行ってきました!!
KANTAROが、家族などと共に近くに足を伸ばした時の様子を綴っております。あまり珍しくも無い所で、しかも人の旅行なんて、読んでも面白くないかの知れませんが、ご遠方の方には、興味を持って頂けるかもしれません。少しずつ書いていきますので、暇な方は読んでってください。
2001/1/4〜7 北海道ニセコスキー場
ニセコアンヌプリ スキー場
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スキーを初めて6シーズン目、念願の北海道についに行ってまいりました。実は昨年、ほとんどその気で、旅行代理店で仮申込してたんですが、「どうも転勤らしい」という情報が入り、忙しくなるので中止してしまいました。そこで、今年こそはと、10月ぐらいから計画を煮詰め、お正月休みもメッタにない11連休とあって、ついに実行に移すことができました。
1月4日に松山空港から1時間半かけて新千歳空港に、飛行機で行くと日本の最北も距離感がなく、旅情などは感じられませんでしたが、空から見える一面雪の原野は初めて目にする光景でした。空港からニセコまでは、3時のバスの旅となり、細川たかしの真狩村、ニセコの美しい森を眺めながら、ホテルまでたどり着きました。 初日は、夕方の到着となり、行く前はナイタースキーでもと思っていましたが、疲れと寒さで、そんな気分はとんでしまって、温泉に入って夕食、明日朝1番から滑ることにして早めに床に着きました。ガイドさんも行ってましたが、<北海道はあったかい?>と言うのは本当で、確かに1歩外へ出ると夜などは氷点下ということですが、屋根のあるところは建物の造りも違うのでしょうが、暖房がしっかりきいていて、四国よりも断然快適でした。 しかし、なにせ北海道ですから温かいところでじっとしてても、来た甲斐がありません。翌日は朝6時に全員が起き、8時過ぎのホテル送迎バスで「ニセコアンヌプリスキー場」へ、なんでアンヌプリ?なのかは分かりませんが、ニセコの3つのスキー場の中で1番端にある比較的勾配の緩いスキー場です。それでも、西日本のスキー場などとは比べ様もなく、ゴンドラも2000m以上、一本滑るのに軽く3`ぐらいはあります。山頂付近も初級者コースと書いてあったので、去年初めてスキーをつけた下のボウズもコケながらも何とか行けるだろうと、4人そろってゴンドラに乗って、いざ山頂へ。とまでは良かったのですが、山頂は結構吹雪いていて、視界が利かない状態、しかも2つあるゴンドラ駅出口のうち、中級者コース側に出てしまい、下のボウズは風とあまりの斜面に怖気づき、へたり込んで泣き出してしまいました。結局、嫁さんと娘は滑っており、私と息子はゴンドラで1度下まで降りる事に。考えてみれば少し無謀だったかなと反省、息子の顔を見ると、よほど怖かったのでしょう涙が凍ってゴーグルの下から、漫画の様にツララになって垂れ下がっていました(ホント)。それでも、ボウズもリフトでいける中腹からのコースは、難なく滑り、もう朝のことは忘れてはしゃぎまわっていました。 山頂からは、見た事もないような雪化粧した連峰、半分姿を隠した羊蹄山が見え、なんとも晴れ晴れした気分になれました。それにしても西日本のスキー場とのスケールの違い、長野県の白馬とも違った広々としたコースは、「こりゃ、幸せ幸せ」といった気分です。1日、2日目と昼間に十分に滑り、ナイターまでこなす余裕はありませんでしたが。距離としては、たぶん四国のスキー場で私が滑る1シーズン分ぐらいは滑ったんじゃないでしょうか?。 夜の食事は、ほんとは安いスキー場周辺で済ますつもりが、代理店の手違いで注文されており、もったいない気はしましたが返金できないとのことでいただくことに、贅沢でしたが、チャンチャン焼きや甘エビ、ジャガイモの料理、確かに北海道らしいものを食べさせてもらい、一応に満足させてもらいました。最後の日には空港で、とりあえず「うに・いくら系?食べとこうか」ということで、空港内のすし屋さんに入り、「いくら丼」、「かにの握り」「海鮮丼」を注文、北海道気分は味わえましたが、肝心の味の方は今一つと言う感じでした。 2001年は少し贅沢して北海道でのでのスタートでした。さあ、今度は沖縄でもいきましょうか?でもその前に旅費をかせかねば、とまた日常に帰っております(^^)。 |
2000/3/下旬 松山へ転勤
| 旅行ではないので写真はありません。 | 今回は、旅行ではありませんが、徳島から松山への転勤旅行とでもいいましょうか?その様子をかかせて頂きます。 鈍牛のような支局長殿に「KANTARO、ちょおっと・・」と呼ばれ、トイレの前で「松山や!?」<えっ>「転勤!」と告げられたのが2月16日、別に希望してたわけではないんですが、今の所属に同年台の人間が結構固まってて、分散させようと言うのがねらいの様うな転勤だったような気がします。ともあれ、3月1日に正式辞令。29日に引越し、4月3日出勤というめまぐるしい年度末を迎える事になりました。もともと今治市出身で、大学も松山市なんで、地理的には困らないんですが、家族も増え、学校の事やら、業務の転向など、少し気の重い転勤となりました。 転勤の第一は、まず<家探し>。1泊2日の行程で、業務引継ぎと家探しを兼ねて、3月2日に松山にいき、いろいろマンションを物色。最初に見せられたのが家賃12万円也の高級マンション、不動産もうまいものです。確かに、高級住宅地にあり、部屋の内容も良く、松山市市街を見渡せるような立地で、ベランダでブランデーでも片手にすれば、すこしだけ、映画に出てくる<ビジネスで成功を納め、摩天楼にオフィスを持ったニューヨーカー>の気分を味わえそうな部屋でした。が、当然そんな世界とは無縁で、こちらとしては辛うじて記者兼集金人を務める身には、不相応?ではなく、肌に合わないというか。第一、家賃補助があっても、負担はかなりなもので、とてもじゃないが住めません。というわけで却下、4、5件まわって、ようやく勤め先まで電車で15分、郊外に3LDKのマンションを見つけ、家賃も許せる範囲で、結局、そこの決定。広さは、高級マンションと変わらず、ただ、窓からの見えるのが、病院の裏側って言うのが難点と言えば難点。あー四万十川を一望できた中村通信部時代が懐かしい!。 次の問題は、子供の学校。田舎と思っていたら、転校先は市内一のマンモス小学校と聞き、やっぱり田舎の町でもドーナツ化現象なんでしょうね?。800人を超える生徒数で、転校生だけでも30人以上いたみたいです。でも、それが返って良かったのか、子供も順応が早く、元気に通ってくれてます。まあ、親が心配するほどでもなく、自然に友達もでき、一安心です。ただ、郊外の方がやはり、車の量が多く、スピードも出してるんで、これは少し心配です。 しかし、最近はロードサイド店とかいって、マンションの近くのバイパス沿いに、大型のレストランなんかあるんですが、味はどこもマズイです。やっぱり、こじんまりとして、おばちゃんが1人でやってる居酒屋兼料理屋みたいな方がおいしいですよね。 おっと、引越しの話でした。前後しますが、今回の引越しは、けっこう余裕かまして、全部まとめてゴミも持ってちゃえ!て感じで、準備あんまりしなかったんですが、さすがに家族が4人ともなると、思いの他、荷物は多かったですね。シェイプしてたはずなんですが、自然とモノってふえてるんですよね。「転勤族は、つねに引越しシフトのライフスタイルで、モノは持たない」とか言ってたんですが・・・・。 と言うわけで、3月29日にアー○引越しセンターのお兄ちゃんが5人ほどやってきて、梱包と積み出しに約5時間かけ、大型トラックで荷物だけ、先に出ていき、2時間ぐらいかけて、掃除して、引越しの際の、重要ポイント、不動産屋との引渡しのチェックに臨みました。何とか修繕費を吊り上げようとする不動産屋に対し、何とかこちらも抑えこもうと、あの手この手で応戦。結局、畳張替え2室分のところを、1室は入居当時からカーペットを引き、畳の日焼けも磨耗のほとんどしていない、と主張し、1室分にしてもらい、3万円値切る事に成功。後はまあ、相応かなと思えるので、飲む事にしました。 さて、その晩のうちに、松山へ。翌日、11時から搬入のはずが、トラックの遅れで12時に。運び込むのは速いもので、2時間余りで、終了。ただ、入り口の形状が複雑で、1番大きなタンスが入らないという事態が発生。当日は、とりあえず実家に運び入れ、後日また、3階まで窓から吊り上げていれてもらいました。・・続く・・ |
2000/1/8〜10 大山スキーツアー
大山国際スキー場 |
小旅行、2回目は「大山スキーツアー」。1月8〜10日まで、今シーズン初滑りに行ってまいりました。7日の晩は寝ないことにして朝の2時に、熟睡中の子供を抱えて車に乗せて出発。瀬戸大橋を渡り、山陽道、岡山道、中国道、米子道をひた走り、早朝6時半に到着。しかし、四国の交通事情も良くなったもんです。今回の旅行で実感しました。行程のうち80%まで高速で、山陰まで4時間程度で行けるようになったんですから。スキーの方は、3日間とも暖かく正月に降った雪はとけていましたが、それでも全コース滑走可で、西日本最大級のゲレンデを初めて滑りました。3年前に行った白馬に比べると、物足りないものの、四国の狭いゲレンデとは大違い。「これがホンマのスキーヤね」と言う感じで滑りまくってきました。 今回のスキーの1番の収穫は、なんと5才の下のボウズに初めてブーツに板を履かせてゲレンデデビューさせた事です。しかし子供の飲み込みには恐れ入ります。1回目の滑走で500m程度の初級者コースを2回こけただけでクリア、しかも見様見真似でボーゲンでカーブまで切っておりました。「か、か、か、ひ、ひ、ひ、寛(名前)は天才だー、ぐふふ」と意味不明の言葉を発しながら、もったいないようなスピードで直滑降していくんですから。私自身、スキーを始めたのが5年前、小さな子供を連れての事ですので、集注した練習も出来ず、ビギナーのまんまですが、こんなに早く家族4人でシュプールを描けるようになるなんて思っても見ませんでした。 3月にもう一度、大山に行ってみようと企てております。いまは(1月下旬)1m以上の積雪ということで、こんどはちゃんとしたコンディションで滑れそうです。いまから期待しております。 近頃は山は登るのではなく、滑る方になってしまいました。軟弱になってる気もするんですが。今年の夏はご無沙汰の登山に出かけようと考えております。 PS:帰りに寄った、地ビールレストラン「大山Gビール」の料理とビールは絶品!。皆さんもご賞味あれ!。 (了) |
1999/12/26 神戸ルミナリエ
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神戸ルミナリエ |
12月26日、日曜日の午後、冬休みとあって子供も実家に早々に泊まりに行き、久しぶりの夫婦2人だけの休日となりました。県外脱出ドライブをしようと計画していたのですが、急になんと神戸まで足を伸ばしてしまいました。 まずは淡路島へ上陸、高速で明石海峡大橋の袂の淡路SA まで行って、展望台で写真撮影。しばらくして帰ろうとしたんですが 、SAでルミナリエ最終日のポスターを見て、2人で顔見合わせて「どうする?話の種に行ってみようか」 と言う事になりまして、もう4時まわってたんですが、40分もあれば、神戸元町まで行けると聞き、思いきって足を伸ばしてみました。日本一でかい?らしい垂水ジャンクション、狭くてもガンガン とばさなければならない阪神高速(ホンマこの道路は危ない!)を恐る恐るクリアし、南京町にほど近いルミナリエ会場についた のが6時前、会場は既にものすごい人出で、まるで明治神宮の初詣状態、押され 流され1時間半ぐらいかけてようやく光の回廊を通りぬけてきました。電飾の回廊はとても綺麗で幻想的だったんですけど、とにかく人の多さにまいってしまって、美しさを鑑賞する余裕はありませんでした。でも、こうして後で写真見るとやはり美しいですね?。 震災の慰霊のイベントとして始まったルミナリエ、後で聞くと今年が最後で、私たちが行った日は、本当の最終日だったそうです。電気の無駄使いかな?なんても思いますが、なんか残念な様な気もします。 その後は、また入り口付近に帰って、中華街で食べ歩き、水餃子やふかひれスープなど、お腹いっぱいになるまで食べてしまいました。さすがに 本場の味はおいしかったです。あとは元町界隈を散策して、喫茶で休憩、9時ごろ帰途につき、 1時間40分ほどで徳島まで帰ってきました。突発的に思いついた小旅行でしたが、 やはり知らない町をうろつくって、ワクワクして楽しいもんですね?特に南京町は異国情緒があって、久しぶりに少し弾けた 気分になりなした。しかし、やっぱ、関西のパワーはスゴイ!。屋台村みたいなところなんか 猥雑でも、下品でも、とにかく気合入ってますよねー。雑然としたなかでも、生活に力強さを感じます。徳島からこんなに簡単に行けると思わなかったので、これからは再々橋を渡っていってみようと思います。 (了) |
写真はN川さんからお借りしているCASIOのデジカメ(CASIO QV-10A)で撮らせてもらってます。