レントゲン写真を撮った後、柳谷医師の診察。
「先生、私の体の中、一体全体どうなっているんですか?」
「うーん、どうなってるって訊かれてもねえ・・・」
すぐには、はっきりしない。
まず、エコーで腎臓の状態を診てもらう。特に問題無し。
続いて、写真を見ながらの説明に移るが・・・。
「いやあ、尿管切っちゃったからって手術中に急に呼ばれて・・・」
えっ、切っちゃった? 急に呼ばれて?
どういうこと? 聞いてない!
尿管をどうしても切らざるを得なくて、泌尿器科の医師を事前に呼んで体制を整えた上で、
尿管部分を手術したんじゃないんだ。
違う!明らかに違う!
ショックで、その後の説明は一部覚えていないかも知れない。しかし
バルーンカテーテルは3週間くらい留置。(2週間と聞いていたのに)
腎臓から膀胱までのカテーテルは様子を見て1〜2ヶ月後に抜く。
今は、カテーテルがきちんと通って機能していることが大事。
という事は分かった。
夫は、執刀医の新野医師に説明を求める。
夫によると、「切っちゃいました」と認めた
という。
つまり、尿管を切断しないと筋腫が取れなかったという訳ではない。間違って切ってしまったということ。
治療の期間などについては再度、確認するそう。
納得できる訳は無く改めて後日、説明してもらうことにする。
夫が会社に戻った後、新野医師が病室を訪れる。
「すいません、説明不足でした。たまにあるんです、こういう事」
「私、こんなのいやです!」
ボロボロ涙が出てくるよ・・・。
夕方、主任さんがフォロー。(先生&患者)
「優しい旦那さんだよね。先生、まっすぐな人だから自分のやった事認めたけど、それにしても、もうちょっと気をつけて丁寧に手術してくれればねぇ・・・」
尿バッグを隠して持ち歩くための手提げ袋を持って来てくれるよう、夫に頼む。
2月15日(火)
朝、洗面所に歩いて行こうとすると、結構遠くから看護婦さんに、
[ー?歩いて大丈夫なのーー?」と大きな声で話し掛けられる。
ベッドに居ないので、何処かに消えたと思い、探してたらしい。ロビーのTVで連ドラを観てた患者さんたちに注目されてしまった。悲観して自殺でもするんじゃないかと思ってるのかな?
今日は隣のOさんの手術の日。私のベッドは真中に移動。彼女の場合は、筋腫だけを切除するそうだ。執刀は私の時と同じ医師。
手術は順調に終わる。良かった。
でも、私の場合は・・・。複雑・・・。
未だお通じなし。反応があってトイレに行っても、尿道の管が痛くて力めないのだ。下剤を出してもらい、就寝前に飲む。
2月16日(水)
尿は大体黄色になった。T字帯をやめてショーツに替える。管を動かないように固定しないとちょっとしたことで痛いのだ。尿量を計るとき、馴れない看護婦さんがバッグを持ち上げ、逆流しそうになったり、ツツーンと引っ張られたり、その度にいやな思いをする。
産婦人科を数日留守にしていた婦長が突然やって来て、午後に、6人部屋に移るよう宣告される。
一方的で呆気にとられる。まだ、抜糸も済んでいないのに。
お昼に、夫とともに部屋のことを申し入れる。手術ミスの件、婦長に報告されてなかったみたい。
いろいろお話の結果、移動しないことに決定。
主任さんの計らいで、看護実習生2人に足を洗ってもらう。痛くも無く、くすぐったくも無く、力の加減が良く上手だった。
15:00頃、下剤が効かないので強行突破。つまり、浣腸。
「車椅子で入れる一番大きなトイレでやりましょうか」と看護婦さんに言われるが、そこは便座が高くて足がぺタッとは着かず踏ん張れないのでパス。
普通の洋式ウォシュレットの個室に二人で入り、注入実施。ひとり待つこと数分で、あとはスルスルーー。このほうが楽だった。
そして、部屋は同じだが、ベッドは一番奥の窓際へ移動。
18:00 産婦人科医師より夫にレクチャー。
手術中に尿管損傷。泌尿器科Dr柳谷により吻合処置。
術後2週間でバルーンカテーテルを抜去予定。その後、数日様子をみて退院可能。
術後1ヶ月程度で体内のカテーテルを抜去予定。
後遺症などについて疑問あり。
筋腫の手術をお願いしたのに尿管を切断した産婦人科医の説明だけでは信用できない。
泌尿器科医の説明を求める。
後日、レクチャーをやり直してもらうことにする。
2月17日(木)
筋腫の手術をした同室のOさん、管が抜け、トイレ歩行開始へ。
後から手術した人に追い抜かれてしまった。ふぅ・・・・・。
「本当に恥ずかしかったよ。治療だからがんばったけどね」とその方はおっしゃるが・・・。
私はそんなの耐えられない。そんな屈辱的な事をするなら死んだ方がまし。
ワーーーと声を上げて泣いてしまう。
全然涙が止まらないのに、回診が始まってしまう。橋本医師と土橋医師の声がして、同室の人の診察が行われる。私は布団をかぶって泣き続けていた。
やがて私の番になったが、「あとでまた来るから。」と言って、ドクター二人は一旦部屋を出る。
今日は抜糸の日。そのことを思い出し、しっかりしなくちゃと思い直す。
何分くらい経っただろうか。泣き止んだ私のところへ、ドクター再登場。二人とも硬い表情だ。
抜糸は、橋本医師によって丁寧に行われた。
貧血だということで鉄剤を服用するようにとのこと。
川本婦長が、「何があったの?」と訪ねてきた。Tさんの話を聞いて、ショックを受けたことを話す。
午後、橋本医師が説明しに来る。
Tさんの手術は難しいもので、神経も取らなければならなかった。
私の場合は違い、神経には影響なく、尿意があるはずだと。
どうして、そういう事を、早い段階で説明しておいてくれないの?
バルーンカテーテルの尿処理について、看護婦さんと話した結果、これからは自分で処理する事にした。これまでは、看護婦さんに病室まで来てもらい、大きな瓶に空けてもらっていた。そうそう度々来てもらうのも悪くて、いっぱい尿が溜まった重いバッグを持ち歩いていた。
これからは、自分でいつでも身軽になれる。尿量の報告だけは忘れずに!
まだまだ、この姿で廊下を歩くのは抵抗があるけど・・・。
18:00 夫にレクチャー。今回は、おもに泌尿器科柳谷医師が説明。
この時、柳谷医師より、膀胱を切開したことが初めて夫に告げられた。これまでの経緯と今後の後遺症、及び責任について、きちんと書面にして、院長の印を貰ってくる様、要求。
産婦人科医から何も聞いていないと夫は怒ったそうだ。そして、
「あまりにひどすぎて、僕の口から本人に言うことは出来ません」と言った事を後に知った。