みゅうと心臓・腎臓の病気について

私と心臓・腎臓病とのかかわりについてお話しさせていただきます。

 私は先天性の心臓病を持って生まれてきました。
小学校低学年の時に手術をしました。
「心房中核欠損症」でした。
何度も何度も検査を重ねました。
家から70km以上も離れて入院しました。
小さかった私は真夜中の病室で、
その日見たテレビの怖い場面に自分の家族を重ね、
泣きながらナースステーションに連れて行かれて
電話したりしました。はっきりと覚えています。


 手術で危険は回避できて、
今まで体育の時間は見学ばかりだった私も
下手ながら運動部に所属したりして、
だんだんと丈夫になっていきました。
しばらくは、手術をした病院に通いながら過ごしていました。
それもだんだんと間隔が長くなっていって、
一年に一回の通院などになっていきました。


 高校生となって、私はとある運動部に入部しました。
「自分は健康な体と同じだ」「好きなことができるんだ」
と信じていました。がんがん部活に打ち込みました。
この部は普通の運動部に比べてちょっと違いました。
環境的にもただ外にいるということではなく、
寒暖の差の激しいところで一日の4分の1以上
動き続けたりするというものでした。
でも自分にはできるんだと信じて、
体力のない体で、気力だけで部活を続けていました。


 そして、ある日それはやってきました。
トイレに行ったら、コーラのような色の尿が出たのです。


 急性腎炎発症のサインだったのです。
その時は全然気にもとめませんでした。
その後に学校の集団検査でひっかかって
通院を余儀なくされたのですが、
「自分は大丈夫なんだ!!」「他の病気は嫌だ!!」と思い、
病院でもらった薬をゴミ箱に捨てて逃げたりしてました。


 そうして私は大学生となり、
高校生の時と同じ運動部に所属しました。
その部の中でつきあう人もできたりして、
楽しさのまっただ中でした。
しかし、体のことに全然注意を払わなかったつけが
どんどん私の体の中に積み重なっていたのを
知らずに過ごしていました・・・。


・・・ある時大学の保健管理センターから病院を紹介されました。
そこに行くとお医者さんは
「明日にでも入院が必要です。早く腎生検をしましょう。」
「どうしてここまで放置したの!!」と言いました。
大学には届けを出してすぐに入院しました。


「慢性糸球体腎炎 IgA腎症」・・・腎生検の結果でした。
腎炎は自分の不注意のために慢性化してしまっていたのです・・・。


 それからは、部活はできなくなり・・・
彼にも気をつかったり、でも離れてほしくなかったりという日々でした。
そして彼に迷惑をかけ続けた結果、彼は離れていきました。
「普通の結婚がしたい。普通に子供だってほしいと思ってる。」
というのが彼の言葉でした。「疲れた」とも・・・。


それから「どうしてこういうことになったの?」
「私だけどうしてこんなことに?」という気持ちを
親に向かってぶつけた時期もありました。
全てがうまくいかないことを親のせいにして・・・
親は悲しみました。当たり前ですが・・・
ひどい言い方ですが、私には必要な時期でした・・・。
今はそういう気持ちはありません。


 それから、就職して別の人ともつきあったりしてみたものの
うまくはいきませんでした。
そうしているうちに、病院に心臓を診てもらったところ
「心臓の筋肉にも障害が」・・・つい最近のことです。


2つの病気があるということで
所属している部署も変わりました。
楽になるようにという配慮だったようなのですが
今の部署のほうがはるかに大変で
体力的にも辛い日々です・・・。



どう考えたらいいのか、今もはっきりとはわかりません。
受け入れていくしかないのかな・・・とは思っています。
たまに、大きな不安に押しつぶされそうにはなりますが
毎日いろいろ考えながら過ごしています。


・・・読みにくくってごめんなさい。これが私と病気達のかかわりです。