| ついつい友達の家で話し込んでしまい、夜12時ごろやっと、帰りの地下鉄に乗った。
3駅で、カイロの中心「タフリール駅」に着き、そこからホテルまでは歩いて10分ほど。 時計を見て「12時半には帰れるな」と思いながら歩いていた。
ホテルが見えるところまで来たとき、突然、胸が痛くなった。 呼吸に合わせて痛くなるので「あれっ?」と思って深く息を吸い込もうとしたらますます痛い。
それでも明日の朝の牛乳がきれてることを思い出して、売店に寄った。顔なじみの店なので、 いつもならおじさんとしゃべりながらついついいろんな買い物をするのだけど、とにかく座りたかったので、
必要なものだけ買ってすぐにまたホテルに向かった。
何とか歩ける。だけどどうしても胸を張れずに前かがみになってしまう。 これはもしかすると「気胸」かも知れないと思った。親しい友達が以前に自然気胸にかかって、
その発病のようすを聞いていたからそれなりの予備知識があった。友達が気胸にならず、何もわからぬままエジプトで発病していたら、きっとパニックになっていたと思う。
ホテルの自分の部屋についてからは、とりあえず様子をみようと思ってソファーで休んだ。 背もたれによりかからず、前かがみになって浅い息をするのが一番楽だった。何となく、
一度深呼吸ができれば治りそうな気がしてやってみるのだけど、痛くて途中でやめてしまった。 その度に、自分のなかで気胸の疑いがますます強くなった。深呼吸どころか、普通の息もつらくなり、
とても不安になった。あせって息がとても速くなってしまう。
1時間くらいたって覚悟を決めた。「たぶん気胸だ。手術かもしれない。このカイロで・・」と。 パスポートと財布、海外旅行保険の証書、それに電子辞書(日本語−英語)を持ってホテルのオーナー(エザトさん)
のところに行き、病院に行きたい旨を告げた。すると、その話を横で聞いていた同宿のアイルランド人が、 「それは筋肉の痙攣だ」と言った。電子辞書で「気胸」を引いて「たぶんこれだと思う」と彼に見せたけれど、
「気胸ならもっと苦しむはずだ」と言って否定した。以前に彼は医者の卵だと聞いていたので、私も彼の言葉を無視できず、
結局その場でまた30分ほどじっとしていた。
エジプト人のエザトさんは、私が一言も話しをせずにじっと前かがみで座っているのを見て、 「病院に行こう」と何度も言ってくれたけど、私自身、エジプトで治療をするのがいやで、
「何とかこのまま治ってくれ」と思いながら耐えていた。しかし継続的な痛みにいよいよ確信的のものを感じて、意を決した。
ホテルの近くに、エザトさんが以前、腕の手術をした大きな病院があるというので、そこに連れて行ってもらうことにした。
道のでこぼこで揺れるたびに痛むけど、タクシーでわずか2,3分だった。とても大きな病院で、 総合病院であることが一目でわかる。救急の入口でエザトさんがアラビア語で、受付のような事務の女性に病状を話してくれている。
間もなく僕も病院の中に入った。
とりあえずは日本の病院と同じ匂いがしたので安心した。しばらくすると若い、30歳くらいの黒人の医者がやって来た。
ふちなしのめがねをかけてとても利発そう。偏見かもしれないけど、やっぱり大衆喫茶で水たばこを吸って何時間も
過ごすような連中とはちょっと雰囲気が違う。これでまた一つ安心した。 |

▲ここがカイロの中心「タフリール広場」。まったく「喧騒」が伝わらない写真だが、実際は大きくて、にぎやかで、街の中心はまさにここという場所。車も車線を無視してやってくるので、写真の人たちのように、スイスイ横断するのは簡単ではない。
私はまたもや電子辞書で「気胸」を引いて見せ、 今までの経過を英語で説明した。気胸(pneumothorax)だけはどうしても発音できない。
さっそくレントゲンを撮り、現像。10分ほど待つと、再び医者がやってきて、自然気胸であること、チューブを入れる措置が必要なこと、それに伴って3日間ほどの入院が必要なことを告げた。その話し方は、明らかに「単なる」自然気胸だというふうで、私が心配そうな目で「それは“手術”なのか?」「麻酔は使うのか」「必ずそれで良くなるのか」「このまま何もしなければどうなるか」などと質問攻めにすると、なだめるように答えてくれた。「とてもminorなオペレーションだ」「全身麻酔」「48時間後には必ず良くなる」「何もしなければ、どんどん肺が小さくなり、心臓を圧迫する。チューブ挿入はnecessaryだ」と。
しかし、「チューブ挿入を今から行います」という。私は、友達の気胸のとき、見舞いにも行っていたからそういう処置があることは知っていたけど、突然の宣告にちょっと面食らった。
自覚症状だけで言えば、「今すぐ何とかしてくれ!」というほどの痛みではない。すでに午前3時を回っている。朝いちばんで日本大使館に相談してから決断したいと思った。この病院がほんとうに信頼できる病院か、エジプトでこの種の処置をすることに、どれほどの危険があるのか。そんな情報が欲しかった。周りにエジプト人しかいない夜中3時の病院で、自分ひとりの判断でメスを入れることを決断するのが怖かった。
そして医者に「明日の朝まで考えたい」と言うと、レントゲンを見ながら以外にもあっさり「OK」と言った。気胸になった人の、発病時のレントゲンを見ると、肺がにぎりこぶし大しかなかった、ということもあるようだけど、僕はそこまでしぼんでなかった。それで痛みもがまんできる程度を保ち、何時間かの猶予ができたというわけ。
それから僕は、医者に反対されながらも、いったんホテルに戻った。手術の前にシャワーを浴びたかったのと、3日間の入院に必要なものを自分で用意したかったからだ。ホテルでは結局、息苦しさでシャワーは断念したが、着替えやら日用品やらをかき集めてリュックに詰め、ぜんぶエザトさんに持ってもらってなんとかまた、病院に戻った。受付で、入院時に必要なデポジット(1500ポンド、約45000円)を払った。朝の5時を過ぎていたと思う。 |