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入院手術そして退院

インフォームドコンセントとは?

 

手術室に入り、ちょっと目をつぶったあと「手術がんばるからね」と筆談した私
に、妻は困惑!そのときは、すでに終わって、ICUに居たのだ。「なんだ痛くも痒くもなかった」
と・・・でも本当の闘病生活はこのときから始まった。

合計11時間(うち心臓停止3時間50分)の大手術となった。

・・・でも 成功!!一日一日が回復への道だった・・・

手術時の管やチューブ類の数々です合計11本でした。
ICUとは?
MRI検査とは?
1日目 朝・10時入院手続き。担当ナース紹介。4人部屋の中はそれぞれ手術を抱え、うなる人、ぐちばかりの人など。耳を澄まさなくても、お互い、ため息や息づかいなど筒抜けだ。「暗くて、疲れる部屋だ!やれやれ・・」
2日目 心臓カテーテル検査(これで2回目だ)今回は足の付け根から入れて、管が左心室へ、「心室中隔欠損」の程度を測るとのこと。だがカテーテルが血管になかなか入らず倍の時間がかかった。先天的に血管がもろい様子を指摘される。心臓エコーCT、胸部X線、心電図、血液検査、MRIなど検査付けの一日。
3日目 夕方4時から、B執刀医と麻酔医が、家族に対して、インフォームドコンセント。「私の血管がもろいため足の血管をバイパス用に置換するのは止め、人工血管を複数使用する予定」だそうだ。手術承諾書・麻酔承諾書と輸血同意書を家族連名で署名押印した。付記記載合併症や感染症の数の多さにビックリ。
4日目 風邪をひき、・微熱。電気毛布を支給された。それでも寒い。当然のことに風邪薬は禁止。
5日目 微熱相変わらず続く。電気毛布をしても寒い。夜には鼻水が止まらなくなる。消灯後、ベッドの灯りで“万一に備えて家族一人一人当て「遺言状」を書き綴っている”とき、B執刀医が病室へきてくれた。明朝に迫った手術が実行できるかどうかの最終確認だろう。「寒気がするだけで、大丈夫です」と答えた。
6日目 手術当日、朝8時過ぎには、家族が全員集合した。「元気で行ってきま〜す!」と作る笑顔もひきつってくる。移動用ベッドに乗せられ、3人のナースの手で押されて8時50分手術室へ。家族は隣室の家族待合室へ。9時に麻酔用の点滴をうけ意識を失う。「人工心肺使用の開胸手術開始だ。その日の夜8時まで続く。終了直後、家族や親戚たちに対して、B執刀医から生々しい心臓内部のカラー写真が公開され「手術の経過と、現在の病状」の説明を受ける。B執刀医が待合室に現れたとき、疲れきった沈痛な顔で「手術は終わりましたけど・・・今夜一晩が山ですね・・・・・・」と語り始め、家族は心配になり息を飲んだとのこと。
7〜8日目 夜明けになり、ICUで手術後の目覚め。私の中では、手術の間まったく記憶が無かったので、目覚めたとき「痛くて苦しい手術」が、これから始まると思い、その場に居た家族に「手術がんばるからね」と、筆談してしまった。「手術で気が違ってしまった」と思った妻が、深刻な顔で「今はね!次の日の朝なのよ!」とたしなめてくれた。でもこの筆談で、医師団はホッとしたようだ。手術の結果は完璧、と。しかし、私にとっては、これからがキツくて、希望の無い“長い、長い毎日”となったのだ。
9日目 ICUから、ナースセンター正面の特別室(個室)へ移動。点滴が一日6本。胸ドレーン(心臓周辺からの出血を体外に排出する管)、尿道バルーン、心臓ペースメーカー用のワイヤーなどで、寝返りも打てない。B執刀医が来て、手術経過を初めて説明してくれた。それによると、「疾患の元である先天性動脈瘤が長い間に拡張していて、心臓大にまで膨らんでいた。そのため、冠状動脈の基の部分の血管が心臓からはがれてぼろぼろ。つなぐべき血管も薄くて役に立たない。こうしたことから、疾患部分の切除〜人工弁人工血管装着までに予想以上に大量の出血があり、自己血貯血では間に合わず、日赤の献血輸血を実施した。従って他人の輸血による感染症の危険は排除できない」などなど。切り取られた大動脈弁や、まるで「しぼんだ風船」のような動脈瘤などのカラー写真を見せられて、大変な手術だった事を認識した。また「この作業を心臓停止の制限時間内にやりとげたB執刀医の技術力」に感動した。今日からナースに24時間監視される生活が始まる。おかゆの食事を食べるだけが楽しみなのに、のどは「人工呼吸器」の気管チューブを抜いた時の傷で、思うように食べられない。ノドが痛いと訴えたら「1週間経てば自然になおりますよ」のひと言で終わりだった。
15日目 一部のクダ類がとれて、待望の一般病棟へ、今まで不整脈に悩まされ、安眠剤頼りに夜を過ごしてきたが、4人部屋には、病友がいる。手術の前とは気持ちが違う。「孤独な24時間から解放だ!」あいさつ、雑談の中にもホッとする余裕も。・・・・・だが、また不整脈が繰り返し襲ってきた。
17日目 ペースメーカーへの接続のために、心臓と直接つないでいたワイヤーがひき抜かれた。痛かった。外皮の縫合部分のナイロン糸もハサミで切断されるがかゆい。かゆくてたまらない。身体のあちこちに穴があいていて化膿止めの消毒も大変。
20日目 術後二週間となり、心臓カテーテル食道エコーなど検査の一日。術後の経過は順調との事。しかし、また不整脈が襲ってきて、見通し暗い。「術後3週間で退院」という当初の予定は、延期の様子。
27日目 不整脈が子安状態になったので、退院許可出る。Dナースから数回にわたって、退院後の生活指導とアドバイス。特に、今後、一生涯飲み続けることになる抗凝固剤(ワーファリン)に対する諸注意に力が入る。しかし、「声帯が治らず声が出ない。視力が回復していないので、テレビ、パソコン画面が見れない」で不安一杯
30日目 朝9時、手術後今日まで、ずっと着けていた心電図(ナースセンターに接続されていて不整脈がでると異常音が鳴る)も外される。10時半、治療費の支払済ます。手術費だけで、129万円(自己負担2割だから600万円以上)だ。思わず数字の桁を数えてしまった。でも、「これで命が助かったと思うと、タダのようなものかもしれない」と思い直す。医師団、ナースセンター、同じ病室の患者さんなどに挨拶を終え退院する。今後は、10日おきに通院して検査を受ける事になる。息子の運転で高速道路を使って家族の居る自宅へ。まだ、からだがフラフラなので、そのまま布団へ。ホッとするが社会復帰は遠い先のような気がする。わずか1ヶ月なのに病室を出ることが恐ろしく感じるようになっている“病人の自分”を複雑な思いで見つめた。

ワーファリン(抗凝血剤)とは?           退院後の生活指導について