入院体験記
・海外で気胸になったら ・海外での気胸に備える ・入院で役立つ英語 ・掲示板
入院、チューブ挿入、手術。エジプト'Kasr El Aini Hospital'での20日間。
発症
入院
 
手術前
手術
手術後
退院
現在
                             
3、チューブ挿入 (3日目)

大使館の古谷さんが帰ったあと、僕はさっそく、ナースセンターに行き、看護婦長(看護婦の中で唯一英語を話す)に「チューブを入れて欲しい」と頼んだ。こちらにとっては大きな決断だが、もう、この処置はあたりまえのこととして進行していくような気配だった。

さっそく血液採取。続いてもう1本、何の注射かと思ったら、注射針だけを差し込まれた。そして抜いた後にはナイロンのくにゃくにゃした細い管が腕の中に残り、根元にプラスチックのキャップが付いている。これで、後の注射や点滴はキャップを開けて差し込むだけでOKというわけ。注射のたびに痛い思いをしなくていいというものの、常にちょっと痛いのが難である。

処置の前に、処置をしてくれる医師「アリー」と会うことができたので、僕は「麻酔自体の危険はないか」と聞いた。海外では、小さな体の日本人にとって薬剤効果の強すぎる場合が多いから、麻酔にしても、「ちょっと強く効き過ぎ」たりしないかと考えた。だけど、麻酔の量は身長や体重に合わせて調整するから心配いらないとの答えだった。それから輸血の可能性も尋ねた。できるだけ輸血は避けたいと思った。それも「輸血が必要な事態は100%ない」と返された。「何をあなたはそんなにおびえているのか?」と言いたげである。僕は、ほんとは「メスはきれいか」とか「チューブはもちろん新品だね」とか、衛生面のことをいろいろ聞きたかったけど、やめた。

この処置は、やはり「手術ではない」ので、手術室ではなく、ナースセンターの隣の「えぇ、こんなとこで?」というような小さな部屋に呼ばれた。タイル張りの壁も、あの独特の照明もない、あまりに殺風景な部屋に、また衛生面の不安を感じたけど、医者が2本、注射をして「はい、ドラウジーになりますよ」と言った次に瞬間には、もう眠ってしまった。

意識が戻った時、もう窓の外は暗かった。まだ麻酔が効いているのか、それほど強い痛みはない。へんな話だけど、僕は下半身に何も付いてないことがわかって、たぶん、誰にもおしっこの世話になってないという自信があった。そんなことがまっさきに頭に浮かんだ。それから肝心のチューブは、右のわき腹から這うように下に伸び、腰のあたりで体から離れて、ベッドの下に伸びている。わき腹には大きなガーゼが貼られているけど、自分の体から管が出ているなんてことは、生まれて初めてで、やはり不安だった。この時点で、医者の手に自分の運命を預けてしまったような気分になったのがいやだった。

とりあえず動く気になれなかったので、トイレががまんできなくなるまでこのままでいようと思った。

無事にチューブが挿入され、水槽をぶらさげて歩く私。

そして、またうとうとしかけたところへ、看護婦がやってきて、部屋の明かりをつけた。点滴の交換だった。

「具合はどう?」とかいう言葉でないことだけはわかる、何か事務的なことを言っているけれど、アラビア語なので内容はさっぱりわからない。そこで、ジェスチャーするとか、紙に何か書くとか、そんな気は彼女たちには微塵もなくて、ひたすらアラビア語でしゃべり続ける。こっちが英語で話そうとすると、むしろ煙たそうな顔をするので、会話は成り立たない。この病院で、英語が話せるのは、ドクターと看護婦長だけなのだ。これはつらい入院だな、と思った。

とうとうトイレが我慢できなくなって、何とか起き上がって、最初に見たのはチューブの先に取り付けられた「水槽」だった。ちょうど日本の夏に、麦茶を入れて冷蔵庫で冷やすプラスチックケースの直径を、冷蔵庫のドアに入らないくらい大きくしたような、つまり、それほど「ちゃちぃ」ものだった。床にちょこんと置かれているのも何だかみじめだった。日本で、友達が気胸になって入院したときに見たのは、四角くてもう少し複雑な構造だったので、それと比較したのがいけなかった。

横腹から出たチューブはこれにつながれ、その先端は水に浸かっている。それによって空気が外から逆流しないようになっていることはわかった。しかしその水は、肺から出た血で赤く染まっていて、あまり気持ちのいいものではなかった。この水槽は床に置かれているけど、持つところが何も付いてない。ふたの突起をつまむようにして持ち、トイレに行ったけど、こんなものをいつも持って歩くのは大変だな、と気が滅入った。