筋緊張性頭痛発病


この病気が発病したのは大学3年生の就職活動の時期です。
当時は超氷河期(今も続いてますね)で就職が普通に出来るという認識
は周囲にもほとんど無くて逆に頑張らないと就職出来得ないという認識が
大半を占めていました。私が就職活動を始めたのは大学3回生の12月でしたが
それでも早すぎという感じはありませんでした。それに3回生のもっと年内に
既に始めている人も多少いたという感じです。


大学生という身分になったのは多い親族の中で私一人でした。
(これは自慢ではありませんし、頭痛になって苦しんでます。(^^;))
なぜこんな事を言うかというと私は大学という学校のイメージが無かった
という事を言いたいのです。それゆえいつしか大学=遊ぶ所というイメージが
大きくなっていきました。それは普通だと思ってました。
で、実際普通だったと思います。問題は就職活動が始まった事です。
イメージが無くて普通に来たので回りに具体的に聞ける人がいませんでした。
友達に聞いても職種、業種の違いがあり、又友達自体忙しい事もあり
親密に話をしましたが残念ながらどうすれば良いのかというのは解決法として
出てこなかったのが事実です。私はお恥ずかしいですが完全なマニュアル人間でした。


そこで私は本屋さんで本を見るのが好きなので本屋に答えを求めました。
いつもは行かないコーナーです、例の。
そこには分厚い本が所狭しとぎっしり詰められていました。
「なんだかしんどいなぁ。」と感じたのを覚えています。
その中で一冊の本を読んだのですがそれで仰天してしましました。
本には(今考えると当然なのですが)「こういう答えはダメ、こうこうでOK」
という事が書かれています。これは私にはすごく怖いことでした。
特に実績のようなものが大学生活で無かった事がまず1つです。本に書かれているような
クラブ活動もしていません。他にゼミもとっていませんでした。
(一回生の時に遊んで単位を取っていませんでした。それから真面目にしたのですが
ゼミは無理でした。)
ここで実績がないと思った私は自分が社会に示すものは何一つないと思い込んでしまいました。
就職に備えてと思って頑張った簿記2級もそうなるとなんだかとても頼りないものに見えました。
本はすごく完璧に書かれていてそういう人しか合格できないような書き方だったので
自分にとってその本は脅威でした。
そして2つ目は私は対人面が苦手だと言う事です。
その本ではコミュニケーション能力が社会では必須だと念を押して書いていたように思います。
とてもじゃありませんが初対面の人と話すのは当時苦手でした。
この2つが私を1月から慌てさせました。


といっても就職を全く考えなかったのではありませんで、簿記2級もそうですが
経理の方向に就こうと思っていたのは事実です。自分に性格的にあっていそうな感じ
もしましたし、自分の怠惰な性格が事務の正確性を重視した面で多少治るかなと
思ったからです。ただ、経過としては私は就職の為にぼんやりと簿記を考えて
試験勉強した→すごく面白い勉強科目だと気がついた→経理にしようという図式でした。
取って以降は頼もしかったですが(簿記2級→試験受かる可能性高と考えました。)
目的と手段が違う事がずっと気にかかってました。それを本で指摘されたような気がしました。


2,3月は私はエントリーと対策雑務に追われました。遊んでいたのですごい無力感が
この頃から重く自分に圧し掛かってきました。毎日ストレスをだいぶ感じて過ごしていた
ように思います。実際友達とかと話す時もおちつきませんでした。逆に友達が「話」ではなく
「コミュニケーション能力の育成」の意味で話しているのを気付く度に怖かったのを
覚えています。(いつも人の話を聞かない友人がうんうんとうなずいて話を最後まで聞いたり
提案しない人が提案したりするのを見聞きするうちに怖くなってきました。)
一人でぼんやり考えたり、部屋で寝たりする事が多くなっていたように思います。


そういう経緯があって頭痛は起こりました。経理と決めていましたので職種抜きの
職業選択をしました。選択は他の人より比較的楽だったと思います。
その楽な分は「なぜこの業種を選択したのですか?」という予想質問の返答準備に回りました。
最終的にはまばらに成長企業だけを選んだのでこの質問が来ると思っていた訳です。


その日はA社を受験したのですがこのA社の手違いか自分の勘違いか説明会なのに
面接を伴っていたのです。急に説明会から面接になりました。
私は家で型通りの返答を用意してたのですがそれが慌てた為頭から抜けてしまって
どうしよう、どうしようとばかり考えていました。
一応覚えている事は機械的に言いました。(すごく機械的でした。今でこそ笑えます。)
そこで質問の時間という運びになったのです。面接は自分が何かについて言い続ける
というように本に書いてたのでそれしかやってなかった自分はすごく焦りました。
会社に対して質問なんて1つも考えてなかったのです。当然ありそうでしたが
今考えると本当に「何をしていたのか」と思います。


試験官の人の目をじっと見ているだけしか出来ませんでした。
他の人が質問するのをくやしく思って見ていました、質問を考える程
頭が真っ白になった気がします。そして汗が滝のように出て激しい頭痛
が始まりました。早く帰りたいと思いましたがそれから試験官の人は30分喋りました。
激痛だったので耐えられないと思いながらずっと試験管の人の目を見ていたのを覚えています。
完璧にストレス性のものだと思い、明日になれば、否、試験が終われば治るさ
と感じていたのが事実です。


試験は終わりました。倒れこむ感覚がずっとしてましたがなんとか帰りました。
頭痛がすごく痛い、なんでこんなに痛い時間が長いのか・・・・・
ずっと、ずっと、帰りも考えていました。
その日はそのまま寝ました。
でも、これが私の筋緊張性頭痛の始まりです。次の日も頭痛がありました。ずっと。