
18歳 (1983〜1984)
大学1年の夏に、突然背中が痛くなり、そのうち肺が「ガッポ、ガッポ」 いい出した。診断の結果は自然気胸。
1ヶ月間安静にして、家で寝ていて 治す。再発の確率は50%とのこと。
胸がちょっと痛むたびに、また再発したのではないかと、ビクビクしていた。
22歳 (1987〜1988)
夏 自然気胸再発により、千葉県がんセンターで、開胸手術をする。
半月入院後、更に半月自宅療養。新人で研修中に会社を1ヶ月欠勤。
それから1年間、胸の痛みに悩まされる。
23歳 (1988〜1989)
いつも胸のどこかが痛む。胸が痛いとまた自然気胸が再発したのではないかとビクビクしていた。
その後、6年間、胸、腹、背中の疝痛に悩まされる。
しかし、基本的には、サロンパス等を貼ると治ることが多い。
この頃から、どこかに出かけようとしたり、旅行に行こうとすると ドキドキしてきて、動悸や発熱を繰り返す。
旅行に行く前になると、あっという間に38℃になってしまう。
この自律神経失調症の原因となったものは、手術らしい。
あらゆる内科に通いまくるが、「気のせい」「なんでもない」「死ぬ病気じゃないから、心配するな」とのこと。
24歳 (1989〜1990)
会社にメンタルヘルスクリニックとして、筑波大学の佐々木先生が来ていたので、相談する。
自律神経失調症と診断。頓服として、セルシンをもらい、ドキドキしたときに飲むように言われた。
相変わらず、ドキドキは変わらず。
この後5年間もの間、旅行前のドキドキで具合が悪くなるのと、胸、腹、背中の疝痛に悩まされることになる。
会社に行っている平日は、元気だが、休みになると何かしらイベントがあるものなので、具合が悪くなるという図式。
27歳 (1992〜1993)
結婚する。
29歳 (1994〜1995)
2月に食事後食器をかたそうとした際、突然めまいに襲われる。
そのまま、布団にうずくまる。2日間会社に行けない状態で休む。
めまいはすぐ治まっていたが、ふらふらする感じが残った。
これは自律神経失調症だと確信し、本屋で調べて、近所だった国立精神神経センター国府台病院心療内科に駆け込む。担当は竹内先生。心理テストなど多数行った。
診断結果は自律神経失調症。薬はリーゼを処方される。
なんとか会社には行けるようになった。
しかし、数週間後、リーゼを院外処方箋でもらった際、倍の量の薬をもらってしまい、前の量に戻しても調子が悪くなってしまった。その後、デパス(0.5)とドグマチール、後にグランダキシン、ハイゼット等、症状の悪化に伴って複数の薬が追加されたことがある。
車も運転出来ない。特に、高速道路を走っていると、回りの景色が流れ、吸い込まれそうになる。
買い物も苦手。デパートやスーパーはすぐ「ふらふら」してくる。
30歳 (1995〜1996)
症状は一進一退を繰り返す。調子が良くなったときに、薬の量を減らしたり、抜いたり試したが、いつも失敗。
また具合悪くなってしまう。基本的には、「だるい」というか、「ふらふら」する感じ。
薬がきれる頃に症状が強くなり、薬を飲めばおさまる。
症状のせいなのか、薬の依存のせいなのか、疑問を感じる。
本屋で発売されている、自律神経失調症や神経症の本は、ほとんど読破している。
31歳 (1996〜1997)
あまり良くならず、薬から手を切れないので、他の方法がないか、前述の佐々木先生に相談したところ、 専門的に自律訓練法を学んだ方が良いとアドバイスをもらい、国府台病院で先生に相談した。
併設である、国立精神保健研究所で、心理療法士 富岡先生のもと、自律訓練法を始める。
先生が竹内先生から桑名先生に変わる。桑名先生は、比較的、的確なアドバイスをもらえ好感がもてる。
少し竹内先生の治療に疑問を感じ始めていたので、良かったと思っていたが、のちに、どの先生でも診断、治療方法は変わらないことに気付く。
単に、経過を数分言ったあと、薬をもらうのみ。
7月子供が生まれた。先生には、子供が生まれることによって、症状が良くなるか、悪くなるかわからない、と説明を受ける。今のところ、どっちもどっちで、大して変わらず。
2年も薬を飲んでいたので、子供に影響が無いか心配していたが、とても元気な女の子が生まれた。
男は関係ないみたいだ。
32歳 (1997〜1998)
比較的症状は安定し、自分でも元気になってきたと実感できる。しかしながら、薬は1日3回かかさず飲んでおり、1日に何回かは、具合が悪くなっている。
症状は「ふらつき」。だるいというかくらくらするというか、口ではうまく説明出来ない。
薬を飲んで、症状がなくなり、やっぱりさっきは具合が悪かったことに気付く感じ。
4月、桑名先生から釈先生に変わる。別段治療方針が変わるわけでもなくただ、1ヶ月の症状を言って、いつもの薬が処方される。自律訓練法は、数ヶ月で、ほぼマスターしたが、薬を飲まなくて良くなる程の効果は私には無い。ここ1年ぐらいは、富岡先生と1時間お話をしている。
これをカウンセリングと言うのだろうか?
外来の先生とは数分で終わってしまうので、基本的にはこの富岡先生との1時間でどうにかしたいのだが、このまま月日が流れても、私の症状は変わらなそう。というより、自己を見つめ直すのが、カウンセリングの目的だろうから、自力でなんとかするしかない。
年に数回、精神状態がおかしくなるときがある。
何かしていると、だんだん頭がおかしくなってきて、耳に小さな音でも鋭く入ってきて、冷や汗、頭の中が「ぐわんぐわん」している状態になる。
自律訓練や、深呼吸など思いついた行動をいろいろ取りましたが、良くならず、20分程して、伸びを何回もしたり、誰かに話しかけたりしたら治った。
11月医者に相談したところ頓服で、ワイパックスが出された。
33歳 (1998〜1999)
昼御飯を食べていたら、グラグラとめまいかした。20秒程でおさまったが、ちょっと衝撃的だった。
気にしてしまって、それ以降何度もめまいがおきるようになってしまった。
心療内科の釈先生にめまいの検査を希望したら、耳鼻科に行くように言われ、カルテに申し送りを書いてくれた。1月耳鼻科で検査するが、異常無しとの診断結果がでる。
1月、仕事でプログラムを組んでいたら、また精神がおかしくなる症状が出た。頭がかーっとしてきて、全身に力が入り、気が狂いそうだ。20分ほどして、伸びを20回ぐらいしたらなおる。
4月、自律訓練を教えてくれていた富岡先生が、来月で九州へ移動するとのこと。
今後は、心理療法をやめるか、新しい先生と続けるか、次回までに考えてくるよう言われる。
更に、驚いたが、入院を勧められた。このままでは薬を一生飲み続けなければいけない気がして、約1週間ぐらい、薬を断ってみたらどうか?とのこと。今すぐは空いていないらしいが...
これも来月心療内科の先生に相談し、決めることにする。
医師と相談した結果、最近調子が悪いので、今薬を抜くのは、結構厳しい旨を言って、調子が良くなったら、時期をみて入院してみることにする。また心理療法は終わりにする。
6月、薬が効かなくて、調子が悪い日が続いたので、先生に相談し、薬を変えて欲しいと頼む。
そうしたらデパスの代わりにソラナックスが処方された。本によるとパニック障害の特効薬らしい。
2週間後様子をみたが、なかなか調子が良い。但し、手足がかゆくくなり、掻きむしってしまうので血だらけになってしまう。薬の副作用の可能性大。先生に相談したが、調子が良いのに薬を変えるのはもったいないので、様子をみることになった。
更に来月から釈先生も移動するらしいので、先生の交代と曜日も変更になる。
7月からは、金曜日で浜田先生になる。それにしてもこの病院は先生が変更になりすぎる。
院長である吾郷先生や石川先生他移動しない大御所の先生には診てもらえそうにない。
浜田先生は、今までの先生よりも、よく話を聞いてくれ、別に話すことが無くても、先生のほうから質問してくれる。10月手足のかゆみが、我慢できず、ついに先生に言って薬を替えてもらった。
今度の薬は、コントール。本によると抗不安作用は弱、作用期間は長いらしい。
コントールを2日ほど、2回チャレンジしたが、全然薬が効かない。限界を感じ、ソラナックスに戻す。
かゆみの血液検査を行ったが、肝機能等は問題なし、アレルギーについては、ダニの値が高いらしい。血液検査の結果からは、ソラナックスの薬疹という結果は出なかった。やはりソラナックスが合っているようなので、このままソラナックスを飲む方針となった。
34歳 (1999〜2000)
数日コントールにして、ソラナックスの戻してから、体のかゆみが無くなった。季節のせいかもしれないが、今は手足が血だらけでは無い。1月、ついに中国に出張に行く。薬を飲みなんとか、生きて帰ってくることが出来た。そのままの勢いで、スキー、房総旅行など、出かけるのが続くが、なんとかこなす。
体調はかなり良い方だと思う。4月から、浜田先生が火曜日になった。必然的に自分の診察日も火曜日になる。5月頭痛があったり、風邪っぽくて調子が悪いときもあるが、全体的に、調子良く元気だ。
5月末、頭痛がひどく、薬も効かず、ゲーゲー吐き、救急病院で、鎮痛剤を打つ。鎮痛剤が強すぎてめまいがひどい。翌日も頭痛で、薬を飲み、効かないので、座薬を入れる。3日目、夜突然の下痢に襲われる。一晩中5分おきに、ジャージャー水分が出ていく。朝方、限界を感じ、津田沼中央総合病院へ行く。そのまま入院する。急性腸炎と脱水症で、24時間の点滴を4日行い、5日間入院する。その後も週2〜3日は頭痛がする。9月、昼食後休んでいると、回転性のめまいが、10秒ほどした。そのまま我慢していたら、収まったが、その日は調子が悪い。もう一回耳鼻科で検査してもらおうかな?
35歳 (2000〜2001)
11月、2度目の中国出張に行く。今回は約10日間。思ったよりも元気だったが、4日目に発熱し、2日間ホテルで寝て、ひたすら解熱剤を飲んでいた。12月末には、スキーにも行く。だいぶお出かけにも耐性がついてきたようだが、1月、頭痛でまた急性腸炎を起こし、また発熱、下痢。今回は、病院にて点滴を打ち帰宅。翌日には、熱も下がって元気になった。浜田先生には、前回調子が良いと言っていたので、お昼のドグマチールを抜くよう言われたが、2回ほど試したところで断念。私の体は、薬を抜くことにはかなり抵抗があるようだ。2月に入って、週4日は、昼にドグマチールを抜けるようになってきた。3月浜田先生が九州に転勤するので、4月からまた先生が替わる。でも先生の名前もまだ分からず、4月はどこへ行けばいいのだろう?最近、診察まで待たされることが多かった。周りの患者さんからも文句が出ていて、浜田先生は、患者の話を良く聞いてくれるので、時間が延びる傾向にあった。自分の診察の時は、非常にありがたい反面、2時間も待たされると辛いものがある。4月、先生が龍田先生になった。女医さんであり、まだ若い。あまり私の目を見て話されなかった。初めてなので、今までの経過を話したかったが、1日で全部話すことにも無理があるので、適当なところでやめた。ただ、先生は、以前のカルテを良く読んでくれているようで、いろいろ知っていた。ありがたいことだ。
春夏と比較的元気に過ごしている。お盆は、沖縄へ行く。まあ症状は辛いときもあるけど、元気なときもあり、一進一退。振り返ればまあ、元気と言ったところか?龍田先生からも話かけてくれるので、自分も話しやすい。ただ、ひどく困っていることは無いので、5分も話せば終わってしまう。龍田先生になって、待ち時間が大幅に短縮された。ところが8月突然龍田先生の外来が無くなるというお達しがでた。先生に尋ねたところ産休とのこと。おめでたい。おめでたい。「元気な赤ちゃんを産んでください」と言って終わる。9月山口先生に替わる。まだよくわからないが、少し頼りない気がする。しかし、待ち時間は無い。これはとてもありがたい。8月から食事と飲み会が非常に苦手になる。食事しているとクラクラしてしまう。飲み会もかなり辛い。その場所に座っていることが苦痛である。仕事や職場のコミュニケーションのため飲み会を毎回欠席するわけにもいかない。
36歳 (2001〜2002)
12月食事時、飲み会時などクラクラしてどうにもならない。先生に相談して頓服でワイパックスが処方された。コンサートに行ったりや同窓会に出席したが、その前に心臓がバクバクしていた。1月頭が0.5秒ほど一瞬「ふっ」とするようなめまいがした。しかも二日連続で。頓服のワイパックスは全く効かない。3月から会社の新人採用面接官をやることになった。最近は、昼食に加え、会議や打ち合わせも、その場にいられないような症状が出ているので非常に不安だ。1日中面接があったが、なんとか薬を多用して乗り切ることが出来た。12月に具合が悪い状況があったが、その後は比較的安定している。5月、3回目の面接で、一人目の面接時に、パニックになる。その場に居られない状況になり、頭がぼーっとするというか、恐怖心というか、言葉ではうまく表せないが、辛い状況になった。パニック障害だろうか?広場恐怖症だろうか?しかし学生が目の前にいるので退席するわけもいかず、そのままあと二人の面接をこなし、1時間半ひたすら耐えた。終わってすぐ帰宅したが、グロッキー状態。翌日も会社には行くが、頭が変で、精神症状がおかしい。その日は妻の帰宅が遅いので、子供を保育所に迎えにいき食事や寝かせる必要もあった。かなり辛い。次の日は会社を休んだ。急遽、国府台病院の山口先生に電話して今週診察をお願いする。先生の診察を受け、「今あなたの状態は、面接で限界を超えてしまったために、好不調の波が大きくなり、そして全体的に下がってしまっている。これを全体的に持ち上げるには、ドグマチールを2カプセルにするのが良い。ドグマチールなら、良くなったときに元に戻しやすい」とのこと。頓服としてレキソタンが処方された。当日からドグマチールを2倍飲んだが、なんと速効で効き始めた。これには驚く。今までドグマチールなんて何に効くんだろうと気休め程度にしか考えていなかったのだが。。。このまま1週間は元気だった。多少の負荷がかかり調子が落ちるときもあったが、レキソタンを飲んでもある程度効果が認められる。ところがドグマチールが効いたのは最初の1週間で、その後は、調子が落ちた。絶不調は脱しているが、やはりドグマチールとソラナックスだけでは、毎日頭が変になる。しかしレキソタン5を飲むとスッカーンと効く。先生に相談して、1日1錠レキソタン2を追加してもらった。レキソタン5は頓服でもらっている。すると今度はもっと絶好調で10日間全く症状が出なかった。素晴らしすぎる!!!ここでこのままレキソタン2mgを飲み続けると抜けなくなるのではと思い、11日目に夜だけレキソタン2mgを抜いた。翌日、昼に調子が悪くなる。なぜだ〜。朝も昼もレキソタン飲んでるのに。。。また元に戻したら調子がいい。但し頓服でレキソタン5を飲んでも効かなくなった。8月にハワイに行った。2日前から発熱するも、解熱剤を飲みまくってなんとか行ってこれた。基本的にドグマチールとソラナックス、レキソタン2で好調持続。頓服はレスタスに変更。しかし、レスタスも効かないので、またレキソタン5にしている。37歳 (2002〜2003)
ここ数ヶ月変化なし。飲み会が弱いので、一切断っている。但し、何かあると調子が悪くなるのはいつものまま。昨年のGW明けから、職場が日本橋に変わったので、仕出し弁当を食べている。以前会社の食堂でめまいがしていたので、仕出し弁当にしてからは、問題なくなっている。5月突然40℃の熱が出た。苦しかった。その後妻が管理入院。辛い日々が続く。みぞおち上のあたりが激痛、そのうち右肩も激痛になる。病院へ歩いていたら肺が痛くなる。やべえ、気胸か?やっとの思いで病院へ行きレントゲン撮影し問題なし。しかし寝れないぐらい痛い。翌日には多少収まる。なんだったんだ?6月管理入院から帰って来た妻だが、1週間もたずに陣痛がきて、朝方4時に、船橋市立医療センターへ行く。6時に無事双子の女の子を出産。超安産だった。但し、下の子の体重が、2100gだったので、NICUに入る。1週間の入院後、上の子と妻が退院。更に1週間して下の子も退院。妻の母親が来てくれているので、俺は楽チン。夜も5歳の娘と別室で寝ている。1ヶ月半で義母は帰宅。妻と二人で双子の面倒をみることになる。想像以上に大変である。体調は良いのだが、広場恐怖のパニックが起きるのでそれをも治したいと医師に相談したところ、コントミンが処方された。コントミンは、メジャートランキライザーなので、副作用が怖い。数日飲んでやめてしまった。9月にしゃがんでいたら、急に、「あれあれあれ」って感じで、グラグラめまいがして、そのまま布団に倒れこみました。数分で収まりましたが、これが家でなかたらと怖くなりました。翌日耳鼻科へ行き、検査、目になにかつけて左右に振ったり、聴力検査、レントゲンを取りましたが、異常なしとのこと。一過性の内耳障害だろうとのこと。約2ヶ月このめまいを引きずる。10月は、比較的調子が悪く、11月になってやっと少し落ち着いてきた。
38歳 (2003〜2004)
12月、ついに医師に「パキシルを飲みたい」と話す。本では、パニック障害の第一選択薬は、パキシルとある。広場恐怖にも効果があるとのこと。現在症状は落ち着いているが、広場恐怖が唯一辛いところなので、是非とももっと元気になりたい。医師いわく、パキシルの処方に問題はない。今までは、認可が下りてそんなに経っていないこと、広場恐怖を私が言い出したのが最近だったので処方しなかったらしい。私が飲みたいのなら試すのも良い。今症状が安定しているが、その時に薬の変更はどうか聞いたが、ダメだったら戻せばいい。パキシルからレキソタンに戻すことは比較的容易だろうとのこと。まずは10mgから始めて、のちに20mgにするという。2ヶ月10mgを試した。副作用としては、早朝覚醒と眠気。早朝覚醒は2ヶ月間毎日続く。3ヶ月目についに20mgに増量。5日経ったが、主だった副作用に変化は無し。朝起きられないのと、強烈な眠気がある。苦手だった飲み会を試してみたが、大丈夫だった。まだ1回だからなんとも言えないが、嬉しい。その後、会議やトイレ、食事、飲み会等でも、大丈夫になる。広場恐怖がほぼ消失したようだ。パキシルに感謝。2月も20mgで様子を見ることになった。4月から山口先生が転勤することになった。山口先生は関西へ行くらしい。新しい先生は九州大から来るようだ。待ち時間がほとんど無かったのと、山口先生の処方でかなり調子を上げていたので残念である。4月に友人から紹介を受け山梨にある快医学の先生に診てもらう。初めての東洋医学への挑戦です。友人の家族は、C型肝炎や喘息などが治ったという実績がある。4,000円で2時間も診てもらった。内容としては、頚椎にヘルペスがいてそれが悪さをしている。ということで、プロポリス、カルシウム、ひいらぎを飲むことになった。まあ東洋医学だから信じる、信じないは自分自身の判断なので、俺は、その先生の人柄や言っていることなどにも共感できたので、試してみることにした。4月から岡山先生に代わった。結構若い。比較的最初から薬を減らそうという感じだった。少し様子を見ていたら、6月に中国の西安に出張することになった。ここで薬は減らせないので、今のままとすることに。2月から5ヶ月間、絶好調という感じ。6月の西安は問題なく行くことが出来た。7月勢いで、ハワイに行く。これも問題なし。10月から昼のレキソタン2を抜いている。今のところ問題なし。
39歳 (2004〜2005)
パキシルを飲んで絶好調となる。何でも出来る。丸2年絶好調を維持。
40歳 (2005〜2006)
絶好調だったが、1月ぐらいから、疲れると頭がふっとなるというか、クラッとなるというが瞬間的になにかおかしい。