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大病を発見できない「人間ドックとは何だろう?」
★突然死の一歩手前でも全項目異常ナシを出す人間ドックとは何だろう。病状を発見できない原因は?こんな疑問を循環器医師にぶっつけてみました。答えは、意外にも「別に不思議ではない」でした。
★発見してくれた健診センターの医師にもお礼の電話をしたとき、「あの微細な音を判断できる内科医が今どれだけいるか?」といっておられました。また安静時にベッドで測った心電図では限られる?X線検査も大判を撮って、複数のX線画像診断・専門医が見なければダメ?などなど。心臓の大きさにまで拡大した私の動脈瘤が、X線フィルムでは、心臓と重なって写ってしまっていて判断できなかったことも言っておられました。
★結局のところ、自覚症状のない疾患を発見するには限界がある?職場でも数人が「私も同感」と納得の声あり。高額のドック代は何のためか?高価な検査機器そろえ、カフェのようなフロアを装っても判断する人材が不足なのか?疑惑は尽きない。
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「突然死は避けられないのか?」
★手術の前年、おなじ職場で40代の社員が突然死した。そして、ご家族の悲しみが今でも話題になっている。息子さんの携帯に「パパだ!苦しい!」と一言残して即死状態とか。そして「突然死一歩手前」だった私の話題。
★ふたりに共通するのは、死に至る疾患が、定期健康診断や人間ドックで発見できなかったこと。職場内で40代以上の人々は戦々恐々だ。とにかく、定期健診でも、人間ドックでも判らない「先天性疾患が潜んでいる可能性」は誰にでもあり、ごく身近に突然死が起こっているから。
★私としては、死ぬ本人はともかくとしても、ご家族のショックや経済的負担、周囲の混乱などを考えると、驚異の現代医学なのだから、「なんとかならないのか!!」と叫びたい。
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「セカンドオピニオンでかえって混乱する?」
★治療前に2箇所以上の医療機関での判断が必要だ。私の場合も、主治医の了解を得て、各種検査結果を、勤務先の関連病院に持ち込み診断してもらったり、追加で精密検査をしてもらった。その結果、症状予測、治療方針がほぼ同意見だったから良かったが、職場の仲間で問題になったのは、医師が変わるとガラッと診断結果も変わることが多いこと。同じ身体なのになぜだろう?
★確かに治療の判断は、人間が下すものだから多少の違いはあって当然なことだが、「手術は危険だからしばらく様子を見てから。」が別の病院で、同じ検査をした結果「手術はできうる限り、直ちに実施すべし」となること。患者たち素人にこの判断は酷だが、自分の生死が、どちらの判断を信頼するかで決まってしまうのだ。
★中には検査結果を告げて、患者・家族に投げかけるだけの医師もいるそうだ。我々患者にとっては、判断を下せない医師が一番怖い?(要するに迷わせるだけ)とか。
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「医療ミスを呼ぶ?病院のこんな恐さ・・」
★医療ミスが恐ろしいので、入院中私は、失礼とは思いつつ、ナースに処置のつど、それらの意味と薬の効用を解説してもらってチェックした。気の毒とは思うが、その回答が納得できない時は正確な解説を要求したりした。
★職場でこの話しをしたら、普通の病院は「すべての処置を解説できるナースなど一握り」で、ほとんどの看護婦は、医師に云われるままに(なぜこの処置を施さなければならないのか)知ろうともせず、対応していることが多いのだそうだ。だから、医師との連絡ミスや、行き違いが出れば、投薬の量を間違えるなど起きてしまうのか?
★ある人が某病院に入院中、「また点滴の量を間違えたのか!」と叱責されているナースを何度も見たとか。アア恐ろしい、恐ろしい!
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「障害者を真っ先にリストラ!」は止めて欲しい
★企業のリストラ、人件費のカットが障害者に及んできている。障害が分かっていても、あえて無理な勤務を指示する企業。たまらず退職に追い込まれる障害者が急増しているようだ。「福祉の世話になれば生活だけは大丈夫!」だからと障害者に公然と退職を告げる経営者も。
★「勤務時間の長さで人を評価するのは止めて欲しい!」「横並びの評価も止めて欲しい!」「目先の効率重視は勤労者の帰属意識を阻害する!」障害を抱えている人がどれだけひたむきに仕事に打ち込んでいるか?健常者と同じことを2〜3倍の努力でやっている。責任感は誰より負けない。
★だいたい私たちも好きで障害者になったのではない。障害は、いつ誰に襲ってくるかもしれないのだ。欧米先進国の障害者雇用の実態を見習って欲しいとは言わないが、すこしでも大切にして欲しい「働く障害者」たち。
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「治療の成功は“運”なのか?」
★難しい治療は、名医に頼むのが大切!といわれるが、「どうやって名医に頼んだらいいのだろうか?」「だいたい情報がないので何処に名医がいるかも、私たちにはわからない。」こんな話題が職場で盛り上がった。
★紹介状で受診している患者と一般外来の患者との差別。主治医の取り組みがまるで違うらしい。紹介状がないと受診すらしてもらえない医師も多いとか。また、大病院ほど術前の検査医、執刀医、術後の処置医、と分担されていて、仔細な経緯が判っていないことが多いらしい。中には、術前の検査の段階で主治医がひんぱんに変わり、診断が確定しない病院もあるそうで、ともすると事務的に、管理されてしまいがちだ。患者自身がしっかりいきさつを覚えていて、回診などのとき伝えないと危ないことも。
★そういえば私に紹介状がなかったら?B病院にもB医師にも出会わなかったはずだから“私のオペは失敗に終わったかもしれない”し、あんなに熱心に治療していただけなかったのかもしれない?私も含めて、治療の成功を決めるのは、やっぱり運しかないのだろうか?仲間の話を聞いていてつくづくそう思う。
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「手術の成功は金しだい」なんて本当か?
★私の執刀医のB医師は「わずかな贈答品でも患者から絶対受け取らない」人だった。と職場で言ったところ、普通、腕の立つ医者ほど、その賄賂も莫大になるのだそうだ。結局「医師の腕は金次第」と極論する人も。
★でも、「命のためなら借金してでも」という心境も良くわかる。「私の場合は○○万円でお願いした」「僕は○○万円支払ったから引き受けてくれた」「看護婦に見られないように、包んで手渡すタイミングがある。」「いや、私は紹介元の医師から、紹介状と共に手渡す金額は○○万円と指示された」など医師個人に渡した額を言い合ったりで、情けなくなった。
★私としては「それは間違っている!実際に受け取らない名医がいるぞ!」と叫びたい心境だ。名医の条件に「倫理観」をいれたらと思う私は、現実を知らない理想論者なのだろうか。
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「大病院の薬局に注意しよう?」
★退院後10日ごとに定期検査をうけ、その検査結果を見ながらB医師から診察をうけた。カルテなど電子化されているので、パソコンの画面を医師と一緒に見ながら、指示された薬と飲み方を説明していただいた。しかし、指示どうり飲んでも不足することがあった。足りなくなってしまうときもある。見知らぬ薬が入っていることも。
★病院の薬局で渡された直後に、処方箋と薬の中身を比較していてビックリ。B医師がパソコンに入力していた通りに、薬局で袋詰されいないことがあったのだ。薬局のそばで注意してみていたら、流れ作業で袋詰めしていて、チェックがない。また、患者側も、ほとんどが私のように、袋の中身を確認していないようす。薬剤師がかぞえ間違えたり、違う薬を投げ込んだらそれっきりだ。
★職場の仲間の話では、ときたまあることの様で、医師に直言した人も。患者が自分で薬の名前と数を記憶して、投薬を受けたらその場でチェックしなければならないようだ。
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「障害者認定で、大幅給与カット?のワケ」
★私が一級障害者に認定された後、総務の知人がそっと教えてくれた。「まともに人事ファイルに“障害者”と入力すると、会社は貴方を“障害者としての管理枠”に入れなくてはならなくなる。だから今のようにストレスのたまる、過激な仕事は出来なくなるだけでなく、フロア内でやれる仕事は、ほとんどなくなる。」
★「今はリストラが進んで、一人一人がスペシャリスト化しているし、どの部署も超過密、過重労働を覚悟しなければならない。」「障害者としての管理枠の仕事となると、短時間、軽作業に限られるので、給与は最賃ギリギリだろう」と。
★あらためて先月の給与明細書を開いてみたが、給与の大半を占めていた本給(基本給)は、いつのまにかほんのわずかで、職種手当、査定給、技能手当などの「能率給・技術給」が殆どに変わっている。基本給しかもらえなければ、確かに、最賃ギリギリだ。
★だから私の人事ファイルにはあえて“障害者”と入力されず、健常者と同様の仕事をさせてもらえているのだそうだ。教えてくれた彼には感謝するが、割り切れないものを感じる。障害者仲間が“隠れ障害者”なんていわれる理由もわかった。障害を我慢して今の仕事を続けるか、それとも改めて障害者枠の仕事をさがすのか。完全失業率約4%超の時代に、きつい選択だ。
★でも、なぜ障害の程度や適正も考えず、“障害者”というレッテルを貼り、追いやってってしまうのだろう。それぞれの障害状態でも、その人にやれる範囲と得意分野があるはずなのに。
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