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1996

11

20〜

体が熱っぽく、だるく感じ始める
      扁桃腺がはれ、のどが痛く感じる
      会社で熱を測り、微熱(37.5度くらい)があることを知る
 

12

2〜

初めてA病院(内科)に行き、『かぜ』と診断される
      顔が変わってしまうほど下あごが腫れ、高熱(38度以上)が続く

左足大腿部に直径2cm程度の腫れ物ができる

   

6

初めてB病院(耳鼻咽喉科)に行く

『のどの炎症』と診断され、治療はネブライザ(吸引薬)するのみ

この時出された薬はのどの炎症に対する錠剤とトローチ、うがい薬

   

10

もう一度B病院に通院するが治療は変わらない

出される薬も前回と同じ

この後ますます体調は悪くなる

   

17

初めてC総合病院へ行き、耳鼻咽喉科で診察を受ける

あごの腫れ、左足の腫れ物共に原因がつかめず、血液検査をする

白血球の異常な数が確認され、D総合病院を紹介される

D総合病院で骨髄液検査を受け、急性骨髄性白血病と告知され即入院する

   

17〜28

寛解導入療法クリーンルームにて抗ガン剤を点滴で投与される)

抗生剤投与、輸血も頻繁に行われる

毎食後腸内殺菌剤を服用し、1日3度ネブライザする

症状は微熱、鼻血が出やすく止まりにくい、唇があれる、口内炎ができるなど

この頃からすでに脱毛は始まる

   

18

両親と彼女が来院(涙、涙…)
   

29〜

熱が下がらず、抗生剤の投与は続く

突然の寒気に襲われ痙攣のような震えがでる

湯たんぽで体を温めるがその後38〜40度の高熱がでる

相変わらず腸内殺菌剤(ファンギゾンシロップ)、ネブライザは続く

1997

1

1

年が明けてしまう
   

13

HLA検査
   

〜15

徐々に体調は良くなるが脱毛は進む

あごの腫れはひき、左足の腫れ物も目立たなくなる

   

16

兄のHLA検査
   

16〜17

寛解し、一時退院

実家にも帰らず、琵琶湖岸のリゾートホテルで1泊

   

18〜27

再度入院、骨髄検査の結果、再度寛解導入療法を行う

大部屋で点滴を入れ、白血球数が1000を割りそうになりクリーンルームへ

   

28

兄のHLA検査の結果が分かる

1座ミスマッチで移植は不可能である事がわかり、ショック!

   

28〜

クリーンルームで白血球の増加を待つ

症状としてに悩まされる

 

2

14

骨髄バンクから返事が来る。ドナー適合者が見つからずショック!

骨髄移植の道は閉ざされ、化学療法にたよるしかなくなる

   

21〜23

寛解し、一時退院

またしても実家へは帰らず大阪難波で2泊

   

23〜

再度入院、大部屋で白血球の増加を待つ
   

26

スマップ手術。ロボットになった気分
   

28〜

地固め療法T

大部屋で点滴を入れ、白血球数が1000を割りそうになるとクリーンルームへ

 

3

〜6

 
   

10〜

クリーンルームへ

症状として痔がひどくなる。寝ていても痛い。排便時は死にそう。

 

4

1〜3

寛解し、退院する

発病以来久しぶりに会社の寮の自分の部屋で2泊

   

3

病院近くのアパートへ引っ越し
   

4

通院、血液検査、精液採取
   

7

通院、血液検査
   

10

通院、血液検査
   

14

通院、血液検査
   

15〜18

通院、地固め療法U(前半)
   

22〜25

通院、地固め療法U(後半)
   

28〜

通院、血液検査

白血球が1000を割り、入院。クリーンルームへ

 

5

〜12

白血球の増加を待つ

相変わらず痔はひどい

   

12

寛解し、退院
   

14

通院、血液検査
   

16

通院、血液検査
   

21〜24

通院、地固め療法V(前半)

久しぶりに抗ガン剤を点滴され気分が悪い、吐き気の連発

   

28〜31

吐き気が強いので入院し、クリーンルームで地固め療法V(後半)

体が馴れたせいか吐き気はなくなる

 

6

〜18

クリーンルームで白血球の増加を待つ

相変わらず痔はひどいが以前よりはまし

   

18

寛解し、退院
   

20

通院、血液検査
   

23

通院、血液検査
   

27

通院、血液検査
   

30〜

通院、維持療法T
 

7

1〜5

通院、維持療法T

吐き気が強く、気分が悪い

   

7

通院、血液検査
   

8

通院、血液検査

吐き気はなくなり、体調良好

   

9

通院、血液検査
   

10

通院、血液検査
   

11

通院、血小板輸血
   

12

通院、血液検査
   

13

通院、赤血球輸血
   

14

通院、血小板輸血
   

15〜19

クリーンルーム入院、白血球増加を待つ
   

19

寛解し、一時退院
   

25

通院、血液検査
   

28

通院、血液検査
   

29〜

通院、維持療法U(前半)

今回は維持療法の中でも最も薬が強いらしく、吐き気がひどい

 

8

〜1

通院、維持療法U(前半)

相変わらず吐き気が強く吐いてしまうことが多い

   

2

だいぶ吐き気はなくなり、体調良好
   

5〜8

通院、維持療法U(後半)

また、吐き気がひどくなる。先生曰く『精神的なものだろう』私もそう思う

   

9〜

クリーンルーム入院、白血球増加を待つ
   

12

赤血球輸血、引き続き白血球増加を待つ
   

15

血小板輸血、引き続き白血球増加を待つ
   

27

やっと寛解し、一時退院する。今回の入院は19日間とちょっと長かった。
   

30

久しぶりに京都で学生の頃の友人達とバーベキューで楽しむ。
 

9

1

通院、血液検査
   

4〜7

ほぼ3年ぶりに帰省。やっぱり九州の魚はうまい、安い!
   

8

通院、血液検査
   

9

通院、血液検査、骨髄液検査
   

10

昨日の骨髄液検査で再発が確認され、めちゃめちゃショック!

即入院し、再寛解導入療法に入る

今後の予定として、兄との骨髄移植を勧められる

   

10〜13

再寛解導入療法(前半)
   

17〜20

再寛解導入療法(後半)
 

10

〜20

抗生物質、輸血の点滴を繰り返しながら白血球増加を待つ。

今回の治療はかなりキツくて40度近い熱が10日間ほど続き、頭痛が特にひどかった。いつどれだけ点滴されたかは記録できなかった。

   

22

通院、血液検査、骨髄液検査
   

23

骨髄液の検査結果、あれほどキツイ再寛解導入療法を行ったにも関わらず、白血病細胞が骨髄中に残っており寛解とはならなかった。もう私の骨髄に効く薬がなくなってきたことを知らされ、ショック。次に行う治療では三重県では保険のきかない薬(キロサイドの大量投与)を使うこととなる。
   

24

通院、血液検査
   

27

再寛解導入療法、髄液検査

今後の治療計画を主治医と検討する。その結果、実家の近くで骨髄移植のできる北九州の病院に転院することが決定。再寛解導入療法を中断。

   

28〜30

髄液検査の影響でひどい頭痛と嘔吐。
   

31

北九州の病院へ旅立つが、近鉄四日市駅まで来たところでひどい頭痛と嘔吐に襲われ、救急車を呼び鈴鹿の病院にもどり、入院。
 

11

1〜3

入院を続け、安静を保つ。頭痛は徐々に軽くなる。
   

4

再度、北九州の病院へ旅立つ。万全を期して病院の救急車で名古屋駅まで送ってもらい、無事、転院する。とりあえず大部屋へ入院し採血。主治医とそのパートナーの先生に挨拶。主治医の若さ(29才)にビックリ!
   

5

胸部、腹部のレントゲン検査、心電図検査。

これから服用を続ける薬をもらう。内容は以下の通り。

【服用する薬】

   

6

骨髄液検査
   

7

骨髄液検査の結果、やはり白血病細胞が残留。個室へお引っ越し。
   

9〜12

再寛解導入療法(キロサイドの大量投与)

眼が充血する副作用を予防するために、投与中は1日4回ステロイド剤を点眼する。

   

12

血小板輸血
   

13

抗真菌剤(ファンギゾン)の点滴開始。それと共に蓄尿も開始。以前の病院ではファンギゾンシロップやネブライザで侵菌を防ぎ、発熱するとファンギゾンを点滴していたが、ここでは治療薬投与終了後から毎日ファンギゾンの点滴を行う。そのため、ネブライザもファンギゾンシロップも服用することなく非常に楽!
   

14

赤血球、血小板輸血。

白血球数は100程度だというのにクリーンルームには入らない。やはり病院によってかなりその治療の考え方が違うようだ。以前は面会に来る人も両親と彼女に限定され、ガウンとヘアーキャップ、マスク、スリッパの履き替えが義務づけられていたが、ここでは誰とでも面会でき、マスクとスリッパのみ。感染するのがちょっと不安。

   

17

血小板輸血。

血小板輸血の際にはその拒絶反応でかゆみが出るときがある。今まで何度も輸血してきたがそれほどかゆみは出ない方だったのに、今回はかなりひどかった。かゆみ止めを注射してもらって1時間後にようやく収束。よほど相性が悪かったのか?

   

19

赤血球、血小板輸血。

今回もかゆみ止めを注射。しかし前回ほどひどくない。

   

21

赤血球、血小板輸血。かゆみナシ。
   

25

発熱38.5度。とうとう来るべき時が来たって感じぃ。当然の如く抗生剤の点滴開始。点滴直後気持ち悪くなり嘔吐。抗生剤は以下2種類で共に朝夕2回点滴される。
   

26

抗生剤が効いたのか、熱は下がる。吐き気もナシ。

血小板輸血。かゆみナシ。

   

28

赤血球、血小板輸血。かゆみは全くナシ。
 

12

3

血液検査の結果、炎症所見が±0となり回復しているのが確認。
   

5

夕方に寒気を感じ、その後発熱38.6度。抗生剤の種類を以下に変える。点滴途中で嘔吐。
   

6

またもや Bingo!抗生剤が効き熱は下がる。しかし、夕方からまた発熱。
   

7

夕方から発熱、38.4度。深夜には下がる。
   

8

赤血球輸血。
   

9

放射線治療のための型取り。レントゲン室で5分程度寝てるだけで終わる。
   

10

抗生剤ホスミシンは長期投与には適さないそうで、1種類抗生剤を変える。
   

17

パンパカパーン!記念すべき?告知から一周年。二周年記念はあるのか?

感染原となるため虫歯を治療。右下の親不知を抜く。

   

19

赤血球輸血。
   

24

抗生剤、ファンギゾンの点滴ようやく終了。同時に蓄尿も終了。
心臓に関する検査。移植前投与する抗ガン剤の選択、量の資料とするため。

虫歯の治療(右上親不知)。
クリスマスイヴやっちゅうのにまだ退院できへん・・・イライラがつのる。

   

25

スマップ摘出手術。腕に血管の少ない私にとって便利だったスマップも移植時には感染源となり得るため摘出した。 ポケット状になった傷に血液や体液が溜まるのでそれを吸入するサクションレザーバーという真空パックみたいなものが取り付けられる。

全くの偶然だろうが、外科の執刀医の先生が小中高と学校の先輩だった。 さらに助手の先生は私の出身大学の付属高校出身で同級生だったので共通の友人の話題で盛り上がった。ローカルなネタで盛り上がっているうちに1時間ほどの手術はいつの間にか終わってしまった。

午後2時から消灯まで外出が許可されたので久しぶり(11月4日からほぼ50日ぶり)にシャバの空気を吸った。Merry X'mas!

   

26

骨髄液検査。

午後5時、ようやく退院!これで年末年始はゆっくり自宅で過ごせる。次回再入院は1月8日予定。

   

28

サクションレザーバー取り外し。これで体には何もつながれていない。お風呂にもゆっくり入れる。

26日に行った骨髄液検査の結果を聞く。結果は・・・×。まだ骨髄に白血病細胞が残っているらしい。いわゆる「寛解」には入らず。今後の移植予定は変わらないが、投与される抗ガン剤がキツイものになりそう。非寛解時の移植は寛解時のものと比べて成績は落ちるのでちょっと不安。

1998

1

1

弊ホームページをご覧の皆様、新年明けましておめでとうございます。 今後もよろしくお願いします。

ここで今後の予定を報告致します。

3日・・・

スマップを抜いた傷の処置

8日・・・

入院

12日〜14日・・・

放射線治療

15日〜18日・・・

抗ガン剤投与(エンドキサンチオテパ

20日〜21日・・・

末梢血幹細胞移植


お昼から近くの八坂神社に初詣。おみくじは中吉。

   

3

スマップを抜いた傷の処置。キレイにふさがってた様でスプレーするのみ。

夕方から親父と兄と3人で門司港まで釣りに行く。釣果はメバルが7匹にセイゴが2匹。 セイゴは刺身、メバルは唐揚げにして食べてしまう。

   

4

博多に遊びに行く。 キャナルシティを散歩しニンニク屋で夕食。 2人でワインを1本空ける。 そのあと中州の屋台のラーメンで〆る。そのまま1泊。
   

5

兄の健康検査。(血液検査、心電図、レントゲン)

今後の兄の予定

16日・・・

帰省

17日〜19日・・・

幹細胞増加剤投与

20日〜21日・・・

幹細胞採取

兄の処置は全て外来で出来るそうだ。骨髄移植と比べるとかなり楽そう。

   

5〜6

ハウステンボスに遊びに行く。ホテル日航ハウステンボスに1泊。 地ビールと輸入チーズを味わう。
   

7

旅の疲れを取るため1日のんびりする。明日から入院なので夕食に焼き肉をたんまり食べる。 ついでにビール生中3杯いっとく。
   

8

とうとう入院。集中治療室(ICU)を見学。

午後5時から消灯まで外出許可される。まさか今日も外食が出来るとは思わなかった。 2日続けて焼き肉。さすがにアルコールはナシ。

   

9

血小板点滴後、ヒックマンカテーテルという点滴用の管を右首に埋め込む。正味40分の手術。 しばらくすると麻酔が切れて違和感が出るが、スマップを埋め込んだ時と比べると楽なもの。

以前行った放射線治療の型取りの確認。ベットに5分横になるだけで終わる。

   

10

ネブライザが始まる。2種類の薬の吸引をそれぞれ10分間。6時、10時、14時、20時の1日4回。 朝寝起きの6時にするのはつらい。食事も準無菌食に変わる。

服用する薬も以下のように変わる。

  • 朝食後…ノイキノン2錠、ウルソ1錠、塩酸バンコマイシン散、セルベックス1錠、クラビット2錠、バクタ2錠
  • 昼食後…ノイキノン2錠、ウルソ1錠、セルベックス1錠、クラビット2錠、イトリゾール4錠、塩酸バンコマイシン散
  • 夕食後…ノイキノン2錠、ウルソ1錠、セルベックス1錠、クラビット2錠、バクタ2錠、塩酸バンコマイシン散

 

闘病日記も長ぅなってきたました。サイズがでかい文章になると漢字の編集がおかしくなるんですわ。 この症状は Windows95 で 64KB を超えた位置で漢字の編集をすると起きるらしくって、 原因は Windows95 の標準コントロール「リッチエディット」に問題があるそうな。 ワードパッドやらでも同じ症状が出るらしいっす。何かえぇ方法があったら教えて〜!

1月12日から放射線治療も始まるし本格的に移植準備に入るんで、 キリがいいっちゅうことでここで闘病日記を分割します。 引き続き「闘病日記2」をご覧下さい。

 

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