はじめに                    

 私は個人史、闘病記を残す目的でこのホームページを作り始めました。しかし自分の病のことや入院時のことなどを書いていると、自分がガンであるということをよりはっきりと認識してしまうことになり心はマイナスをつかんでしまうような気がしました。ガンという字を書いて、そして目で見る それだけでもよくないと思いました。病気のことを忘れていられる時が、すごく貴重な時に思えます。ですから病のことはおおまかな記録としての治療経過のみにとどめています。それよりもっと大事なこと、自分のほんとに言いたい事があるように思えるのです。

治療を続ける中で、実際の治療面のこと、それと不安や恐れなど自分の心をどう解決するのか、というふたつのことに向かい合うことになりました。身体の治療(実際 にどういう処置をするか)に関しての情報は医師や本、患者会などをとうして得ることができました。でも 生死のことについてはどう決着をつければよいのかということは納得のいく答えを得ることができませんでした。まだ40代では自然のままに往生しようと達観などできません、また治療に対する不安や不信感、怒り、恐怖などいろんなことが起きてきます。それらを解決できれば それがほんとの治癒をもたらしてくれると思えます。

ガン患者が出版した本で私が購入したのは 「フィンドホーンへのいざない 寺山心一翁著」だけでした。すごくフィンドホーンに心動かされるものがありました、いつか自分もいってみたいと思いました。フィンドホーンに関する本は他の人も出版されていますが、著者の寺山氏が同じガン患者だったということでこの本に出会えたと思っています。今も手元にあって時々開くことがあります。

寺山氏は末期から生還された自分の体験を書かれていますが、どのように治癒したかということを簡単に言うと、西洋医学による治療と @太陽と内臓に感謝できた Aオーラが見え、チャクラが開いた B玄米菜食で体が浄化された Cフィンドホーンに触れることができた、そしてガンが治ったということになります。でも私には@はできませんでした、その時期がこないと感謝はできるものでないですABの経験もないです、誰でも経験できるものだとは言われています Cは経済的に無理でした。つまり この本に書かれていることは寺山氏の体験であるということは勿論ですが、私にはABCのような同じ体験をすることさえ出来ないということです。治る過程はみんな違って当然ですし、寺山氏は私はこうして治ったんだよということを本にして広くフィンドホーンを知ってもらいたいという目的だろうと思いますのでなにも問題はないのですが、だれもが同じように治っていく方法がないものかと思うのです。

ところで このような、「私はこうしてガンが消えた」というような本がたくさんありますが、もっと誰もがお金も時間もかからずに楽に苦労しないで治癒していくような方法はないものかと思わずにはいられません。いいことが書いてあると思って開く本やホームページは一番最後には、「この本の内容に付きましては○○商事までご連絡ください」 あるいは「1時間○○円いただきます」などとなっていて、私はこのように書かれているものは読まないことにしていますが、ほとんどが自慢話しと、お金集めが目的じゃないのかと思ってしまいます。もちろんそうでない人もいらっしゃいます。

この社会には病気があることで、利益を得ている会社やそこで生活している人がたくさんいらっしゃると思います。病気が必要な社会になっているのではないでしょうか。この世はすべてがひっくり反っているのでないかと思えます。治療者は治療をしながら治ったら困る、仕事がなくなる、健康食品を売る人は病がなくなれば困ります。病人はそういう社会におかれているのだから、ますます病気は増えていくのではないでしょうか。ほんとうのことは覆い隠されています。自らも覆い隠しています。気づかないといけないときがきています。革命 改革だと叫ぶ必要はなく気づくだけよいのでないでしょうか。

特殊な治療能力をみにつけたとか、神のメッセージを受けたとか、前世がわかるとか、覚りが開けて自分は聖者になったとか、 ほんとうにいろんなすばらしことをおっしゃる方がたくさんいます。ほんとの聖者になって法を示していただけるのはありがたいことだと思います。しかし言葉が氾濫している今、玉石混合のなかで自分を見失うこともあります。特殊能力を持った人が活躍するとそれに頼ってしまう、自分にはそんな力はないと自ずから閉ざしてしまうということがおこらないでしょうか。もちろん先を行く人は道を指し示してあげることは必要です。でもこれからはもっと普通の人々が普通のことをしゃべる それが他に良い影響を及ぼしていくという社会になっていくのでないかと思います。いつのまにかみんなで進化している。なんの特別なこともないけど、日常会話、生活のなかで癒しが起きている、病が消えていく、お互いが治療者であるような関係で、奇跡が日常茶飯に起きて、奇跡でもなんでもない当たり前に生きて幸福に満たされている。特別なことを言う人もいらないし、修行してなにかを身に付けて、それを餌に人を集めることもいらない。まず自分の生活のなかに一番大事なものがすでにあることに気づくことだと思います。もっともっと正常な健康な心になって日常を語り合えることができればいいなと思います。

自己のなかに健康食品も○○水もなにも持ち込む必要などないのじゃないかと思います。もっとも有機野菜や自然水、無添加加工食品などは美味しく感じます、美味しく頂けることは心身の健康に大事なことだと思います。しかし美味しいと不味いがすべてになり、その両方を行ったり来たりするだけになると、その元にある《いのち》の世界この世の真実が見えなくなります。又どこかへ出かけることもいらない、グルメもカルチャーセンターでのお稽古などでなにか身につける必要もない。求めることがなくなったら心も身も軽くなります、たとえ死期がせまっていても私自身の中が平安なのでやすらぎの中で生きていけます。そのような心の状態が治癒に一番近いのではと思えるのです。

私は平凡な日常生活のなかに生死を含めその他諸々のことが解決できるヒント、答えがあると思えるのです。自分を含め病に苦しむ方はたくさんいると思います、体の故障は治らないかもしれないですが苦しみだけからは解放されたい思います。絶対そうしなけばならないのではないでしょうか。


                               16年2月17日