生理を起こしておけば、大丈夫で、結婚して子供を望む様になれば、また、別の方法で、治療しましょうと言うことでした。 |
| ☆ 2002年3月 結婚 ☆ |
| 結婚して住まいが変わった事もあって、4月にまた、別の病院に転院しました。 今までの事を話して、きっと私は子供が出来にくいと思っていたので、 結婚したら不妊治療を始めたいと思っていましたので、子宮頸がん検査、血液検査、 超音波検査をして、結果を待つ間も基礎体温表をつけるように言われ、つけていると、 毎日が低温で、高温期がなく排卵ができていないことが分かり、検査の結果、 多嚢胞性卵巣である事でした。初の血液検査で、 黄体化ホルモン値が22.0mlU/ml(高め) 卵胞刺激ホルモン値が6.4mlU/ml(少し高め) プロラクチン値が33.2ng/ml(高め) だった事で、 3ヶ月ほど、プロゲステロンと同じ成分のルトラールを朝晩1錠づつ12日間 服用して、 生理を起こして様子をみた所、結果、プロラクチンの値だけが、高くなっていました。 そのために、またもや、テルロンを服用する事になりました。今度は朝晩、半錠づつの服用の ために、気分が悪くなることもなく、1ヶ月飲み続けました。その後の血液検査の結果 プロラクチン値が見事2.8ng/mlと標準になりましたが、自力での生理にはならず、 ルトラールの力を借りての生理になりました。丁度、その頃、主人のアメリカへの 海外赴任の話が持ち上がり、2002年10月にテネシー州へ赴任が決まってしまいました。 もちろん私も一緒に行かなければならなくなり、その旨を先生に話すると、 「これから、本格的に不妊治療に入る時期にしかもアメリカなんか、 英語話せるの? アメリカで不妊治療を続けるのは無理やわ。」「診断書も私は英語では書けないよ」と 無責任発言の連発でまたまた、私は泣きながら家に帰りました。帰ってから腹が立ち、 インターネットで海外での医療などを調べました。すると、治療が無理なんて事はなく、 言葉の壁もあるけれど、アメリカで治療している日本の方がいらっしゃる事、たくさんの人が 不妊に悩みんでいる事が分かり、私も頑張ろう!と思いました。 結局、私が渡米する、 2002年12月までは、ルトラールを服用して、生理をおこさせて、アメリカに行って環境の変化で、 生理が自然にくるかもしれない。との事で、2003年3月末まで待ってみてダメだったら、 病院へ行きなさいとの先生の指示でした。 診断書はどうしても、必要だったので、 日本語で書いてもらった物を主人の会社が会員になっている海外支援団体の方にお願いして 翻訳していただき持参しました。この方には本当に感謝しています。 渡米してから3ヶ月たった、2003年2月になっても、生理がくる様子はなく、 いつものように、基礎体温は低温のまま…。 まずは、ホームドクターを決めないといけなくなり、主人の会社の人と一緒に町の病院 (日本で言う総合病院)へ行き、女医さんにウチのホームドクターになってもらい、 婦人科の専門医を紹介してほしい旨を相談しました。 その日は、血液検査、尿検査をして、 婦人科の専門医(同じ病院内)に予約を入れて帰りました。 英語は分からないなりにも、なんとなくは理解できるもので、少し、自身ができました。 |
| ☆ 2003年2月27日 ☆ |
| 次の予約時間に病院の婦人科へ直接行きました。 初日は、血液検査の結果と尿検査の結果どちらも異常はないので、 超音波検査をします。と聞いた時には、血液検査に異常がない事に驚き、 アメリカへ来て慣れない生活ながら、日本にいた頃よりもストレスが なくなっていたのかな〜と思いつつ別室へいき、その後説明を聞きました。 やっぱり、説明は日本と同じで、多嚢胞性卵巣(PCO)とのことでした。 プロゲステロンを一日一錠を10日間服用し、出血が始まったら、電話を下さい。 と言われました。 エーーー!!電話??と思いましたが、OK!と言って帰りました。 |
| ☆ アメリカの超音波検査(Ultra Sound) ☆ |
| 私の行っていた病院では、超音波検査用の部屋があって、 そこで、大きな白い布を渡されて、スカートまたはズボンと下着を取って、 その布を下半身に巻きつけて出てきて下さい。と言われて、 スカートも脱がなければいけません。でも、私はアメリカのやり方のほうが いい様な気がします。 もし、医師が男性だったら、(男性ではなくても) シャブロンといって、女性の看護婦さん、または、自分の主人など 身内を付き添いに出来るのです。私の場合は常に女性の看護婦さんが 付いてくれていました。アメリカはすぐに裁判になってしまうお国柄なので、 シャブロンは患者だけでなく、医師を守る意味でも大切です。 |
| ☆ 2003年3月8日 ☆ |
| 薬を飲み始めて8日目に出血が始まり、いざ、電話!自分の言いたいことを 紙に書いておいてそれを読み上げて、伝えました。看護婦さんの名前を聞いていたので、 その人に替わってもらうと、日本人なんて、私しか通っていない様なので、 すぐに分かってくれました。午後からでも、病院に来てほしいとのことで、 今度は排卵誘発剤のクロミッドの処方箋を渡すからとの事でした。 (何を言われているのかはよく分からなかったけど、病院に来てほしいみたいな 感じだったので、行ってみると処方箋をくれたので、そういうことか〜と。) そして、出血の3日目から、50mgを一日一錠、5日間服用して、周期の14日目に 超音波検査で卵巣のなかの卵が成熟しているかどうかをチェックし、 成熟していたら、HCGの注射を打って排卵させるからとの事で、予約を入れて帰りました。 |
| ☆ 2003年3月20日 ☆ |
| クロミッドの効果があれば、今日は注射の日です。しかし、結果は、 卵が一つ育っていましたが、妊娠に必要な卵の大きさ(18mm〜20mm)には達してなくて、 今回は断念です。と言われました。卵巣にある、たくさんの嚢胞が 卵の成熟を邪魔していると言われて、また、別の薬、GLUCOPHAGE500mgの 処方箋を渡されました。一週間目は一日1錠、二週目は一日2錠、三週目は一日3錠で、 その後は一日3錠を続ける。帰ってインターネットを調べてみると、 糖尿病の人が飲む薬らしいのです。びっくりして、良く調べると、 多嚢胞性卵巣の原因は分かっていないけど、インスリンに関係しているのではないかとも 言われている。という文章があってホッとしました。 |
| ☆ 2003年4月9日 ☆ |
| 周期の35日になっても、生理がないため、病院に電話をいれました。 すると、また、プロゲステロンを今日から服用して、出血が始まったらまた、 電話してください。というので、今日は薬をもらいに行った。 |
| ☆ 2003年4月28日 ☆ |
| プロゲステロンを飲み始めて、今度は飲み終わってから、7日目に出血があり、 病院へ電話した。そしたら、病院へ午後から来てほしいとのことで、午後から病院へ行く。 そして、看護婦さんと話をしているうちに、私が勝手に解釈して、1ヶ月で服用を やめてしまっていた、GLUCOPHAGEは、続けてずーーっと飲んでおかないと いけなかったらしくて、それを飲んでいないんだったら、意味がないということで、 今回は、クロミッドの処方もされず、また、次の周期に持ち越しになった。 英語をもっと勉強しないと! |
| ☆ 2003年6月6日 ☆ |
| やっぱり、周期40日目になっても、生理にはならず、また、病院へ電話して、 プロゲステロンを服用するように指示された。で、今日から飲むことになった。 |
| ☆ 2003年6月16日 ☆ |
| プロゲステロンを10日服用して、次の日、出血。病院へ電話したら、クロミッドの 処方箋を出すとの事で、午後から病院へ行く。今回はクロミッド50mgを出血の 3日目から一日2錠を5日間服用、GLUCOPHAGEも続けて服用するように言われた。 そして、周期14日目の超音波検査の予約をして帰った。 |
| ☆ 2003年6月29日 ☆ |
| クロミッドの成果がでているか、超音波検査をするが、やっぱり、卵は一つ 大きくなっているものの、妊娠に必要な大きさまで成熟していないとのことで、 今日も注射はなしだった。すると先生が、次回からは、別の病院へ行ってください。 より、専門の病院、医師を紹介します。と言われた。どういうことだろうか???? まだ、何も治療らしいことしてないけど…。と思いつつ。OK…。と話を聞いて、 新しい先生の名前と病院の名前のメモを渡され、次の生理の一日目に電話して、 予約してください。との事。帰ってから、新しい病院を早速インターネットで検索すると、 人工授精、体外受精など、不妊専門の医師がそろっている、設備の整った所だった。 なんで、ココに行きなさいと先生が言ったのか分からないけど、新しい病院のほうが、 良さそうだったので、また、頑張ることに気持ちを入れ替えた! |
| ☆ 2003年7月20日 ☆ |
| 周期36日目にも生理にはならず、もとの病院に電話して、この旨を伝えると、 プロゲステロンを出してくれた。 |
| ☆ 2003年8月2日 ☆ |
| プロゲステロンを飲み終えて2日後に出血した。早速新しい病院へ電話した。 すると… New Paitient Formが必要なので、今日発送するので、 名前と住所を教えてください。と言われた。予約は、そのフォームを病院へ送り返してから、 病院側から、電話をくれるということだった。前の病院の先生が言ってたのんと話が違う! と思いちょっとがっかりしたけど、そのフォームがくるのを待つことにした。 |
| ☆ 2003年8月4日 ☆ |
| New Paitient Formが届いた。私の問診表と主人の問診表の2部が入っていて、 事細かい設問がたくさんあった。辞書と格闘しながら、なんとか記入。 でも、不安があったので、主人の会社の上司に確認してもらう。内容は、今までの病歴、 生理痛、アレルギー、抱えている問題、今服用している薬、親族の病気 (癌、母に流産暦があるかなど。)などでした。それと、別に以前通っていた病院から、 今までのデータの送付依頼の書類も入っていました。それは、よく分からなかったので、 直接前の病院へ持って行きました。看護婦さんも先生もちょうど、受付にいて、 すぐに送っておきます。との事で、ホッとして、帰りました。そして、2日後に送付しました。 |
| ☆ 2003年8月8日 ☆ |
| 病院から電話があり、都合の良い日を言ってください。と言われたので、 8月19日以降で。と言うと22日の9時はどうですか?との返事でそれで、 OKしました。(8月19日までは、主人が出張だったため) |
| ☆ 2003年8月22日 ☆ |
| 初めての病院。ドキドキしながら、受付を済ませて待っていると、すぐに呼ばれて診察室へ。 診察室の中に、超音波検査の機械が置いてありました。間もなく看護婦さんががきて、 私の体重、血圧、を測り、身長を聞き、送付した、問診表を見ながら少し質問して 出ていきました。その後、先生(女医さん)が来て、問診表を見ながらもう一度確認していき、 その後、超音波検査をするので、トイレに行っておいてください。と言われて、トイレへ。 部屋に戻ると看護婦さんがガウン(日本でも検査のときなどに、着たりしてるやつ)を渡されて、 下着を全部取ってこれを着て待っててください。と言って部屋を出て行った。少しすると、 先生とさっきとは、別の看護婦さんがきて、検査が始まった。初めは聴診器で呼吸を 調べてから、乳がんの検査をして、内診、触診は特に問題はなく、超音波検査をした。 終わると、着替えて待っててください。と言われて、2人共部屋を出て行った。 少し待ったら、先生が一人で戻ってきて、超音波の写真を見せてくれた。 クロミッドの服用もしていないのに、卵が一つ育っていて、今15mmです。 3日後の25日にもう一度大きさを計って、20mmに達していたら、HCGを打ちましょう。 もし、育っていない場合は、生理を起こさせてから、生理の3日目からクロミッド50mgを 一日3錠を5日間服用して卵が育つか様子を見ましょう。ということで、この日は終了。 クロミッドの説明の書類と薬を飲むことを承諾する書類の2種類を渡され家で呼んで サインをしてくるように言われた。 |
| ☆ 2003年8月25日 ☆ |
| 22日から、卵を育てな!といつもは、シャワーだけのお風呂もお湯をためて浸かって
卵を温めた甲斐があって?超音波検査の結果、卵がイイ大きさになってる。ということで、 HCGを1000mlお尻に注射。そんなに痛くなかった。ホッ。看護婦さんの説明で、 明日とあさってにSEXしてください。それで、9月8日に市販の妊娠検査薬をして、 その結果を電話で知らせてください。との事。さあ、どうなることやら…。 ドキドキの日々です。 |
| ☆ 2003年9月2日 ☆ |
| 注射をしてから、約一週間経ちました。えーーー!出血が始まった!早すぎ! でも、もしかしたら、着床出血って事もありえる?と密かに期待しつつ様子を見ることにしました。 でも、血がいかにも生理っぽい…。でも、HCGでちゃんと排卵できたんだ!とホっとした。 |
| ☆ 2003年9月3日 ☆ |
| 一向に出血が止まることなく、生理の2日目なみに出血している!今回は生理みたいだ…
と諦めて、明日病院に電話を入れてどうするか聞いてみる事にした。 |
| ☆ 2003年9月4日 ☆ |
| 朝、自分の言いたいことを紙に書いて、手元には、保険証カードと基礎体温表を用意して、 いざ、電話をかけてみた。受付嬢らしき人がでた!とにかく自分の書いた文章を 読み上げたら、'LAST NAME?'と聞かれ、少し待たされた、すると、ナースの ボイスメッセージにつなぐから、自分の名前と電話番号を言うといて。 みたいな事を言われた気がした…。で、'MY PHONE NUMBER?'って言うと 「相手はちょっと待ってね。」少し待つと、 アナウンスが流れだした。 その後留守番電話のピーってのが聞こえたので、あわてて、自分の名前と電話番号そんで、'Please Call me, Thank you.'と言って♯を押した。その後も何かアナウンスが流れていたけど、 良く分からず、そのまま受話器を持っているともう一度♯を押さなくてはいけない気がして、 押すと電話が切れた!メッセージを残せたのか分からないけど、電話がなかったらもう一度、 明日電話してみなければ…。 9月13日から、一週間、ダンナが出張で、カリフォルニアに 行く事になり、私の親友がカリフォルニアにいることもあって、一緒について行く事にした。 なので、きっと今周期の治療はお休みになるでしょう。12月にテネシー州に来てから、 旅行らしい所には、まだ、行った事がないので、ストレスを発散させて、また、帰ってきたら、 英語に負けず、頑張って治療しよう!でも、病院から返事の電話はかかってくるかな〜。 電話をしてから、約2時間後に病院から電話が!あ〜良かった。と一息つき、 また、例の紙を読み上げた。そしたら、今日からクロミッドを3錠、5日間飲んでください。 と言われて、私が行っている薬屋さんの電話番号を聞かれた。電話を入れておくので、 そこに取りに行ってほしいという事だな〜と理解できた!カリフォルニアに行く事を告げると、9月12日に一度、超音波検査をしに来てください。と言われて、AM10:30に予約してもらい。 電話を切った。とりあえず、ホッとした〜。 |
| ☆ 2003年9月12日 ☆ |
| 超音波検査をしたところ、卵は成長していなくて、「JUST
A CYST」と先生は言って、今回は、クロミッドは止めになった。代わりに今日からプロゲステロンを1錠、10日間飲んで 、 出血が始まったら電話くださいとのことでした。次の時には出血の2日目〜5日目までの間にもう一度、超音波検査をして、のう胞(CYST)がなくなっているか調べ、もし、 なくなっていたら、クロミッドを処方します。ということでした。ま、治療はさておき明日からカリフォルニアへの旅なので、気分転換にも楽しんで来ようと思います! |
| ☆ 2003年9月26日 ☆ |
| 前回まではダンナと一緒に通院していましたが、今日は、ナッシュビルまで初めて一人で病院へ!無事到着して、待合室で待っていると、「一人の先生が超音波の機械の故障 でちょっと時間がかかります。すみません。」との事、それから約1時間後にようやく呼ばれて、超音波検査をしてもらった検査の前に、出血中なので、ナプキンの様な 四角のパッドをしいてくれた、検査後は、消毒液のついているお手拭みたいなのをくれて、新しいナプキンが必要ならあげるよ。と言ってくれたけど、持参していたので、 ありがたく断った。親切だな〜と思いながら、服を着て、別の部屋に連れて行かれ、看護婦さんから話を聞いた。 のう胞(CYST)が右の卵巣にまだ残っているので、 このサイクルは、性交後検査をします。 との事、今度は10月8日PM1時に受付で予約を取ってください。10月7日の夜か、8日の朝にSEXしてから、病院へ来てください。 注意事項はお風呂はシャワーだけにして浸からない事。との事でした。その後、先生がきて、同じ説明をして、質問はありますか?と聞かれたが、特になかったので、 その日はそれで終わった。 |
| ☆ 性交後検査フーナ(ヒューナー)☆ |
| 不妊症の検査の一つ。 ヒューナー氏が考えた検査。
性交後2、3時間経ってから行う (病院によって時間は異なる)。 排卵日になると粘性のあるおりものが出て精子が 子宮内に入りやすくなる。 この粘性のおりものと精子の相性を調べたり、 精子が子宮内にどれ位浸入出来るかを調べる検査。 (おりものの変化を観察する事で自分で 排卵日を予測できるようになる場合もある。) |
| ☆ 2003年10月8日 ☆ |
| 朝、シャワーを浴びて、病院へ、ヒューナーテストを初めにした。看護婦さんらしき人が管の長いスポイドみたいなもの薄い小さな透明の板を持ってきて、早速、摂取して、 そのまま待ってください。と言われて、待っていると、先生が入ってきて、ヒューナーテストの結果はノーマルよ。と教えてくれた。ひとまず、ホットしてから、 超音波検査で、CYSTがなくなっているかチェックした。チェックする前に先生がココ痛くない?と聞かれて痛いです。と言うとどうも、ヒューナーテストの時に少し 切れたらしい。塗り薬を塗ってくれた。終わると着替えて待ってて。とのこと。少しして、看護婦さんが次の指示が書かれた紙を持ってきて説明してくれた。 10月28日までに次の生理がこなかったら、電話ください。もしくは、生理が始まったら、一日目に電話ください。との事。次に先生が来て、もう一度同じ説明を 繰り返してから、今日切れた部分の薬を出すから、朝晩一回づつ、4日〜5日間続けて、薬を塗った後に、ベビーパウダーをハタイテおいてください。と言われた。 今回はダンナも一緒に病院へ行き、結果がノーマルと聞いてかなり、ホットしていた様子だった。 |