| 思考が壁になる |
源は一滴の雫だった。その外面には広い宇宙がそのまま写っていた。内面には少しの塵もなく透明だった。雫をとり囲むように木や花や草や虫や動物などがいた。そしてそれらを育てる堅くたくましい大地があり、やさしく包む空気があった。そこは大空も太陽も近く、空気も澄み、神々の中で暮らしていた。 雫はやがて小さな小川となり流れ出した。激しく岩にぶつかる急流となり、滝となって轟き、濁流となり、懸命に流れた。やがて激流の時は過ぎとうとうと流れる大河の時期がきた。そこでは鳥や子供たちも遊ぶこともできた。そしてやがて大海へと流れていくであろうことを知った。 静かな流れのなかで川岸を見ると、そこからこちらを見ている者がいる。雫だったときも、小川だったときも 激流だった時もこちらを見ていたのだろう。私は彼の正体を知りたいと思い、川岸の方へと進み始めた。それは生命と引き換えになるかもしれない危険な賭けだった、しかし私はそれでいいと思った。川岸にはそこで生活する沢山の者がいた、静かだった流れに再び小波が立ち始めた。いつのまにか、その波でわたしは流れの中に投げ出された。 そこで始めてわたしは舟に乗っていたことに気がついた。わたしは流れとひとつで、流れそのものだと思っていたが、わたしと水の間には舟という境があったのだ。わたしは唖然とした、もう舟に帰ることはやめよう。もういい、もうよいでないか、わたしはすべてを失った。 4月14日 舟とは思考や知識のことです。思考することで二つに分かれてしまうのです。分別するということであり、二つに分けるというとです。それは頭のすることです。私たちは観念、妄想、思考の世界を生きていて、現実を正しく認識することができません。頭の中の世界と外界とが思考により分離するのです。 これが壁です。自分と宇宙を分ける境界線なのです。 人はそのままに正しく観察するだけでよかったのです。それができれば答えは自然に湧いてくるのです、これが知恵です。。考えることはいらなっかのです。まず始めに誤解や誤認があればいくら思考しても正しい答えを導きだすことはできません。正しくみることが出来ればそれが答えです。 知識と思考はある意味で役に立たないのです。 |