
| 闘病日記では主に治療のことを書いてるんっす。 でもホントは皆さんにもっと知って欲しいことがあんねん。 ここではそんな病気に関する裏話的なことを紹介するのだ。 |
| 脱毛って・・・どこまで? | 輸血同意書 | ||
| 放射線治療の副作用〜精力、生殖機能の低下 | 切れ痔・・・そして浣腸 | ||
| 血液が足りない? | 移植で用意するもの | ||
| 覚悟を決めたとき〜再発〜 | 高〜い医療費 | ||
| 臓器移植のドナーにはなれない? | 宗教はいらない+追伸2 | ||
| 看護婦も人間 | 出勤状況 | ||
| 残された命 | 肺移植の可能性+追伸 | ||
| 医者の人間性を問う |
| 脱毛って・・・どこまで? |
| 抗ガン剤の中には脱毛を副作用に持つものがあります。
投与されて1週間もすればパラパラと抜けてきます。この時のショックは今でも忘れません。
軽く手櫛しただけでゴソッと抜け落ちる髪の毛・・・病気の重さをイヤでも痛感する体験です。
でもここで疑問になるでしょ?抜けるのは髪の毛だけ?って。 違うんですわ、これが。ヒゲ、脇毛、スネ毛はもちろんシモの毛まで体毛という体毛はごっそり抜けます。 私は胸毛持ちのかなり濃い方で、立派なギャランドゥでしたが、ぜーんぶ抜けちゃいました。 しかし、多少薄くはなりましたが何故か眉毛だけは残りました。 この病気になった人の多くが眉毛まで抜けてしまうらしいんですが、 私はもともと濃いんで残ったのでしょう。コレは不幸中の幸いだと思います。 眉毛がないと人間どうしても怒ってるように怖く見えるんですよね。 |
| 輸血同意書 |
| 抗ガン剤には骨髄抑制の働きがあります。
要するに血を造ることが出来なくなるわけで必ず輸血が必要となります。
そこでこの輸血同意書というものが出てくるわけです。
現在、病院で輸血される血液は完全に安全なものではありません。
極々まれにですが、B型肝炎、HIVなどのウィルス感染の危険があります。
というのは献血してくれる人の中に、このようなウィルスに感染してはいるけれども、
潜伏期でまだ発病はしていないという人がいるわけです。
このような人の血は検査でもパスしてしまうそうです。
私も最初は「あぁ、ハイハイ」ってな感じで同意書にサインしていましたが、よく考えると怖い話です。
ちょっと話はずれますが、献血でこのようなウィルス感染を告知しないのは、 感染している可能性のある人がこれらウィルス感染の検査替わりに献血されるのを防ぐためです。 コレをされると間違いなく血の安全性が落ちるでしょう。 何故告知してくれないんだ?とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、患者としてはとんでもない話です。 献血される方は自信を持って自分が健康であるといえる人に限ってもらいたいものです。 |
実際の輸血同意書はこちら |
| 放射線治療の副作用〜精力、生殖機能の低下 |
| 移植の第1段階として放射線治療があります。
放射線には抗ガン剤同様骨髄抑制の働きがあるのです。
浴びる放射線はレントゲン写真約2万枚分だそうです。
当然、副作用もあります。吐き気はもちろん、肌の色が黒くなる色素沈着などありますが、
私が一番ショックを受けたのは精力、生殖機能の低下です。
男の人の場合精力の低下、無精子症、女の人の場合不妊症になる確率が高いというのです。
恥ずかしいのですが私の場合をお話しましょう。 移植後2ヶ月以上、性欲というものからは無縁になりました。ぶっちゃげた話、勃たないのです。 退院してしばらくしてオ○ニーなんぞしてみましたが、以前のようには固くならず、 サイズも小さくなったように思います。そして出たモノは透明な液体でどう見ても無精子状態。 ショックでした。自分にはもう子供を創る能力が無いのだと自覚するのは・・・。 男としてのプライド云々も正直言ってあります。非常に悲しいことです。 でも最近になって出るモノにもなんだか白いモノが混ざるようになりました。 ひょっとして精子!?と期待していますが調べてみないと分かりません。 |
| 切れ痔・・・そして浣腸 |
| 抗ガン剤の影響で骨髄抑制が始まると血の成分(赤血球、白血球、血小板)が少なくなってくるんです。
血小板が少ないともし皮膚に傷がある場合、血を止めることが出来にくくなります。
そこで痔なんか出来ちゃうと傷は治りにくいし、
もともと雑菌が多いところに白血球が少ないせいもあってウィルスの感染源になりやすいんです。
オマケに便秘気味で便も堅く、ウサギのウンチのようになってくるともう最悪!。
私はそうなってしまったので、排便が辛くて辛くて大変苦労しました。
ナイフで肛門を切り裂かれているような感覚です。ベットに寝ているだけでもかなりの痛みです。
それでも排便を拒んでいるとお腹が痛くなってきます。 とてもウンチはしたいのにいざトイレに座ると出来ないという状態になってきます。 下剤や軟便剤を服用するのですが、それでも排便できないときがありました。 そんな時は最終手段で、浣腸があります。 ホントは浣腸時に肛門や腸に傷を作ってしまう恐れがあるのでしない方がいいのですが・・・。 浣腸と言っても自分でお手軽に出来るイチヂク浣腸ではありません。 50ccの液体をもつでっかい浣腸です。挿入部は太さボールペン大、長さ10cm弱もあります。 自分では挿すことが出来ないので看護婦さんにやってもらいます。 その時の看護婦さんが若い子だったもんで、恥ずかしくて恥ずかしくて・・・。 トイレで下半身ハダカで前をタオルで隠した状態でお尻を突き出します。 そこへ看護婦さんは浣腸をするわけです。なんだか「犯された!」という感覚に襲われました。 2度とあんな経験はしたくないですね。 |
| 血液が足りない? |
| お正月やお盆は全国の献血センターもお休みになるので、全国的に輸血する血液が足りなくなるんです。 最初の入院は12月半ばだったんですが、早速、血液が足りなくなりました。 そのことが主治医から会社の上司に伝わり、 なんと事業所管内のA型の社員を集めて献血しに病院まで来てくれました。 その人数17人と聞いています。全くありがたいことです。 実際に献血をして下さった方をはじめ、会社の皆さんには大変お世話になりました。 今こうして比較的元気に過ごせるのも皆さんのおかげです。本当にありがとう! |
| 移植で用意するもの | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
いざ移植となるといろいろと準備するものがありました。
集中治療室に2週間前後閉じ込められるわけですからそれもそうですけど。以下にまとめます。
パソコンやMDプレイヤーなど精密機器も持ち込めたのですが、 事前にアルコール消毒でビチョビチョにされるというのでやめました。 集中治療室ではだるくて本は持ち込んでも読む気にもならず、 ましてノートに日記でも書こうなんてさらさら思いませんでした。 結構いらないモノまで用意するのよね。 |
| 覚悟を決めたとき〜再発〜 |
| 97年9月10日、再発したことを告知され相当ショックを受けた。
主治医からリスクは大きいが兄との骨髄移植を勧められ、とりあえず同意する。
この時正直言って死を覚悟した。
骨髄移植を行う前には放射線照射やかなりキツイ抗ガン剤を投与される事や、
それに耐えることが出来ずに内臓などに合併症が出ると命取りになる事は分かっていた。
今から考えると何をそんなにビビッていたのだろうと不思議に思うのだが、 その当時は真剣に死というものを考えてしまった。 肝不全や腎不全って痛いのかなぁ、肺炎だったら苦しいだろうなぁ・・・とか。 お葬式はどうなるんだろう?いつの写真が遺影として使われるんだろうか、 お通夜はやっぱり実家でやるのかな・・・とか。 両親は悲しむだろうなぁ、特に母親はショックで狂ってしまうんじゃないかな・・・とか。 彼女はどうするんだろう、悲しむだろうなぁ、早く踏ん切りがつくといいけど・・・とか。 全くくだらないことばかり。 実は遺書めいたものまで用意した。 仲のよかった友人やお世話になった恩師、 会社の上司などの連絡先のリストを名刺と一緒に封筒に用意していた。この頃の自分は本当にくだらない。 でも、いざ移植だという頃になるとそんな不安も落ち着いて、病気に打ち勝ってやる、 お前なんかとは永遠にオサラバだという気持ちが高まってくる。 これまでの人生で楽しかったことを思い浮かべると生きていたいという気持ちがわいてくる。 これから移植を受けるひとへ。自分は死ぬかもしれないなんて思わないこと! 弱気にはならないで。常に強気で。 |
| 高〜い医療費(発病から移植後1年まで) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 医療費ってホンマに高い!97年9月から2割負担になってますます感じる。
入院してた時の請求額は毎月ウン十万円でビックリ。高額療養費制度があるから助かってるけど。
それでも最低限度額を月6万3600円は支払わなければならないわけで、結構イタイ。
通院の場合また違って最低限度額は3万ちょっとだったように思う。それでもイタイわな。 私の場合、1回の通院でかかる医療費がだいたい2万円前後なのよね。 これを支払うときに偶然会計で一緒になったオバサン達が私の金額を聞いて驚くこと驚くこと。 ほっといてくれっちゅうの! これまでにかかった医療費を月ごとに以下の表にまとめます。
移植を行った98年1月分の請求書はこちら |
| 臓器移植のドナーにはなれない? |
| 臓器移植法案が可決されて日本でも臓器の移植ができる体制になったことは皆さんご存知ですよね。
ドナーカードをお持ちの方もいらっしゃるのでは?
私も骨髄移植のドナーを探していた身ですから臓器移植のドナーになろうと考えました。
しかし主治医の先生に相談したところ、白血病であるがためにそれは出来ないということでした。
これまでの抗ガン剤の治療で臓器には多少なりともダメージがあるためだそうです。
以前、白血病の患者でも角膜移植のドナーとなった例があることを聞きましたが、
今では使わないそうです。 結局のところ私がもし脳死状態に陥っても臓器や角膜のドナーにはなれないのです。 この病気になって自分の存在意味を探していたのに、このことは結構ショックでした。 なんだか『役立たず』みたいな気がして…。 でも今では自分は自分なりに世間にお返しをすればいいじゃないかって思っています。 この病気になった自分にしか出来ないこと…を探しています。 例えばそれは同じ病気で悩んでいる人達やその家族の方を励ますこと、 いえ、同じ病気でなくてもいいんです。 余儀なく長い入院生活を虐げられている人達の話し相手になること…いろいろあると思うんです。 ボチボチですが始めています。 ここで臓器移植のドナーになろうかなって考えてくれた方への Information! 日本移植者協議会 Transplant Communication |
| 宗教はいらない |
| 恥ずかしながら、うちのオカンは昔から仏教系某宗教団体の熱心な?信者なのだ。
発病当時、オカンがその宣教師みたいなオバサンのところに相談に行ったのがきっかけで
その人達が私の病室まで顔を出すようになった。そして私にその宗教団体に加入しろと薦める。
最初は訳分からないだろうが、題目(お経のようなもの)を唱えさえすれば病気も完治にむかうと言う。
もちろん私は信じない。病気のことで落ち込んではいたが、宗教に頼るほど精神は病んでいなかった。
私に薦めるだけで終わればよかったのだが、今でも許せないのは見舞に来ていた私の彼女にも
説教をたれたことだ。しかも私のいない場所でその宗教家2人とオカンで囲んで、2時間近くも。
これには私も憤慨した。アタマにきた。そのことは寛解して一時退院してから知った。
彼女は気を使って私が退院するまでは黙っていたのだ。
オカンには今後宗教関係の人を連れてくるなと激怒した。 しかし、オカンは懲りていなかった。 その後も白血病の元患者さんだと偽って私にその信者を会わせたり、 題目の入ったお守りみたいなものを持つように薦めたりした。 北九州に転院してからもそれは続いた。 また私に内緒で彼女の住むアパートに仏壇みたいなものを置くように押し付けたのだ。 そのことを知ったのはまたしても私が移植を終えてからだった。 その後オカンとは十分話し合い和解したが、今でも宗教は大キライだ。 オカンのように精神的に弱みのある人間を捕まえてはおどし、洗脳する。 そしてお布施だとかお守り、仏壇なんかにお金を注ぎ込ませる。 オカンはこの宗教団体にいくら使っているのだろうか? 信仰は個人の自由だが、それを周りの人間に宣教してまわるのはやめて欲しい。 あくまで本人が自発的に宗教が必要だと感じたときだけにしてほしい。 宗教って例えるなら病院の横にある葬儀屋のように無神経で厚かましく押しつけがましいものだ。 あらゆる病気の患者さんに言いたい。 宗教に頼らなくても自分というものをしっかり持てば病気は克服できる! |
| 追伸 2000/12/12 |
| 入院中、病棟で働くパートのおばさんにある本(よみがえる人生 著者:向坊弘道)を紹介される。
大学生の頃に交通事故で頚髄損傷で全身麻痺のハンディキャップを負った著者のドキュメントだが、
この方も祈祷し入信をすすめる母親を目にして受ける宗教感を語っている。以下抜粋。
宗教とは現世利益を願って金持ちになりたいとか、病気を治したいとか、あるいはまた、 難しい試験に合格したいとかいう人間の望みをかなえるためにあるのではなく、 『自分とは何であるか』そして『自分はどこから来てどこへ行こうとしているのか』ということを 明確に知らせるもの。 今まで出会ってきた(オカンによって会わされてきた) 信者は病気を治したいのなら唱えろとか、入信しろとばかり。ニセモノの宗教であることを確信した。 |
| 追伸 2000/04/07 |
| ここではさんざん悪く書いてる母のことだが、決して母の気持ちがわからないのではない。 母が行ってきたあわば半狂乱かと思われる事も全てわが子を思う母心なのはよく分かっている。 私が元気だった学生の頃は1年に1度連絡するかしないかの放任主義の母だったのた。 田舎に帰って一緒に暮らすようになって半年余り、ようやく親心というものが分かってきたような気がする。 今、私ができる親孝行はもちろん病気を治すことに他ならない。 |
| 看護婦も人間 |
| 看護婦も人間だなぁって思った体験談。 99年3月に入院した名古屋市内の病院でのこと。朝食が配膳されるのは毎朝8時頃。 私は気胸でベットから起き上がれないという状況で食事どころではなく、布団の中で寝ていた。 しばらくして食膳を下げに来た看護婦とのやりとり…。 看護婦:「○○さん(私のこと)、まだ食事してない〜。ホント生活バラバラねっ。」
この後もこの看護婦にはいろいろイヤミっぽく言われることがあった。 本当にこの看護婦にはアタマにくる態度で、この看護婦から離れるためにも個室を希望し、 別病棟に移らせてもらった。 断っておくが、これまでお世話になってきた看護婦さんのほとんどがすばらしい仕事ぶりだ。 今回私が出会った看護婦は極々一部だろうがそれだけにこんな看護婦は辞めてほしい。 看護婦のイメージが壊れる入院経験だった。 |
| 出勤状況(1月〜4月 1999) |
このHPを見ている人は疑問に思っているだろう、移植して1年そこらの患者が会社勤めできるのか? というわけで、99年1月5日から復職した私がどんな働きぶりなのかを公開しよう。 ハッキリ言って半分も働けていないのが現状だ。 ○…出勤 △…早退 ●…入院 |
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| お知らせ 1999年5月以降、気胸による入院のため欠勤が続きまして、正式に休職となりました。 出来るだけ○印をつけられるようにと日々の励みに始めたコーナーでしたがやむなく中断します。 しかし近い将来、再度復職してこのコーナーを復活させてみせます! |
| 残された命 |
99年5月、2度目の気胸の入院中に原因不明の肺疾患について血液内科の主治医に説明を受けた。
これまでの様々な検査結果を考慮しても確定診断は得られず、
強いて言うなら『閉塞性の細気管支炎』らしい。
名古屋のこの病院だけでも骨髄移植後に伴う肺疾患患者が年間4〜5人いるようだが、
治癒されたとか改善された例がないそうだ。
主治医には田舎に帰って静かに余生を暮らした方がいいと勧められる。
私にはそれを認めることが出来ないし、受け入れられない。
肺移植を提案するが、中央肺移植検討会で骨髄疾患をもつ患者は対象外とされている。
海外での移植を検討するが、アメリカでも以前骨髄移植を行った患者を対象とした肺移植の例は少なく、
また、脳死ドナーからの患待機患者数が年々増加していて外国人に対する余裕はないそうだ。
当然次に生体間の肺移植が考えられるが、脳死の概念が確立しているアメリカでは生体肺移植は
行われていないらしい。 ここからが本題。それでは100歩譲ってあと10年しか生きていられないと仮定して、 これから先をどう生きるか? |
| 肺移植の可能性 | |||||||||||||||||||||||
| 99年6月29日、入院先の名古屋の病院に岡山大学付属病院第二外科の伊達洋至先生と会見する。
先生は98年末に行われた国内初の生体肺移植の執刀医である。 まず近年の肺移植の現状について説明を受けた。
@海外での移植 まず@だが、国内での脳死ドナーからの移植も法案化されて海外で受け入れてくれる病院が少ない。 外国人枠5%というものがあって日本でやれるんだから日本でやってくれということらしい。 伊達先生がおられたワシントン大でも今後外国人の受け入れはしないそうだ。 その国内でも移植を待つ患者は多いのにその患者を差し置いて外国人をということにはならないらしい。 当然だろう。そして金銭面での問題もある。自己負担の為病院から請求される医療費は5000万円。 それに平均待機日数が600日といわれているが、その間の滞在費もバカにならない。 また、コーディネーター(仲介者)の問題。ワシントン大では過去に日本人が2名肺移植を行っているが、 その時は岡山大から留学生2名が派遣されていてその橋渡しが非常にうまくいったらしい。 以上を踏まえると海外での移植は無理だろうとのこと。 次にAだが、98年6月29日現在までに4例の脳死ドナーからの移植が行われている。 しかし心臓、肝臓、腎臓の移植はあるものの肺に関しては行われていない。それは何故か? 脳死になったとき肺は人工呼吸器にとって代られるため、最も傷みの激しい臓器だからだそうだ。 海外での症例でも脳死ドナーから得られる肺はその20%、ドナー5人中1人ということだ。 現在、肺移植待機患者は全国に10名いるらしい。 移植されるかどうかはドナーの血液型、体格によるので一概に言えないが、 たとえ待機患者になれたとしても脳死ドナーからの肺の提供は狭き門だろうとのこと。 金銭面の問題として現在保険対象外の為実費となり7〜800万円となるが、 研究費等の補助もありそこまではかからないそうだ。今後保険対象になるのではないかとのこと。 そしてB。生体肺移植となるとドナーは2人必要となる。 肺は肝臓などと違って切り取られた部分は再生しない。 ドナーも日常生活に影響はないものの呼吸機能を15〜20%損なう。 ドナーとなるのは2親等内の親族で20歳〜55歳まで。 金銭面の問題として現在保険対象外な為実費となり1000万円程度。 脳死ドナーからの移植同様、今後保険対象になるのではないかということ。 そして次に具体的に私が肺移植を受けられるかどうかの説明を受けた。 結論的には以前日記でも書いたように無理である。その理由は以下5点。
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| 医者の人間性を問う 2000/03/27 |
| いつも通り体調が悪いながらも外来に行った。
血液ガス検査があるので空いている診察室で横になっていたら隣の診察室の様子が聞こえてきた。
私も服用しているプレドニンがどうのこうのという話をしていたので寝ようとしていた私も好奇心から
聞き耳をたててしまった。 どうも患者さんは20代後半の女性で母親と一緒に主治医の説明を受けている。 話によると患者の女性は自分の判断でプレドニンの量を減らしていたようで、 ここ最近調子が悪く検査で肝臓に異常が生じ即入院のようだった。 主治医は勝手に薬を減らしたことを注意すると共に、これからの治療について説明していたが、 その説明を聞くとどうやら再発らしい。 しかもこの病気になってもう10年も経つみたいなことを言っている。 主治医は今まで行ってきた治療を一からやり直すかどうかを女性にたずねていたが、 その女性はかなり動揺したらしく一緒に話をする母親に八つ当たりを始めてしまった。 主治医は母親を診察室から出すと、強い口調で治療をするのかどうか確認し、 それに対して女性は泣き崩れるように入院することを決めたようだった。 その主治医はその女性にもう20才過ぎの大人なんだから自分のことは自分で決めなさいとか、 母親の気持ちも分かってあげなさいとか、その女性の病気に対する態度までアドバイスしていたが、 その口調が突き放すようであまりに強いので女性も相当ショックだったようだ。 私もいろんな医者に診てもらったが、患者の立場になってくれる親身な医者もいれば、 全てが事務的、流れ作業、言うことは言う、そのフォローはなしというような医者もいることは事実だ。 実際にその両方のタイプの医者を主治医に持ったことがあるだけに、 同じ医者ながらこれほどにも差があるのかと愕然とする。 これは今問題になっている少年法を司る裁判官の違いにも似ている。 過去の判例ばかり重視してその判決は実に流れ作業的、 新たな判例を創ろうという気はさらさらないという裁判官もいれば、 被害者の立場にたって、また現代の世論をくんだ新たな判例を創ろうとする裁判官もいる。 両者とも屈指の国家試験をパスしてきたエリートだが、今その人間性が問われている。 ここでみなさんにアンケート投票コーナーの紹介。投票後に即結果。あなただったらどちらを選ぶ?
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