(4)いのちに出会う
 

そこはいのちで輝いていた
秋の一日 私はある畑に立っていた
草々が夏のいとなみを終えようとしていた
あたたかい日差しのなかで喜びに満ち
なにかを楽しんでいるかのようだった
私は草のうえに座りただながめていた
このままこの風景の中に消えていきたいと思った



この日 私は小さな畑をみて驚きと興奮で立ちすくんでしまいました。そのあたりの空気が表現できないようなやさしさに包まれていたのです。そしてすべてが、生き生きとやさしい光に輝いていました。それまでの私は「命ってなんだろう」という疑問を抱きながら過ごしていました。自分自身、命を生きているにもかかわらず、命のことがわからなかったといいますか、なにかしら達成されない不満をかかえていたのです。

この時 私はいのちに目覚めることができました。あんなに遠くに探していたものが、こんな足元で、それも畑の上で花開いているのですから驚きました。いのちは今ここという身近な所にあったのです。驚きと興奮と感激で一杯になりました。とてもとてもなつかしい風景でした。長い長いあいだ探し求めていた故郷に帰ったような気がしました。

たった今この風景の中に消えていきたいと思いました。この景色の中に死んでいけたら幸せだろうと思いました。
(5)たんぽぽ

                   

まったく
たんぽぽには驚く、感動する
自分を忘れる。
道端の砂利の中から出てきて、人や車にも踏まれずに、こんな堅い土でよく育っている。
そして顔を近づけてよく見ると、綺麗な黄色のはなびらをしている。
道端なのでくたびれているのかと思ったら葉も茎も花も輝いている。
いつも突然にハッと気がつく。
いつも驚かされる。
その色の鮮やかさに感動する。
おそらく誰にも見られることは無い、しかし満喫謳歌している。
群生するのでもない、風邪に乗って飛んできた、
たった一輪だけ、一人孤高を楽しむように咲いている。
我 知らずに
咲いていることも知らないで
ただ在る。       


たんぽぽ(蒲公英)は健胃薬にもなるそうです。 蒲公英(ぼこうえい)、蒲公英根(ぼこうえいこん)はともに、健胃、利胆、解熱、強壮などの働きがあるそうです。 春に伸びた若芽と花を摘み取り、おひたし、あえもの、酢のもの、てんぷら、バター炒め、汁の実などでも食べられます                                       
                              
                                     03/3/16
(7) いのちを見る 
    
 
庭の花が突然 移植されました。花たちにとってはいつも突然です。 
今まで大きくなってきてやっと花を咲かそうとしている時だったのです。
花は思ったことでしょう 
「また一からやり直しだ とりあえず(いのち)が枯れないように根を伸ばそう」
やがては、小さな花を咲かせます 
そして小さな実を残すことができます。

花と人もひとつの世界を生きています。
草があるから人も生きられます。 
その関係がみえるのは(いのち)の世界でのことです。

しかしながら花や草や野菜はいつでも人や動物や鳥や虫などに食べられる用意があります。
野菜はいつでも誰でもどうぞという形で生きています。

よくよく気をつけてないといけないです。
「私の畑の野菜や花はいつでも誰でも好きなだけ取っていってくださっていいですよ」
「誰がいつ移植してもよいのですよ」。

そうでなければ私は花や野菜に対して申し訳が立ちません。

いのちを見るなら、花はあるがままでいい

人が手をだすことはいらない



                         03/3/21