この日の朝9時に意識が戻り、「見知らぬ天井」を発見しました。
夕食はおかゆとカレイの煮付けと大根の煮物。
但し夕食の内容は覚えているのに、意識が戻ってから旦那が持って来てくれた家に来ていた手紙を読んだりしていたと後で言われましたが全く覚えていません。
まだ完全に意識が戻っていたわけではないようです。
旦那が引き出しからポシェットを取り出して「ここに必要な物を入れておくからね。」と言ったので中を覗くと、1番上に耳栓がありました。
私の入院生活で1番必要だと旦那が考えたものは耳栓?!
でも確かに以前入院したとき、同室の患者の話し声がうるさくて鬱状態になり、最後には発狂しそうになっていました。
結局この耳栓は今回の入院でも役立ちました。
この病院の窓からは近くの教会が見えます。
屋根の上の大きな十字架を見ると心が安らぎます。
以前読んだ本の中で同性愛者で不特定多数の相手と関係を持ってエイズに感染したフランス人の男性が「自分はつくづくカトリック教徒なんだと思う。」と言っているのを読み、こんなカトリック教徒がいるか!と思ったのですが、こうして常軌を逸した生活をして病院の窓から見える教会の十字架に安らぎを感じる自分もやはりつくづくカトリック教徒なのだな、と思います。
善人なをもて往生をとぐ。いはんや悪人をや。
(善人でさえも阿弥陀浄土に往生できる。
悪人は最も救済が必要なものである故に、阿弥陀如来様の本願からすれば、
まっさきに阿弥陀浄土に往生できる存在である)
これは親鸞聖人♪
但し、実はこの窓から見える教会は日本キリスト教団の教会で、カトリックの教会ではありません!
しかもこの教会の鐘が鳴るとつい「妻の形見のロザリオを〜♪」などと古い歌を思い出してしまうのよ〜。
あ、この歌の正確な歌詞は
こよなく晴れた青空を 哀しと思う切なさよ
うねりの波の人の世に はかなく咲ける野の花よ
慰め励まし長崎の ああ、長崎の鐘は鳴る
召されて妻は天国へ 別れて一人旅立ちぬ
形見に残るロザリオの 鎖に白き我が涙
慰め励まし長崎の ああ、長崎の鐘は鳴る
心の罪をうちあけて 更けゆく夜の月澄みぬ
貧しき家の柱にも 気高く清きマリア様
慰め励まし長崎の ああ、長崎の鐘は鳴る
長崎の原爆に倒れた人々の死を悼み、残された遺族の心を支え慰めた「長崎の鐘」でございますぅ。
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