入院体験記
・海外で気胸になったら ・海外での気胸に備える ・入院で役立つ英語 ・掲示板
入院、チューブ挿入、手術。エジプト'Kasr El Aini Hospital'での20日間。
発症
入院
チューブ挿入
手術前
手術
手術後
 
現在
                             
7、退院 (20日目)

まず、事前に聞いていた額とあまりに違いすぎる、大きな額を請求してきた。しかしそれは、外国人料金が事前に知らされていなかったためで、保険会社に問い合わせたところ、請求額は妥当とのことだった。外国人の場合、現地国での健康保険に入っていないから、エジプト人の治療費よりは高くつくということだった。それは当然としても、それにプラスアルファをかぶせてるような気がしないでもない。何しろ観光客相手では「ぼる」ことで有名な国である。問題はもう少し複雑だった。病院に支払うお金とは別に、手術代としてサミーアに2,000ドル(エジプトの通貨、ポンドよりも信頼性が高い)を払えという。サミーアに払うドルについてはレシートは出せないという。保険会社に相談したら、当然「No」。保険会社と病院の直接交渉もうまくいかないようだった。

ここへきて、サミーアへの不信感が募った。直接お金を受け取って税金逃れを企てていることは明らかだ。しかしこれはサミーアの勝手というよりは、一種の慣例のようで、窓口となっているのはあくまで病院の会計なのだ。そこで、エザトさんと、エザトさんのともだちのカドリさんが、掛け合ってくれた。2人は、「ちょっと行ってくる」と言って、病室を出たまま、1時間以上帰ってこなかった。後で聞くと、病院側とそうとうもめたらしい。最終的には病院の、かなり偉い人のところまで行って交渉し、支払いを病院側に一本化することを認めさせた。

病人に、支払いのトラブルで心理的な負担をかけたくない。気持ちよく退院させてあげたい。と思ってくれていることがひしひしと伝わって、2人のエジプト人に対する感謝の気持ちでいっぱいだった。彼らの助けなしには、その日に退院できなかったかも知れないと思う。

私の兄が、請求額の10,000エジプトポンド(1ポンドは約30円)を払いに行ってくれた。まるでこれが担保だったかのように、しばらくしてから、チューブを抜く処置のお誘いが来た。最初にチューブを入れたのと同じ、ナースセンター横の小部屋。僕の一番好きなアリーが、この記念すべき最後の処置をしてくれるという。

麻酔はないというから、絶対痛いだろうと思った。いつもレントゲンを見てると、チューブは体の中に入ってから上へ伸び、肺の上部まで入っている。これを無理やり引っ張って抜くのだ。僕は、右を上にして横になり、チューブを見ないようにした。チュルチュルっと段階的に抜いていくのだと思ったら、意外にも「えっ、全部抜けたの?」と思ったほど、あっさりしていた。しかし、やっぱり痛かった。

チューブが抜けて、何にも縛られずに動ける開放感はたまらないものがあった。しかし同時に、もう少し入院して、様子を見なくて大丈夫だろうか、と不安に思った。もし空気がまだ漏れていたり、チューブを抜いた刺激でまた漏れ出したりしたら元の木阿弥じゃないか、と素人なりに考えたのだが、アリーも「さようなら」という感じだったし、病室ではエザトさんや兄や、日本人の友達が退院仕度をしてくれている。退院は今すぐせよという感じだった。

アリーとは、最後にメールアドレスを交換した。「がんばって、いいお医者さんになってください」と、心からの言葉を伝えた。その後、サミーアにも会えたけど、僕はお金のことを何も言わなかった。サミーアは薬の処方箋を渡してくれて、1週間後に自分のクリニックに抜糸に来るように言った。僕は礼を言って別れた。それから、ナースセンターにいる看護婦にも礼を言った。

こうした瞬間は、患者にとっては思いひとしおなのだろうけど、病院で働いていたら、毎度のことでいちいち、出会いだ、別れだなどというセンチな感情はないのだろうという気がした。それでもやはり、僕にとっては、いろんな意味で、この病院が一生忘れられないものになったし、これも何かの縁だろうと思った。

そして最後に、同部屋のファラガさんにもあいさつした。まだ、手術の跡がかなり痛むみたいだったけど、順調に回復してる様子だった。僕は、病室から見えるナイル川の向こう岸にあるレストランを指差して、「お互い元気になったら、いっしょにあそこでジュースを飲もう」と約束した。最後に握手をして病室を後にした。

外はもう暗くなっていた。僕は初めて、病院の正面玄関から外に出た。ちょっと前かがみにならないと歩けないほど、まだ肺が痛かったけど、何とか、無事に退院できたことがうれしかった。相変わらず車の往来と排気ガスはすごかった。

その後。

退院から一週間ほどは、あまり外を歩く気になれず、ほとんどホテルでじっとしていた。カイロはただでさえ散歩にエネルギーのいる街なのだ。すごい数の車が、交通ルールなどお構いなしにビュンビュン走っている。日本人を見ると「ヤバニー」(日本人の意)といって声をかけてくる。買い物をすると料金の交渉に骨が折れる。1,500万人のサバイバル都市なのだ。

一週間後、約束どおり、サミーアのクリニックに行った。例によって「やあ、元気か?」と調子のいい笑みを浮かべて迎えてくれ、あらかじめ撮っておいたレントゲンを見せると、「とてもいい」と言った。隣室のベッドに寝かされ、サミーアはスーツのままではさみを持ち、抜糸をした。これで晴れて完全健康体である。

僕は一時帰国のことについて相談した。素人の予備知識で、「飛行機の気圧変化は、肺に影響ないか」ということを尋ねた。

よかった。祝・退院。兄に撮ってもらった一枚。

そしたら「アメリカ行きに乗らなければ大丈夫だ」(テロの時期だったので)と、最後までお調子者だった。

保険会社によれば、気胸の場合、手術後8日経てば飛行機に乗っても良いそうだ。一時帰国して、日本の医者にもう一度診てもらいたいと言うと、片道の渡航費は補償できるということだった。飛行機は、離着陸のときに胸がどうなるのか心配したけど、何となく気分的に圧迫されるような気がしただけで、何事もなく関西空港にたどり着いた。

久しぶりの日本だったけど、家に帰る前に、早速、近所の総合病院に寄った。金属探知機を通さずに、苦労してカイロからぶら下げてきたレントゲン写真20枚と、サミーアの診断書を持って外科を訪れた。
医師は僕のこれまでの処置を聞き、一言「たいへんでしたねぇ」と言った。しかし、まずチューブを入れて自然に肺が修復されるのを待ったこと、そして次の処置として金属で穴をふさいだことは、間違ってないし、レントゲンを見るかぎり、手術もうまくいったと思うと言った。

そして、その時もまだ服用していた薬を見せると、アラビア語をまじまじと見て「ほー」と言った。看護婦は、レントゲンを珍しそうに眺めて、明暗の差が小さくて、あまり質が良くない、と言った。極めつけは、服をまくって手術跡を見せた時、「あ〜、切っちゃったんだ」と言われたことである。確かにわき腹には、横に10センチ以上の生々しい傷跡が残っている。実は、内視鏡手術というのがあって、僕のようなケースだと、日本ではまず胸をこんなに切る(開胸)ことはないらしい。おまけに、切るにしても肋骨と並行ではなく、腕を下げれば隠れるように、縦に切るのが普通だそうで、国によってやり方が違うことに感心している様子だった。

再発?!

日本には10日間ほどいて、またエジプトに戻った。そして、普通にまた学生生活を送っていたのだけど、時々、「あ・・もしかして」と、再発を思わせるような痛みがあった。気のせいかもしれないけど、とくに排気ガスで曇っているような大きな交差店を渡る時などに、小さな痛みを感じるように思う。空気の悪さに、以前より敏感になり、人が吸うタバコも、近いと逃げ出したくなるくらいいやになった。
退院から3ヶ月経ったある日、自宅で夜ごはんをつくっていると、突然左胸の最上部がきりきり傷んだ。ソファーに座って、しばらくじっとしても治まらず、30分以上経ったので、いよいよ来たかと思った。しかしある一定のところで痛みは止まり、その後なんとか引いて行ったので胸をなで下ろした。

次の日、念のために診察を受けることにした。大使館の推薦病院にも電話したりして、直前まで、どの病院に行くか迷ったが、なぜか最終的に、足は前と同じ「Kasr el Aini Hospital」に向かった。緊急事態ではないから、診察だけなら、以前の処置を知っている病院のほうがいいだろうと思ったのだ。レントゲンを撮って、それを持って、前と同じ4D病棟に行ったら、サミーアもアブダッラーもアリーもおらず、インターンのような若い医師だけがいた。ちょうどイスラム教のラマダン(断食月)の最中だったからかも知れない。

余談だが、医師に聞いたところ、断食は、たとえ手術がある日でも守るという。1ヶ月間、日の出から日の入りまでの時間、一切の飲食を断つのがラマダン。喫煙も許されない。たいていの人は、昼と夜が逆転したような生活になり、昼間はのんべんだらりと過ごす。イライラして、ちょっとしたことでけんかを始める輩もいる。飛行機のパイロットは、国際的な決まりで断食が許されないと聞いたことがあるけど、もっともな話だ。手術をする医者も、人の命を預かる意味でパイロットと同じではないか。しかし、病院内では医師も看護婦も、みな断食を守り、夕方の5時を心待ちにしながら働いている。かくして、断食月にはできるだけ、イスラム圏では病気をしないのが賢明だ。

4D病棟の看護婦は以前と同じで、そのうちの一人が「welcome!」と言ったのにはまいった。若いインターン(実際は正医師らしいが)は、レントゲンを見て、(肺は)「きれいだ」と言った。別のところへ行って、年配のドクターに見せても「俺の肺よりきれいだ」とちゃかされて終わった。その後はとくに、再発を思わせるような胸の痛みはない。ただ、手術の傷口にちょっとした違和感が残っているのと、大きなくしゃみをしたら、胸の奥が「もりっ」と音をたてる(ような気がする)ことがある。

最後に、入院中お世話になったエジプト人、日本人の皆様に心からお礼申し上げます。また、エザトさんには入院から退院後までさまざまにサポートいただき、とても安心して治療に専念することができました。どうもありがとうございました。カイロにご旅行の際は、ホテル「さくら」をよろしく(笑)。