| ベスト1 |
「名病院」+「名医」に自分の命を託すには「「セカンドオピニオン」を活用。また病院の設備や医師のベテラン度を出来るだけ調査する。 |
先天性疾患が診断されたあと、私は複数の闘病HPにより、治療成功には病院と主治医を厳選すべきことを知った。そこで主治医からお借りした検査結果の資料を、勤務先の関連病院に持ち込み診断してもらい、また、再度検査もしてもらった。幸い、疾患名や症状予測、治療方針はほぼ同意見であり、主治医が心臓手術の有名医師であることも知って胸をなでおろした。「主治医が信頼できなかったら治療を依頼しない」この選択は正しかったと思っている。大事な自分の“命”を託すべきは名病院と名医であるべきだからだ。インターネットの病院検索で各病院の得意分野や、最新の医療機器、治療数などは分かる。あとは執刀医の経験がどのレベルなのか。徹底的に調べるべきだ。名医にコンタクトを取る事も含めて、あとで後悔したくないために。 |
| ベスト2 |
「死への恐怖心」を静めるため、疾患や治療の知識を深めよう。 |
病名さえも知らなかった心疾患。当初「死への恐怖」が次々と脳裏に浮かび、やりきれない毎日だった。この恐怖心が静まった理由。それは、インターネットの各種ホームページで調べた専門知識、そして、同じ疾患を持つの先輩たちの体験手記だ。疾患の存在を知った直後「世界一不運な男」と思っていた自分が恥ずかしくなった。「驚異の手術」と思った治療方法は、かなり前から確立されたもので、現代医学に無知な私だけの「驚異」だと分かった。そして主治医への信頼も高まってきた。もっとも執刀医によると「術前の検査で想定していたより、奇形部位が大幅に拡大していて、手術は困難を極めた」との事。合計で11時間の大手術となった。手術に立ち会ったもう一人の主治医である同病院のS医師が後日「私にはあの手術は執刀出来なかった」と告白していたが。 |
| ベスト3 |
頼れる看護婦を探せ治療や生活のサポートで、回復への希望を与えてくれる。 |
入院中看護婦の存在は大きい。適宜適切な処置をして、ともすると暗くなりがちな患者を明るく励ます“頼れる看護婦”を探そう。経験が浅くても“やる気の有る看護婦”が頼れる看護婦だ。私を担当してくれたDナースの例をあげる。彼女にとって自信のない知識は専門書をひも解いたり、婦長や医師に食い下がったりして調べ、私に教えてくれた。知らなければ素直に詫びる。医師を駆け足で連れてきてくれる。なにより患者を思いやる気持ちがありがたかった。「笑顔を絶やさない」ことはその象徴だ。すべてやる気(向上心)から出る行動だと思っている。 |
| ベスト4 |
ポジティブソング連唱 これで闘病中の自分自身を励まし続ける! |
入院経験のある人からのアドバイスで、自分の応援歌を一日中唄って励みにした。「闘病生活が2ヶ月以上続く」と告げられてから、さっそく、家族に頼んで「ポジティブ思考のヒット曲」を大量に買い込み、音楽テープに録音してもらった。ヘッドフォンステレオで聞いて覚えるのだ。朝起きてから寝るまで、小声でくり返し口ずさんだ。歌っているときはバカくさいが、そのうち歌詞とメロディーが頭について離れなくなる。痛い時、苦しい時、不安感な時に弱気になった私が自分自身に励まされた。もっとも自分が弱い人間である事もよくわかったが。 |
| ベスト5 |
「職・住・医・の接近」=社会復帰後、この環境が最も安心だ。 |
職場復帰後、「治療のためには家族と同居が一番」と上司が「自宅近くへの転勤」を勧めてくれた。思いやりには感謝したが、断った。転勤先で手術を受けたため、治療中の病院は職場から徒歩で5分。住んでいる社宅からも徒歩5分以内でたどり着く。ところが家族のいる自宅からだと、2時間半はかかる。といって主治医を今から変更するのも危険。「職・住・医・接近=別居生活」は妻の意見でもあった。日常生活の不便さや寂しさはあるが、不整脈や胸痛のときすばやく通院。主治医の適切な治療を受けられる。実際に、仕事中や深夜、病状急変したときが数回あり、当面の危機が乗り切れた。 |
| ベスト6 |
闘病日記を付け続けていて、良かったこと。 |
入院手術が決定した日から、私は病状、治療内容、家族を含めた周囲の動き、自分の気持ちなど毎日書き綴った。一日平均キャンバスノートで1〜2枚。何気なく続けたこのノートが退院後役に立っている。治療過程で変わる点滴や服薬の種類、分量をはじめ、主治医(執刀医)のコメント、治療方針の変化、家族や親戚の動向など。特に役立ったのは、看護婦が処置中にこぼした何気ない一言。なんでも書き綴っていたおかげで、職場復帰後病状の動きにつれて、このノートを読み返して安堵している。 |
| ベスト7 |
気持ちのわかる患友を増やす!永遠の友ともなりうる良き人たち。 |
「ため息も聞こえる四人部屋」での孤独感は、それだけで参ってしまいそう。だから痛さを我慢して、感じの良い先輩患者さんに声をかけた。「同病相憐れむ」の言葉通りお互いに病気を抱えて苦しんでいることが良くわかる。他の患者さんへ輪が広がって行く。この連絡網が今でも私を支えている。会うとお互い今の病状が、包み隠さず会話の中に。患友として付き合い続けているが、これからもずっと交流を続けたい友になった。 |
| ベスト8 |
言葉の遊びはいかがですか? 個室でも孤独を感じない工夫。 |
個室の期間は孤独なだけでなく、一人で寝返りも打てないベッド貼り付け状態の期間だった。治療中の箇所は常に痛い。体は思うようにならない。テレビは視力が戻っていないので駄目。でも、頭はヒマだ。寝たままの状態で出来る遊びはないか考えた?。考えついたのが、言葉の遊び。川柳の創作だ。ラジオニュースを題材に頭の中でひねる。体調が悪いのでなかなか良い句がまとまらない。一日かかってやっと一句。出来るとよく眠れた。退院後、家族に披露し「傑作」と褒められた。 |
| ベスト9 |
見舞い客への遠慮は止める。 むろん話の長い人などの迷惑客。 |
見舞い客への遠慮や、気兼ねは止めた。家族以外、大半の人は短時間で帰っていただいた。見舞ってくれる気持ちはありがたいし、感謝しているが、客が帰ってから病状が悪化する。心臓にはストレスが良くないのだ。それだけではない、歩行が出来ない期間など、休憩室まで行って話が出来ないため、同部屋の患者さんへ迷惑となる。聞く気が無くてもすべて耳に入ってしまう環境なのだ。他の患者さんへ来た見舞い客が、ベッドの横で長々と世間話をすることが多く、私自身も迷惑に感じていた。見舞いを受けた患者さん自身も、客が帰った直後に心異常を訴えていることが多かった。 |
| ベスト10 |
昼間は絶対眠らない 夜中眠れないとつらい。 |
眠たくても昼間は絶対眠らない。頭を疲れさせて夜まで待つ。苦労したがこの習慣を何とか身に付けた。上記の川柳づくりや、応援歌を口づさんだりetc。痛くて眠れないときはともかく、24時間、ベッドで横になっているとついウトウトする。昼間と夜の感覚がなくなる。だから、夜中は暗くて長い時間となる。暗い時間が長くなるとつまらないことを考えたりして、心が暗くなるのだ。 |