『自省録』より
遠からず君はあらゆるものを忘れ、遠からずあらゆるものは君をわすれてしまうであろう。
空中に投げられた石にとっては、落ちることが悪いことでもなければ、昇るのが善いことでもない。
自分に起こることのみ、運命の糸が自分に織りなしてくれることのみを愛せよ。それよりも君にふさわしいことがありえようか。
すべては主観にすぎないことを思え。
その主観は君の力でどうにでもなるのだ。
したがって君の意のままに主観を除去するがよい。
するとあたかも岬をまわった船のごとく眼前にあらわれるのは、見よ、凪と、まったき静けさと、波もなき入江。
顔は従順に心の命ずるがままの形を取り、装いをつけるのに、心自身は自分の思うがままの形も取れず、装いもつけられぬとは恥ずかしいことだ。
時というものはいわばすべて生起するものより成る河であり奔流である。
あるものの姿が見えるかと思うとたちまち運び去られ、他のものが通って行くかと思うとそれもまた持ち去られてしまう。
罪を犯す者は自分自身にたいして罪を犯すのである。
不正な者は、自分を悪者にするのであるから、自分にたいして不正なのである。
得意にならずに受け、いさぎよく手放すこと。
名誉を愛する者は自分の幸福は他人の行為の中にあると思い、
享楽を愛する者は自分の感情の中にあると思うが、
もののわかった人間は自分の行動の中にあると思うのである。
宇宙の自然はその任務として、ここのものをかしこに移して変化せしめ、またそこから取って他のところへ持って行く。
万物は変化しつつある。
しかしなに一つ新しいものの出現する恐れはない。
すべては習慣的のもので、その配分もまた同じである。
隣人がなにをいい、なにをおこない、なにを考えているかを覗き見ず、自分自身のなすことのみに注目し、
それが正しく、敬虔であるあるように慮る者は、なんと多くの余暇を獲ることであろう。
目標に向かってまっしぐらに走り、わき見するな。
君のおぼえた小さな技術をいつくしみ、その中にやすらえ。
そして自分のすべてを心の底から神々に委ねた者、またいかなる人間にたいしても自分を暴君にも奴隷にもなしえなかった者のごとく余生を送れ。
すべて心をみだすような考えや親しみのうすい考えを追い払って抹殺し、ただちに完全な平安にはいるのはなんとたやすいことであろう。
周囲の事情のために強いられて、いわばまったく度を失ってしまったときには、大急ぎで自分の内にたちもどり、必要以上節度から離れていないようにせよ。
たえず調和にもどることによって君は一層これを支配することができるようになるであろう。
あらゆる行動に際して一歩ごとに立止まり、自ら問うて見よ。
「死ねばこれができなくなると言う理由で死が恐るべきものとなるだろうか」と。
to be continued
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