1.2 基本コンセプト

基本的なコンセプトは、
ということです。

犬や猫や子供ができていること。
でも、私達ができないこと。
そして、これからますますできなくなりそうなこと。

それは、大きく分けてこの2つだと思います。

目の仕組み、体の仕組み、パソコンのこと、経済のこと、政治のこと、
私達は、いろいろなことを知っています。知らなければ調べられます。
犬や猫や子供と違って。

でも私達は、
目が悪くなるのを止められませんし、視力の改善もできません。
肩凝りも止められませんし、
快適にパソコンの前に座っていられません。
長い距離歩くこともできないし、
電車に乗ってるわずかな時間もリラックスして立っていられません。
たとえ座れたって、リラックスできるかどうか疑問です。
全身で捉えるということは、ヨガや太極拳、気功などの東洋思想的に聞こえます。
私はあまり詳しくありませんが、茶道や華道、合気道、剣道、柔道、書道などの
日本文化にも、本来はそうした思想が横たわっているような気がします。
例えば、目の奥、喉元、首の上、というのは、実は殆ど同じ部分になります。
手や足には、目にいいツボがあります。
頭の位置だって、首から下の体の状態、体勢で決まるのです。
考えてみれば、体は1つ、なのですから、繋がってて当たり前です。
それなのに、目なら目とか、肩なら肩とか、部分だけで捉えるのは、所詮実験室の
閉じた理論だと思います。医学のための医学、科学のための科学、みたいな感じです。
自分のためには、自分をトータルで把握するほうが自然です。
動き、というのは、「歩く」「立ち上がる」「喋る」などの分かりやすい大きなもの
から、呼吸によってお腹や背中が広がったり縮んだりする微妙な細かいレベルのもの
まで、いろいろあります。
しかし、なんにしても、実験室的な、静的な捉え方をしてもあまり意味が無いと思います。
ぱっと見その人がじっとしているように見えても、実際はじっと止まっているものなど
無いからです。
呼吸はしてるし心臓は動いてるし血液は流れているわけですから。


有益な情報というのは、実際は所詮ヒントでしかあり得ません。 その人にとっての価値とは、その人にしか決められないからです。 己楽道も、結局は「ヒント集」です。 いくら親が子供に 「しっかり背筋を伸ばしなさい」とか 「テレビは離れて見なさい」と言ったところで、所詮アドバイスにしかなり得ません。 親の言うことを素直に聞くかどうか、という段階で既に本人次第ですし、 もし素直に聞いたとしても、 どれだけどうやって背筋を伸ばすか、テレビから離れるか、それは結局本人次第なのです。 それだけ手取り足取り教えようが、30cmとか3mとか、はっきり数字で示そうが 関係ありません。 どれだけ外見として同じようなことをしていても内側で起きていることは 違うものですし、目などは遠いにこしたことはありませんが、じ〜っと固めて使ってたら 結局それほど良くはありません。 こういったことは、一流を目指す スポーツや演劇、ダンス、音楽の関係者になればなるほど実感が湧くことかもしれません。 外見の動きというものは、内側の一部が現れるに過ぎないのです。 内側の動きの微妙な差、その積み重ねが結果として外見の違いに表れ、 メダルや順位の違いに表れるに過ぎないのです。