躾の原点は、母乳からはじまる。母乳で育てることで、おおらかで、素直な気持ちと体を作ることの基礎部分をになっているような気がします。素直な気持ちを持っていれば、おおらかな気持ちになります。 躾は、最初身近な人が行います。両親、同居している家族の方々などが、一番最初に担います。一番身近にいる人は、母親です。母親が、赤チャンの行動に最初緩い枠をはめるのです。これは後の幼稚園、小学校に通い出すと、その時々の、保母さん、先生に手伝って貰いながら、躾、教育につながり、社会との関わりが段々と 比重が増えていきます。最後は自分で自分の身の処し方が出来るようにしてやっとこ完成です。長い時間かかりますが、それだけ人は、複雑な社会共同生活を送っている証なのでしょう。最初が肝心なのです。出発点が、大事なのは、言うまでもありません。母乳で培った親子の信頼関係を、断乳という行為で、あかちゃん自ら一番頼りにしているからの、母親から一番最初に 受ける拒否です。赤ちゃんは、恐らく記憶にはないでしょう。しかしこの断乳という行為が、躾の原点です。どんなに愛していても、拒否されることを、感覚と体に初めて受けるのです。自分勝手な行動は、社会が認めないということを初めて知るわけです。6才以前の事は、あまり覚えていません。三つ子の魂100まで、でそれ以前なら、記憶していないのです。ダメだという事を理解すれば、良いのです。 ただし3才以上になれば、うっすら記憶している場合がありますから、夫婦喧嘩は、3才以上になったら、子供の前でしないことを、おすすめします。
躾とは、身を美しく見せるのです。そのための中心が必要です。その中心にあるのが、哺乳行為で、最後の断乳が重要と私は考えています。この断乳以降、赤ちゃんは、少しずつ独り立ちしていきます。まず群れの社会の掟に縛られ始めるのです。見よう見まねで、まねすることによって学び始めます。 時々失敗しながら、それを乗り越えようとします。学習効果も段々と上がります。
親が言うとうりに育たず、親のしたように育つのが子供だそうです。躾は率先垂範です。嫌いな食べ物が、あれば、その子供も好き嫌いがあっても、当然でしょう。