訪問リハビリテーションのこと
訪問リハが好きです。在宅での要介護者の生活に根ざした援助をする必要があります。要介護者の御自宅は、要介護者及び御家族の城です。病院や施設とは違い、サービス提供者側のペースで動いてません。例えば,起床時間もまちまちです。朝4時に起きられる方や,昼の12時頃起きられる方もおられます。すべての方に病院、施設のように同じ時間に起きるように指導しても,反発を招くだけです。
これより私が関わり、少しでも改善が見られた症例を出します。もちろん私だけの力ではないこと、他にたくさんの失敗もあることは承知しているつもりです。
症例 1 NY さん 88歳 女性 (ケアマネジャーとしても関わる)
平成6年6月頃より動作緩慢、道路歩行時に転倒するようになる。同年8月 Kクリニック受診、パーキンソン病と診断。平成8年夏頃より一人で外出不可能となる。平成9年秋頃より痴呆症状出現。
平成11年1月より週1回訪問。室内歩行つたえ歩きで自立。入浴以外の身の回り動作、自立。軽度痴呆。外出の際、上着はまとまに着ておられるが、ズボンははなれてなかったり、自分には子供がないと言われたり、いるといわれたり(娘さん二人おられる)。一人で自宅で過ごすことは可能。
二階の自室にて、一日中特に何かするということなく、一人で過ごされている。(以前はとても活発な方で、婦人会の役職にも就かれるくらいで、旅行やご交友を楽しまれたようです。)食事は同居の次女さんが持ってこられる。週3回訪問看護がすでにはいっつていた。2回は入浴介助、1回は外出やレク。訪問看護や訪問リハは、サービス提供者を気に入れば受け入れてくださるが、気に入らないと挨拶もされない。デイサービスは拒否。(以前試みたが、行く時間になると、「お腹が痛い」など言われた。)
御家族、主介護者は次女さん。ご希望は入浴させてほしい。一日中何もしないので、刺激を与えてほしい。デイサービスに行ってほしいが、無理であれば構わない。痴呆症状をこれ以上進行させないようにしてほしい。など
理学療法としては、体操と歩行訓練をしていました。いつも10分位で終わりました。徒手にて全身関節可動域訓練をしたのですが、マイルドに時間をかけて行いましたが、拒否されました。固縮と関節可動域制限は軽度で、ADL上問題とならないものでした。問題はバランス障害でしたが、積極的に訓練はして頂けませんでした。ADLのレベルは変化しませんでした。
理学療法よりは、痴呆に対するアプローチ(メンタルケア)に重点を置くようになりました。次女さんのご希望とも一致し、歌を歌ったり、御本人さんを車椅子に乗せて外出したり、話(対話)したりと、生活に刺激を与えること、楽しめる事に時間を使いました。訪問看護も週2-3回関わり、私が1回と3-4回の訪問と御家族との関わりのみが人との交流でした。近所の公園へ桜や紅葉を楽しみに行ったり、海を見にドライブしたり。私が車椅子を押していると、「私ら夫婦に思われるかな。」と言われたこともありました。(年齢は50位はなれていますが、)子供の頃、お父さんに肩車をしてもらい、芝居や踊りを見にいったことは楽しそうに話してくださいました。よく歌も歌いました。粋な歌がお気に入りで、「東京行進曲」「鹿児島おはら節」をよく歌いました。
平成11年夏、次女さんが、最近家族が集まり、1階で騒いでいると、1階へ下りてこられ、ひ孫さんと話をされるようになったことを、うれしそうに話してくださる。(次女さんは、たいてい御本人さんの事をきつく評される方だったので、ひじょうにうれしかった。特に、優しく接してあげてほしいとは望んでいませんでしたが、)お盆、近隣の何ヶ所かで盆踊りがあり、一緒に行こうと誘いましたが、拒否される。(昔は踊りが大好きで友人とはしごされたそうです。)
平成12年6月より通所リハ(デイケア)に週1回、行かれるようになる。以前より御家族もわれわれも望んでいたことでした。いまいち楽しそうに参加されてませんが、、平成12年夏、盆踊り、車椅子に乗って連れて行ってもらわれる。
<一言>ADLレベル、痴呆症状の目立った変化はありませんが、少しずづ社会性を回復してきている症例だと思います。とても可愛く、おもしろい方で、お互いよく笑いました。平成12年8月末にて私は関わらなくなりましたが、最後の日、次女さんが、「また遊びに来てやってください」と、言ってくださり、うれしかったです。しかしADLレベル、痴呆症状の変化がないゆえ、在宅で生活できている症例かもしれません。悪化すれば、御家族の受け容れが、問題となるように思います。将来起こり得る準備教育もわれわれの仕事の一部だと思います。この症例でも、将来の変化の話もしようとしましたが、今のままでなくては困る、という態度で、十分に話を聴いてもらえませんでした。
症例 2 A さん 87歳 女性
くも膜下出血術后。病院にいる時は平行棒内は歩行できていたが、退院後、御自宅にて歩けなくなる。移動は四つ這いにて。日中お一人で自室におられたが、淋しさと元来の人なっこさゆえか、御商売されている事務所の方まで、よく這ってこられた。周りの人や事務所に訪れる人に、「誰か歩けるよってきてうになる薬を買ってきて」と、よく言われたそうです。
在宅での介護も困難となり、老人保健施設に入所。当初は、車椅子生活、ベット・車椅子間の移乗も軽度介助レベルであったが、麻痺もごく軽度で、関節可動域の制限もベット・椅子生活であれば、問題となるものはなかった。主な問題点は、体力、筋力低下、バランス障害であった。ADL訓練にて、しばらくすると平行棒内歩行可能、施設内歩行器歩行自立となる。「ここはええとこやで、」「この先生、ええ人やで、」を、よく言われた。(たいした事は、していません) 施設内歩行器歩行自立レベルで改善は止まったが、家に帰りたいとは、御本人も、御家族も言われなかった。
<一言>病院で十分にADL訓練を受けられず、在宅で寝たきりになられた方だが、持ち前の意欲と身体状態のよさで、施設介護、ADL訓練により歩行レベル、生活意欲の改善が見られた典型例だと思います。この方は在宅よりも施設介護の方が適切のように思います。しかし家屋改造、環境整備を行い、在宅介護サービスを組み合わせれば、在宅での生活も可能となるかもわかりません。それがケアマネジャー、介護サービス提供者の腕だと思います。
症例 3 OW さん 90歳 男性 (ケアマネジャーとしても関わる)
平成11年1月より週1回訪問。脳梗塞後遺症。老人性痴呆。身の回り動作は、入浴に一部介助がいるものの、ほぼ自立。歩行は室内及び玄関先、自立。御夫人と二人暮らし。一人で留守番が出来ず,御夫人が二階へ用事で上がっる時,「二階にいるよ。」と言っておいても、いないことに気がつくと,探し出され,顔を見ると、ホッとした表情をされる。また少し長い間(30分位でも)外出しようものなら、時として「どこ行ってきたのや」などの暴言を吐いたり,御夫人の腕をつかみ、ゆするようなことをされる。1日24時間、御夫人はそばにいなくてはならない。その上、施設入所、デイサービスは拒否される。
理学療法としては、右手背に時折痛み。箸で食事できない。(ガングリオンの既往あり。関節可動域訓練にて痛み消失,箸で食事できるようになられた。)全身的には,麻痺も見た目では分からないくらい軽度で、四肢,体幹の関節可動域訓練(ストレッチ)を行う。初回訪問時に、既に家屋改造(手すり,風呂の新設など)なされており、ADL,生活状況のチェックくらいで、特にすることはなかった。
一番の問題は御夫人の介護疲れストレスの緩和であった。@とにかく話を聴く。A少しの時間でも妻から離す。ことが必要であった。@に対しては、否定せず、とにかく話を聴く。いつもは20-25分位の時間を使うが、何かあった時には50分位使いました。(何軒も訪問しなくてはならないので、使える時間に限界がありますので,途中で切り上げる。しかし感覚として最低でも70%は聴きたいと思っている。) Aに対しては、施設入所(ショートステイ)やデイサービスを勧めたが、本人さん断固拒否。ショートステイは以前試みたが、「帰る」「こんなとこへ連れてきゃがって」と怒られた、とのこと。デイは一緒に見学にも行ったが、「あんな年寄りばっかりのとこ、かなん」の一点張り。しかし、なんとか御夫人と離れてもらう為に、ホームヘルプサービスを散歩目的で使う話をするが、御本人拒否。しかしヘルパーさん二人連れて、訪問。それでも拒否されたが、御夫人の希望でサービス開始。ヘルパーさんの質も高く、受け入れてくださる。週1回のサービスを楽しみにしてくださるようになる。穏やかになってくださり、御本人も御夫人も喜んでくださる。「次はあそこへ行きたい」とか「競艇に行きたい」と希望がでてきた。また1時間のサービスであったので、本人さんが少し遠出がしたいとか、御夫人がゆっくり買い物をしたいとか、言われ、時間を延ばしてほしい希望が出てくるまでになる。しかし人気のあるヘルパーさんで、業務の都合がつかず、希望はかなえられなかった。
<一言>御自宅にいたい、信頼できる誰かがそばにいてほしい、2つのニーズのどちらかが満たされないと不穏になられます。信頼できると、御夫人でなくともOKです。(五月晴れの日、堤防沿いを二人でドライブに行きました。大変喜んでくださいました。)本来まじめで、おとなしく、人なっこい方です。御自宅に人の訪問も多い。御本人のニーズを満たせる環境を整えることにより、御本人も御夫人も穏やかに暮らすことができました。残念ながら、平成12年6月急去されました。その知らせを聞いたとき、かかわったスタッフは全員涙を流しました。御夫人が死期が近いことをさとられ、私に「線香あげに来たってや。」と、言ってくださいました。御遺体が御自宅に戻ってこられ、行かせていただくと、御夫人が「ええ顔してるで」と、言ってくださいました。御遺体の美しいお顔が今も脳裏に焼き付いています。ご冥福をお祈り申し上げます。
症例 4 SM さん 91歳 男性
御夫人と二人暮らし。子供なし。御夫人も要介護状態(股関節頚部骨折)。御夫人の骨折によりお二人とも診療所に入院されていたが、御夫人のADL訓練なかばにして退院。御自宅、居間に介護用ベットが2基ならんでいる。脳血管障害や骨折はないが、一日中ベットにて臥床。排泄はベット横のポータブルトイレにて。両側とも股、膝関節に屈曲拘縮。「世の中に立って歩く馬鹿がいる」というような短歌を歌われていました。
平成11年2月頃より週1回、訪問リハ開始(御夫人も開始)。麻痺もなく、筋力低下と屈曲拘縮を改善目的で関節可動域訓練と筋トレを実施。ベットのある部屋の戸を開けて、2,3歩の所にトイレがあったので、環境整備と御本人さんの意欲を引き出しを兼ねて、手すりの設置を提案。しかし手すりは信仰されている宗教により御夫人が拒否(御夫人の為にも必要であったが、)。また関節可動域訓練は痛みが伴うため気が進まず、週1回であった為、自主トレも指示、訪問看護婦さんも協力してもらい、すこし頑張ってくださるが、最終的に拒否され、訪問リハ中止。(御夫人の方は、部屋回り歩き回れるまで改善)
ところが平成11年11月、通所リハ(デイケア)の話が出て、利用され始めました。定年(60歳)後、司法書士試験に合格され、御自宅にて開業されたり、今でも司馬遼太郎や塩野七生の著作を読まれておられるほど知的レベルの高い方で、痴呆老人がおられるような集団の中に入るのは無理なように思われました。しかしひじょうに気に入られました。しばらくすると介護スタッフが歩行訓練(平行棒内)をして頂くように介護計画を立てて、実行されました。また拘縮改善目的の痛みを伴う関節可動域訓練も少しづつして下さるようになりました。
平成12年5月、御夫人、冷蔵庫につけてあった吸盤のタオル掛けを、手すり代わりに持たれた時、吸盤がはずれ転倒。膝関節捻挫。1ヶ月入院。歩行訓練なかばにて退院。訪問リハ開始。再度御自宅の所々に手すりをつけて頂くよう提案。10ヶ所に取り付け。
手すり取り付け後しばらくすると、御本人さん、四つ這いでトイレに行っておられたのが、歩いて行かれるようになる。玄関までも歩いて行かれるようになる。診療所内も、一本杖歩行自立となる。
<一言>私の訪問リハ失敗症例である。介護スタッフの適切な関わりにより、歩行能力が改善した症例である。男性に多いが、「生きがいがない」「したい事がない」方が、楽しみを見つけられ、歩行能力改善に取り組まれた症例です。歩けるようになって、何をするか?それが問題である。「出来るADLよりも、しているADL」に視点を向ける必要がある。また住宅改造は、「家をさわる」ことになるので、こちらが改造の提案をしても、すぐに同意されることは、まずありません。どの方も躊躇されまし、多くの要望も出ます。相手のペースを大切にする必要があります。多くはこの症例ほど頑固ではありませんが、
症例 5 HA さん 65歳 女性 右片麻痺
平成12年7月 脳梗塞 発症。救急車にて某病院入院。理学療法受けられたが、3ヶ月後、リハ目的にて某記念病院に転院。そこで3ヶ月間、毎日PT40分、OT40分の運動療法を受けられる。平成13年1月、御自宅にて生活される。1月末より訪問リハにて関わるようになる。最初は週1回よりスタートしたが、御希望により週2回となる。某記念病院には退院後も週1回外来にてPT治療受けられている。
訪問当初(1月末)、「某記念病院にてPT治療を受けていて、下肢を治療してもらっているので、上肢の治療をしてほしい」とのことで、上肢中心の治療をすることにした。(上肢も下肢もないと思うが、信頼関係を築く為にも) その頃の右上肢は、全体的には軽度弛緩麻痺であるが、若干の共同運動がみられた。(Brunstrom Stage V-1) 前腕回外筋、1,2指屈筋の筋緊張が高かった。右下肢も全体的には軽度弛緩麻痺、しかし動作時には足内反が見られた。端座位では、右前腕回外、手指屈曲筋緊張が高くなり、手掌を膝関節におけない。右足も内反する。しかし内反は1度矯正すれば、内反はなくなる。歩行は右肘45度屈曲位、前腕60度回外位、手45度屈曲位、手指屈曲にて、裸足では右足内反位で足底外側にて接地し、分回しにて歩かれていた。(普段は足袋をはかれて、歩かれる)
筋緊張の調整目的で、治療を進めた。@背臥位にてROMex.. A端座位にて両手掌を各々の側の膝関節に置けるように、筋緊張を調整 B膝立ち位にて両手掌を前方のテーブルの上に置けるように、筋緊張を調整
訪問当初は、端座位でも筋緊張を整えるのに5分以上かかっていたが、今では(平成13年4月末)では、1分もかからない。膝立ち位から端座位の移乗も、左前腕を座面につかなければならなかった(それでも前に倒れられた)が、倒れられることなく手掌をつくだけで出来られるようになった。またぞうきんがけも出来るようになられた。
<一言>発症后6月以上経過しているが、機能改善が見られている。週2回、訪問しているが、もう1回増やしてほしいとの御希望がある。年齢も若く、機能改善の期待も大きく、セラピストとして腕が試される、やりがいのある症例でもある。この症例のように、結果が出れば、在宅で30分以上の機能訓練を望まれれる症例は多い。(一般的に、病院での理学療法は時間が短すぎると、多くのケースで言われます。)幸い「訪問リハ」サービスがあり、病院、診療所、訪問看護ステーションよりPT、OTが訪問できる。また経済的にゆとりのあられると、「自費でも来てほしい。」と言われることもある。
症例 6 NS さん 95歳 女性 大腿骨頚部骨折
平成13年1月21日、自宅にて転倒、救急車にて緊急入院。翌日、大腿骨頭全置換術を施行。入院中は体調が安定せず、理学療法実施せず。3月29日、主治医の退院勧告なく、自宅に退院される。他の事業所のケアマネジャーの依頼により、4月19日より週1回、訪問リハ開始。
初回訪問 1日中ベット生活、排泄はベットサイドのポータブルトイレ(手すり付)に家人(長女さん)の軽度介助にて移乗され、行われていた。関節可動域は両足関節に、特に右、軽度可動域制限あり。右股・膝関節にも軽度制限あり。両下肢筋力 2プラスから3マイナス(MMT)。ROMex.と筋力強化訓練と行い、自主訓練としてホームヘルパーさんに協力願い、筋トレ指示。以降、ROMex..、筋トレ、立位保持訓練を行なう。
5月末 家屋改造。居室からトイレ、風呂場、玄関先まで、トイレ、風呂場に手すりをつけ、入浴補助具を入れる。
6月初めより 自室で手すりを持ち、立位保持、歩行(横歩き)を自主訓練を指示。(ホームヘルパーさんに協力願う)
7月初め 自室よりトイレまでの歩行自立となる。
<一言>病院で理学療法を受けられず、退院されたケース。病院では食事はおかゆ。十分食欲なく、点滴で補われていた。しかし自宅に帰られると、食欲旺盛になり、普通食を箸で食べられた。病院の環境が嫌でたまらなかったようで、看護婦に「あなたは鬼だ!」とまで、言ったそうです。自宅がなによりの療養になったようです。しかし訪問リハは週1回しか行けず、改善できるか心配でしたが、持ち前の芯の強さとヘルパーさんの御協力で、改善しました。