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★ 8月 ★

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●疾病休職最終日●
- 2001/8/20 -
ついに今日で疾病休職は最後となってしまいました。本音を言いますと、仕事に戻らずに毎日をリハビリで過ごして、身体を良くすることだけを考えて暮らしていきたいのですが、それだと収入(健康保険給付金)がそのうち無くなってしまいますし、リハビリをやるにしても、いつまでやればどれくらいの状態まで戻るか、ということもわかりませんし、まー社会人として生きていく以上、身体がそこそこ動くのであれば労働をしなければ!(確か、国民としての3大義務のひとつでしたっけ?)と思うのであります。それでも、可能な限り自主リハビリは続けていきます。エアロバイクもハイテク電気マッサージ機も買ったことですしね。

さて、その疾病休職最終日の今日は、芹が谷公園を1時間近く歩いて来ました。ずいぶん、まともに歩けるようにはなったものの、やはり歩けば歩くほど痛みとしびれは強くなっていきます。なんだか、治ってきたんじゃなくって我慢強くなっただけなのじゃないかと思うこともあります。まーどっちであろうと、とにかく楽に普通に歩けるようになればそれでいいんです。(と、自分に言い聞かせてます。)

明日は、リハビリで病院に行く時よりも、ちょっとだけ早めに出発するつもりです。交通渋滞で初日から遅刻なんてことになったら、みっともないですもんね。そうだ!東名高速を使うことにしましょう。そして、部の全体朝礼できっと紹介されるでしょうから、復職の挨拶を考えておかなければ。
−ひぐらし!かな?−

みんみんゼミかもしれません。
どっちでしょ?みんみん鳴いてた
から、みんみんゼミですね。
ひぐらしだとカナカナカナ…
ですもんね。あぶらゼミは
羽が透き通ってませんし、
くまゼミは胴体がもっと短くて
太いですしね。

それにしても、ひとんちの網戸に
とまって派手に鳴くのは
やめておくれー。


●エアロバイク、スタンバイ!●
- 2001/8/18 -
ってなわけで、ついに組み立てました。なんだか、とってもちょろい構造で、大丈夫なんかいなーと不安だったのですが、またがって実際にこいでみると、おぉ〜、いいじゃんいいじゃん、という感想。さすがに売れ筋品のコストダウン版とあって、色使いが少ないとか金属むき出し部分が多いとか、パッと見の品質はよくないのですが、マグネット負荷式ですし(フェイク品はベルト負荷式です)、脈拍センサー&モニターもついてますし、タイマー、アラーム、消費カロリー表示、距離表示もあって機能としては十分!そうです、こういう製品は機能が大切なのです。

ただ、負荷の切り替え(8段階)がワイヤー式(ダイヤルで調整)なのと、マグネット負荷に惰性効果がないのが、まぁー不満と言えば不満ですが、こぎ始めてしまえば負荷切り替えなんてそんなに使いませんし、惰性効果がないおかげで左足でもきちんとこがなきゃペダルが回りません(右足でカバーすることができない)ので、その点は、左足を鍛えたい私にとって逆に好都合と言えるでしょう。

今日は、負荷レベル4で15分こぎを2本やりました。甲子園の高校野球ベスト16大分明豊vs千葉習志野のTV放送を見ながら。快適でしたー。明日もやるぞー。第一試合でしたっけ?

そうそう、きのう、ハイテク電気マッサージ機を注文したことをここに報告しておきます。我が家到着は、8月25日(土)の午前中です。(^^)v
−れっつえくささいず−

物置きと化している部屋にデンと
置かれたエアロバイクであります。
ただこぐだけだと、退屈で長続き
しそうにないので、小型TVも
いっしょに置くことにしました。

それにしても、とってもチャチで
ポキッといってしまいそうでしょ。
でも、体重100kgの人までOK
なんだそうです。ほ〜んと?


祝!塞栓術後、1年経過
- 2001/8/16 -
今日は、塞栓術後1年経過の記念日であるとともに、体育、PTの通院最後の日でもありました。体育は、いつも通りにO先生にバスケのボール投げとバドミントンと筋肉マッサージをやって頂き、最後の挨拶を申し上げたのですが、体育が終わってPTルームに行ってベンチに腰掛けて待っていると、とある先生がひとりの患者さんに向かって言いました。「K村先生はまだ出てきてないんですよー。」!!!それを耳にした私は、さっそくその先生に尋ねました。「すみません、K村先生は今日から出てくると聞いたのですが?」すると、その先生は入り口近くのホワイトボードへ向かって歩いて行って、ボードに書かれている内容を確認して言いました。「K村先生は17日まで休みを延長することになってるね。」がび〜ん!!!「そ、そうですか…。わかりました。どうも。」

あ〜、なんということでしょう。復職前の最後のK村先生のPT治療だったはずなのに。ショック…。頭をうなだれたまま、私はOT(作業療法)室へ向かい、入院中にお世話になったN島先生に復職の報告と挨拶をしました。その時、K村先生のことを話すと、「子供さんがいますからね〜。」という一言。そっかー、そうですよね。仕事で相手をする患者よりも家族の方が大切なのに決まってます。きっと休暇を延長しなければならないやんごとなき事情ができたのでしょう。でも…、お師匠せんせ〜い!!

これで、ハイテク電気マッサージ機の購入は、ほぼ決定的となりました。

ところで、塞栓術後1年経過なのですから、以前、入院後1年経過の時に行なったように、回復具合のチェックをしてみましょう。(1)感覚障害と(2)運動障害です。
(1)感覚障害 > 正常な上半身の腕の感覚を10とすると
入院時 塞栓術直後 '01/6/19 '01/8/16
お腹のおへそから下の部分 8 8 9 9.5
左足 太もも表側 6 8 8 9
  太もも裏側 5 9 9 9.5
  ひざ 5 5 7 8
  すね 5 6 7 8
  ふくらはぎ 4 6 7 8
  親指 4 5 6 6
右足 太もも表側 10 4 6 7.5
  太もも裏側 10 5 7 7.5
  ひざ 9 -1 5 7
  すね 8 3 6 7
  ふくらはぎ 8 4 6 7
  親指 8 -1 5 6


(2)運動障害 > 入院時の右足の動かしやすさを10とすると
入院時 塞栓術直後 '01/6/19 '01/8/16
右足 ひざの曲げ伸ばし 10 1 6 9
  片足立ち 10 10
(曲げたまま)
10 10
  かかとをつけてタンタンタン 10 10 10 10
  かかとをつけて足首回し 10 10 10 10
左足 ひざの曲げ伸ばし 1 6 8
  片足立ち 0
(できない)
6 8
(膝伸し可)
  かかとをつけてタンタンタン 3 5 8
  かかとをつけて足首回し 0
(できない)
3 5
こうやってチエックしてみると、やっぱり足先の方が感覚にしろ運動にしろ治りが遅いですね。暑い夏でこんな状況ですから、これからやってくる冬の中だとどうなるのか、ちょっとだけ心配です。冬が来る前に、すべての項目が10点に…ならないだろうなぁー。でも、頑張ろ。


●やっぱ、歩かなくっちゃ●
- 2001/8/15 -
暑い夏が再び戻ってきたような感じです。明け方は涼しくなってきているのですが、日中はまだまだ真夏。こういう日は、そうです、プールで水中歩行です。今日は、歩行30分+休憩25分+歩行20分というエクササイズでした。加えて、歩き方も工夫して、足の裏でプールの底を思いきり蹴飛ばすように歩いたり(足からの反動を身体に与えるため。つまり、走っている状態を再現するようなもの。←Jama発案)、つま先だけで歩いたり。さすがに、神経、筋肉ともに普段とは違う動きをすることによって神経細胞が学習できたでしょうし、、いい運動になりました。最近、下っ腹のお肉も増えてきているような気がするので、息がぜいぜいするような運動もしなくちゃ、です。だって、もう1年以上、有酸素運動をしてないんですもんね。下っ腹がやばいです。先日買って、明日自宅に配送されてくるエアロバイクが楽しみです。(目的が違うような???)
−町田市立室内プール−

一番手前の広いレーンが
歩行用のレーンです。
お盆休みなので子供連れを
多く見かけますが通常の平均年齢は
軽く40歳を超えているでしょう。
おばさん、おばあちゃんの水着姿を
拝む(もちろん見るではなく)
こともできます。

シニアな雰囲気を楽しみたい方は
是非このプールへ!


●なんだか体力がないなぁ●
- 2001/8/12 -
今日は、ほとんど動かずにソファの上で過ごしてしまいました。これは、退院直後と同じ過ごし方です。いかんなぁ。なんだか疲れて身体が重かったんですよね。理由は、きのうの等々力競技場でのトリニータの応援です。2:00集合で公園で事前の飲み会、4:00にスタンド入りして準備、6:00にキックオフ、9:00過ぎに駐車場を出ることができて、自宅に着いたのは10:00過ぎという1日だったのですが、事前の飲み会で缶チューハイ350mlを3本も飲んでしまったのが、体力を減らした最大の原因だったと思います。なんせ、立ち応援できずに座って応援したほどですから。血中アルコール濃度を上げるのはよくないです。

で、今日もその続きで全身脱力感に覆われてじっとしていた、ということなのです。でも、復職まであと1週間。明日からは復職後の生活パターンに合わせて、日々を過ごしていくつもりです。


●セルフ理学療法●
- 2001/8/10 -
復職後の、お師匠先生のPT治療を受けられない時のことを考えると、なんとか自分でPTを行なうことを検討しなければなりません。なにもせずに過ごすということは、この病気を治すのをやめることになるからです。

まずはホットパックです。お師匠先生の説明によると、いつもPTで使っているability社製のホットパックは、シリカゲルでできているのだそうです。だから、熱を保持する面積が大きく、温かい時間も長いのでしょう。では、自宅にあるものでホットパックの代わりになりそうなものは?とりあえず思いつくのは、蒸しタオルしかありません。でも、理容店を経営しているわけではないので、蒸し器なんてないですし、タオルをお湯で温めてしぼって使うのが精一杯です。熱が逃げないようにするには?ビニール袋に入れるのが良さそうです。そして、バスタオルで巻けばできあがりです。

さぁ〜効き目はどんなものなのでしょうか?ということで、夕べ寝る前にさっそく試してみたのです。すると、なかなかいいではありませんか!20分ぐらいは温かいですし、ホットパックを試した後は腰が軽く感じられました。さらに、今朝起きた時の足の痙性が左足は小さく、右足は出なかったのです!すばらしい〜。寝る前のホットパック、これは効きます!

これでホットパックはなんとか自分でやれそうです。でも、代わりがないのが、お師匠先生の脊椎ごりごり治療や、仙骨揺さぶり治療です。これらは高価なハイテク電気マッサージ機に頼るしかなさそうです。


●最近気になること●
- 2001/8/9 -
ふたつあります。(1)足のしびれや痛みより腰の痛みが気になり始めた。(2)朝、目覚めた時の痙性が1ヶ月前は左足だけだったのに、最近は右足にも出るようになった。ということで、なんだかいやぁな予感が…。考えられる原因は、水風呂ばかりに浸かって脊髄を冷し過ぎたかな?ということ。ホットパックで暖めなければいけないくらいなのに、冷すなんてもってのほかですよね。今日からは、少なくとも夜、寝る前は温浴にしたいと思います。


●PT治療もあと3回●
- 2001/8/7 -
今日は火曜日。お師匠先生のPT治療がある日でした。PT室でお師匠先生に何気なく「この病院はお盆休みはあるんですか?」と尋ねてみると「ぼくは13、14、15と休むよ。だから、火曜日が1回抜けてしまうね。」という返事。ということはですよ。21日(火)が復職の日だから、今日を入れてあと3回しかお師匠先生のPT治療を受けることができないんだーーーーーっ。けっこうショックです。まだ腰椎の部分は安定していないのに。電気マッサージ機がお師匠先生の代役を果たしてくれるかどうか、がキーですね。
−これがホットパックだーっ−
photo by お師匠先生


って、
バスタオルを乗っけてる
だけに見えるのですが、
ability社製のホットパックが
バスタオルの間に
挟まれているのです。

PTベッドに直接うつ伏せに
なると膝のしびれが強くなる
ので枕を3つ敷いています。

●待ち焦がれた雨●
- 2001/8/6 -

それにしても、普通はうっとうしいと感じる雨をこんなに待ち焦がれるなんて、そうそうあるもんじゃないですよね。夜7:00を過ぎて、やっと降り出してきました。何日ぶりでしょうか?おかげで、とっても涼しい!今夜もぐっすり眠れそう(^^)。これで取水制限の心配がなくなってしまえばいいのですが…。あっという間にあがっちゃったりして。
−街灯に照し出された雨滴−

ほんとにポツポツとしか
降っていない様子が
よくわかります。
数えることが
できそうですね。

取水制限も心配なのですが
庭の雑草達が元気づくのも
いやなものです。

●満月は神秘的●
- 2001/8/4 -

夕べの10:00頃ベッドに横になってふと窓から空を見上げると、きれいな満月がやわらかな明るさで上品にしっとりとたたずんでいました。じっと見つめていると、去年の今もこういう月が出ていたんだろうなぁ、としみじみとしてしまいました。

なぜかパソコンのキーボードを叩いて入院日記表を見てみました。すると、去年の8月3日は2回目のアンギオを行なった次の日だったのです。1回目のアンギオで動静脈奇形が発見され、ほっとするとともに動揺していた、という不安定な時期だったと思います。夜勤担当のナースは誰だったんだろう?…残念ながら思い出す事ができません。

でも、夜空にたたずむ月を見ていると、ひとりのナースを思い出すのでした。いつもブルーのズボンタイプのナース服を着ていました。見ているだけで、ほっとする、安心できる、癒される…、確かに月に似ているなぁ…などと、しばらく眺めているうちに、お邪魔な雲が現れて、月の姿は見えなくなってしまいました。私は、隠れた月の姿を思い出すために、パソコンに保存しているMP3データからジャネットジャクソンの「Doesn't really matter」を選んで聴き始めました。某大学病院に入院中、安らぎたい時は必ずこの曲を聴いたものです。大好きな曲です。おそらく、というか絶対に私はこの曲を一生忘れはしないでしょう。
−これでも満月です−

なんとなく神秘的でしょ?
見つめてるとホッとしてきます。
落ちつけます。

そうそう、動物占いで
「ペガサス」の人は、
神秘的なのだそうです。
満月と同じですね。

●振り返ってみると●
- 2001/8/2 -

なかなかすっきりと良くならない腰椎部分ですが、小さい頃から今までを振り返ってみると気になることが3点出てきました。

1点目は中学生の頃のことです。中長距離走(400m走〜マラソン)が大得意で大好きだった私は、体育の時間に学校を出て近くの道路を走るマラソンが行なわれる時は、うれしくて真剣にアスファルトの上を走ったものでした。当時、今ほどマラソンはメジャーではなく、女のこがきゃぁ〜!なんて騒いでくれるわけでもないのに真剣に走っていたのです。その時、腰に違和感を感じたことがありましたが、何回か走っているうちにだんだん感じなくなっていったのでした。おそらくそれは、違和感を感じた症状が治ったのではなく、身体の他の部位がバックアップしたために違和感を感じなくなったのでしょう。私のマラソン好きは高校3年まで続き、受験勉強の合い間に夜10kmほどの距離を毎晩走るほどになりました。全校マラソン大会で優勝するという目標があったということもありますが。でもその間、腰には徐々に負担が蓄積していったんだと思います。

2点目は、大学1年生の頃。ボート部(公園でのんびり漕ぐあれではなくて、8人でシュパシュパ漕ぐシェルエイトというものです)に所属した私は、一人を背中にかついだままスクワットをする、という今から考えるとそりゃないだろーの筋肉トレーニングで、やはり腰を痛めたのでした。この時も痛みは日が経つにつれて薄れていきました。

そして3点目は、大学3年以降です。ボートなんてとてもスポーツとは呼べない、楽しくない、と思い始めた私は、ボート部を退部してバイクのツーリングクラブに入部しました。それからの私の目標は、西日本の主だった国道をすべて走破する、というものになりました。私は時間とお金がある限り走り回りました。その時にやはり違和感を感じたのが、それまでの2回とちょっと違って左右の肩甲骨(けんこうこつ)の間より少し下のあたりでした。でも、それにも関わらず私はバイクで西日本を走り続けたのです。

というふうに、けっこう昔から脊椎を痛めつけていたことがわかります。今から考えると、ばかだったよなー、という感じ。きっと、それらは治ることなく若い身体がそのまま受け入れて、他の部位とバランスを取りながら今まで過ごしてきたのでしょう。しかし、筋力や細胞組織そのものが弱ってきた今、それらが今回の病気をきっかけに再び症状として出てきたのではないでしょうか。だから、いつまでもよくならない腰の部分は動静脈奇形の治療が呼び起こしたかつての症状だと思うのです。それが、動静脈奇形によって出てきた痺れと痛みを長引かせているのでしょう。昔から蓄積してきたものだから、治すのに時間がかかるのは仕方無いことなのかも。でも時間をかけてコツコツ治していけば、きっと完治すると信じています。

●8月だねぇ●
- 2001/8/1 -

なぁんと、ついに8月ですよ。復職予定日まであとジャスト3週間です。会社では、100%使えなくなった私をどの職務につかせるか、検討しているところであります。おそらく来週中には元上司から職務についてのEメールが届くことでしょう。私としては、仕事ができるだけで十分でわがままは申し上げませんが、歩くのに若干不都合がありますので、そこのところを考慮して頂ければ幸いです、というスタンスであります。

さて、8月になってもリハビリは続きます。果たして、これは一生モノなのか?わかりませんが、一生モノと覚悟を決めておく方がいいかなと思ってます。で、8月最初の日に行なったのは、プールでの水中歩行でした。だって、暑いっすからねー、やっぱプールでしょプール。今日のメニューは、歩行30分、休憩30分、歩行10分というものでした。そして、歩く時は膝を高く上げるように意識しました。こないだプールで歩いた時より、ずいぶん楽に歩けた気がしました。こないだは7月13日でしたから、約3週間経ってますね。確実に進歩してます!

今度、プールの写真を撮ってこよっと。

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