スシラ・ブディ・ダルマ
「スシラ・ブディ・ダルマ」から抜粋したものである。
大生命力との接触
物質力
植物力
動物力
人間力
内部感覚と真の自我
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スブドの解説:真の生き方
大生命との接触を受けるためには
神に対して服従、忍耐、誠実であること。
全托とは単に口先だけでなく、神を真に信頼し、神に服従する気持ちが自分の内部感覚の隅々にまで浸
透しているということである。
今の時代の人は、自我が内部感覚の静けさに支配されているのではなく、思考により多く支配されるよ
うになっている。
スブドとはジワの覚醒を可能にする道
感覚の中に集まる種々の力との出会いを経験し、一つ一つを区別できるようになる。それらの力がどの
ように働くかを知り、それらの働き方を調整できるようにする。
最も良く最も適切な生き方とは
体中の感覚を生き生きさせて、生きるために必要とされることをすべて充足させるために働くことである。
物質力![]()
物は何の力も持たないようでいて、実は強い力で人間を引きつける。なぜなら、実は人間の思考と親和
性を持っているからである。人間は物の影響を受けないことが望ましい。逆に、物を支配できなければ
ならない。そうするには、忍耐強く真剣にラテハンを行うことである。ラテハンにより、自分の感覚の
中で物の力がどのように働いているか感じることができるようになり、その結果、物質力を正しい方向へ
向けることができるようになる。物の力が自我を支配すると、もめごとを好んで起こし、仲間を失望さ
せ、愛情や同胞感が喪失してくる。
感覚が物の力で影響された場合には、人間としての優れた特性を失い、人間にふさわしい生き方ができ
なくなる。従って、感覚の中で物の力がいかに働くかに気づくようになる真の導きを受けなければなら
ない。そのような導きを受けることで、どのような種類の仕事をすることが本来与えられた役割である
か見いだすことができる。ラテハンの中で徐々に指示を受けてゆき、ついにはなすべき仕事をただ選び
さえすればよいという時が来るだろう。
自分にとって正しい仕事をすることで、世的目的のためだけに働くだけでなく、神への礼拝も行うこと
になり、内部自我の要求にかなうこととなる。このようにすることで、人間は、この世での生活におい
てのみならず、死後においても、真の平和と幸福を味わうことになる。
内部自我を自分のものにしたいと願う人間は、頭の中で湧き起こる衝動に闇雲に従ってはならない。自
我を静めることにより頭を空っぽにしなければならない。人々を幸福な生活へと真に導いてくれるのは
、まさにその状態なのである。
とりわけ物だけを重要だと考えている商人は、金持ちになったとしても、これで十分だと決して感じな
い。また彼らは限度というものを知らない。物体の中の力は、洞察力を失わせ、死後の生活はもはや信
じなくさせるほど、人間に強い影響を与える。物体の力は人間の性格を変化させ、内的な生活について
は何も知らない物体の内部の力と似た性質を帯びるようにする。
自分自身の内部自我を見守ることをなおざりにしないことが望まれる。
自分のあらゆる行動に注意を払い、現実あるがままの自分の状況を知るようにしなさい。知るという過
程の内部を認識できるように、鋭敏である必要がある。見ているとき、様々な種類の見る働きがあるこ
とを見て感じ取りなさい。聞いているとき、匂いを嗅いでいるとき、話をしているとき、それぞれ様々
な種類の聞く、嗅ぐ、話す働きがあることを感じ取りなさい。同様に、常にあなたの全身を意識してい
なさい。あなたが感じるものは何事かに会う度ごとに変化する。その感じと変化の性質に常に気づいて
いなさい。このような訓練によってひとつの力が他とどのように異なるかの証拠を得るようになる。自
分の行うあらゆることに役立っている種々の力の中で、どの力からどのような衝動が来るかを感じ分け
られるようになるだろう。これが受けるための道である。
自分自身の意志を形作るに至る様々な衝動の源を見分けることができなければならない。自分の生活に
関連している様々な力と、人間の内部自我との間の本質的な違いを理解しなければならない。ひとたび
これらの力に秩序が与えられると、真に人間の生活にふさわしい生活を営むことができる。真に人間的
な性質がどのようなものであるか知った人間は、体の中に湧き起こる感覚の性質と、ハートと頭脳が、
それと結びついた様々な力とともにどのように働くかが明らかとなる。そのような状況で行動するとき
、すべてが繁栄し、幸福がもたらされる。
何をするにせよ、その行為の中にある力を見分けられなければならない。それによって、自分の状態は
バランスの取れたものとなり、ハートや頭脳は常に内部自我の働きに従い、与えられた義務のみを行う
ようになる。そのようになれば、ついに人生に平安を見いだし、日々の仕事に携わっている間にも、絶
えず神の偉大さを思い起こすようになるだろう。働いているときはいつでも、おのずと神の偉大さをた
たえる気持ちが伴い、それ故にまた何をするにも、自分に必要な導きが得られるようになるであろう。
人間の内部に確かに存在するこの導きは、実に容易に得られる。この導きは、思考の働きが停止したと
きに現れてくるものだからである。しかし思考の活動を止めること自体容易ではない。頭脳は既にあま
りにも強く物の力の影響を受けてしまっているからである。
内部自我とあなたを見守る神との絆を強めなければならない。そうすれば自分が本当に必要なものは何
であれ容易に得られるであろう。
ジワにあった仕事をすることによって、人生に対する視野が広がり、人生をどのように役立てるかについ
ての理解が深まり、あなたを見守る神との絆が強められる。
彼らはいとも簡単に仕事にのめり込み、ハートや頭脳はもはや、真の自己を省みる時間的余裕も与えら
れない。彼らの内面生活も同様に影響を受け、仕事以外のことは何も意識しなくなるのである。外的に
も内的にも、仕事のためだけに生きた結果、後に死を迎えた時に、実際には、彼らの念(おもい)は肉
体を離れてその仕事に戻っていくのである。
物質でできた様々なものは、自分の地位を人間の段階の高みにまで引き上げるように、人の思考と結び
つくことを切望している。物は人が死ぬ瞬間まで、人間の思考の近くにいたいがために、人間の意志に
無条件で従う。人はそれを正しく理解し、この補助的な力を正しく使うことが大切である。
神に畏敬の念を持ちなさい。ラテハンのために時間をさきなさい。ハートや頭脳がもうこの修練をする暇
はないとささやくとき、決してこの誘いに屈してはならない。もし、ハートや頭脳に従えば、神への礼
拝にさく時間を生涯見いだすことはないでしょう。ハートや頭脳は、常に実体のない事柄に関心を抱く
からである。これを克服すれば、思考はもはや自我を妨害しなくなるでしょう。そしてハートと頭脳は
真に自我の召使いとなり、まもなく、あなたは、神の存在に気付き、神としっかり結びつくようになる
でしょう。そのような状態になると、あなたの自我にとって大きな恩恵となる指示や、助言が、あなた
の内部に注ぎ込まれるでしょう。あなたを見守っている神に本当に近づいたことで、あなたの心は喜び
、幸せに感じるでしょう。
植物力
植物生命の持つ力のエッセンスは、既に人間の内部に存在しているということである。従って、人間の
身体を形づくり養い活力を与えるために、植物性食品のエッセンスが人間の体内にはいることは、体内に
既にある植物のエッセンスとの出会いを意味する。食事をしている人間は、実は、外にある植物のエッ
センスの力と内にある植物のエッセンスの力とを引き合わせる仲介者にすぎない。食物はそれぞれのエ
ッセンスを入れた単なる器にすぎず、その違いは味にある。味が異なる真の目的は、外なるものと内な
るものとの出会いを容易にするためである。人間が食物性食品を食べ、摂取された植物のエッセンスと
内にあったエッセンスのすべてが一緒に調和して生きるようになることが神の意志である。食物のエッ
センスの持つ力は人間の感覚に影響を及ぼす。
都会に住むたいていの人は、多種多様な食物の影響のために多様な感情を持っている。これらの雑多な
感情のいくつかがあふれ出し、逆流して自我を水浸しにし、頭脳の働きを圧倒し、混乱させてしまう。
このように頭脳が混乱すると、人々はもはや自分の本性を考えることができなくなる。
この本性こそ、本当にふさわしい生き方を見いだす導きを与えてくれるものであるのだが。
このような状態に陥ると、自分の内部にある人間固有の力(人間力)を感じることができない。人々は
生計を立てるために様々な仕方で働いている。ただ友人に強く勧められたからというので働くものもい
れば、他の人々が大変忙しそうにいろいろな仕事をしているのを見て働くものもいる。人によって動か
されて初めて動くというのでは生命を持たない物体と変わりがない。そのような人々は、人間が働くと
いうことの意義にまだ気づいていない。
動物力![]()
動物力の人体への影響はさらに大きく強力である。人間のエネルギーは動物力によってほぼ完全に目覚
めさせられ、活性化される。
人生において本当に重要なのは、単に糧を求めるということだけではない。確かに食物は必要であるが
、完全な人間生活についての洞察力を得るのは我々にとっての本質的な義務であり、その義務を果たそ
うという願いを持つこともまた大切である。そのような洞察力を得ると自分の内部にある種々の力を区
別でき、それぞれがどう働くかを確実に知ることができるからである。それらの力を秩序立ててコント
ロールし、正しい方向に流してやることができるようになる。このようにして低次の力は満足感を抱く
ようになり、人はさらに先に進むことができるようになる。
感情がごたまぜになっているため、ラテハンに従う多くの人が高貴なジワと呼ばれている段階にまで達し
ないで、挫折感を味わう。人間の本性は完全な生活のために作られており、心配しないで、真実につい
ての証拠を本当に与えてくれる自我の訓練ができるようになるまで、たゆまずラテハンを続けなさい。
人が注意を払いハートの貪欲な要求に同調しない限り(貪りのナフスに身を任せない限り)、人間の本性の
中には動物力によってはたやすく影響されることのない部分がまだ沢山ある。
動物の世界と我々の世界はよく似ているために、感情に流されやすく、人間としての自分の本性を悟り
うる修練を全く行ったことのない人は、いともたやすく動物力に支配されてしまう。そうなってしまう
と、そのような人はこの世の生活の生の終わりがきたとき、間違いなく動物の世界に迷い込んでしまう
であろう。最後の瞬間になって苦しみを味わうだけではなく、生きている間ですら、もはや人間にふさ
わしい振る舞いをしなくなる。動物力はますます強さを増し、いかなる欲望であれそれをどこまでも追
求する。動物力で満たされた人は、感情の飽くなき欲望にだけ従いたがるという特徴を持つ。
悪いのは知識ではない。本当に悪いのは感情が動物力の支配下に入ってしまったということだけである
。外的にも内的にも能力を求めるということは、人々にとって最も必要なことである。それが必要なわ
けは、人々がその能力を使って最高の段階に達し、その結果、自分の人間としての自我と関連させなが
ら知識を正しく活用する仕方を理解できるようになるためである。これによって心と身体、すなわち内
と外との協力関係がつくられ、真に安定した状態がつくられるのである。
人間力
ジャスマニ(人間)力とは地球上の事柄について幅広い感覚と理解をもたらす力のことである。ジャスマ
ニの作用によって、人間の生活条件はよりいっそう完全なものとなり、自分と同じような別の生命を生み
出すことができる。
雨の後速やかに水を吸収し、程なく、あらゆる種類の食物を成長させる土地がある。人体でいえば、広
範な霊的知識を受け、同時にこの世の知識をもひろく求める素地や能力を持つ最上の身体に似ている。
自己の能力を社会の必要のために役立てることができるであろう。火と風と水と地の力が均等にその土
地に影響を与えている。この土地がそのような性格を持つのは、周りを山に囲まれているからである。
山があるので、基本的な力がバランスのとれた強さで与えられるのである。人間の自我の中では、怒り
と、貪りと、忍耐と、受容のナフスの力がうまく釣り合っているのである。その土地が多くの山々に取り囲
まれているということは、人間の自我にとって、その山々は最高の力を表し、そうした人の内部感覚が
常にそれらの最高の力によって包まれていることを示している。怒りのナフス=火、貪りのナフス=風、
忍耐のナフス=水、受容のナフス=地
スシラ・ブディ・ダルマでは、これより後の節で、怒りと貪りのナフスが強くなればなるほど、そして忍
耐と受容のナフスが減少すればするほど非生産的な土地になり、社会に役立たない人間になることを詳しく
述べている。
いかなる方法も単にナフスの力を呼び覚ますことしかできない。ナフスの力をすべて捨て去り、考えるのをや
めて、ただ感覚が生き生きと働くのを経験することである。
人間としての感覚の訓練を絶えずしなさい。この感覚の訓練によって、自分の内部の様々な力をどのよ
うに受け止め、どのようにコントロールするか熟達する。自分の内部自我の感覚を、そこに常に集まっ
てくる他の力から切り離すことが容易にできるようになる。このことが理解できるようになるためには
、非現実的なことに思いを巡らしたがる自分の感情や思考や想像を、切り離して脇に置くことができな
ければならず、それ以外に方法はない。思考と空想のすべてを空っぽにすることができたとき、直ちに
内部からある状態を受ける。それは全身を包むバイブレーションとして感じられる。この受ける状態は
、時とともに確実に進歩し、ついには自分の内部感覚の中身を知り、さらにその中身の性格、使い道、
働きを知ることができるようになる。
ランプにたとえれば、燃える炎は感情と思考の特性を表し、ランプの油は、内部感覚を満たして感情や
思考を働かせる力である。ランプの光が明るくなるのも暗くなるのもその油次第である。感情や思考が
よく働くか、悪く働くか正しく働くか、間違った働き方をするかは、内部感覚の中身になっている力の
性質による。
外的な損傷は医者に診てもらえば発見できる。しかし、内的な損傷は、自分の内部感覚を訓練した上で
、自我の助けを得て知覚する以外には見つけられない。この修練を受ける多くの人が、ラテハン中まる
で肉体的な病気にかかっているように感じ、またラテハンの進歩が遅々としているのはこのためである。
あらゆる低い力の影響を切り離すことができるのは、思考の働きが止まった後に内部感覚と接触してい
ることが感じられる大いなる力である。内部感覚が自分本来の自我を支配するように導く方法を修練す
ることにより、外的にも内的にも幸せな生活を送ることができるでしょう。自分の自我を高める方法と
は、真の静寂と平安の状態が生まれるまでナフスと思考の働きを止めることによってなされる。内部感覚の
修練中、内部感覚を妨害してきた低い力が離れ、喜びと満足の内に、それらの低い力はそれぞれの本来
あるべき場所をしめるようになる。内部感覚に存在する生命力がその人を作り変え、人間本来の高い次
元の存在に戻ることができるのである。
身体の中にある種のバイブレーションが生じ、それがついに動きを引き起こし、その動きは突如として
より強くさらに強くなっていく。これが体の中で感じられるとき、自分の思考がどこへ行って、今どこ
にあるかが感じられなくなる。そのため、何ら特別な欲望も目的も持っていないことをきわめて明瞭に
感じる。この空っぽの状態以外には何も感じない。これが神の力にただ全託した状態である。やがて、
このように常に受け続ける様々な動きの性質が感じられるようになり、そうした動きは自我の真の能力
を表しているということを知るでしょう。
このようにして、何が自分の内部自我からきており、何が人間生活にとっての補助的な力によって引き
起こされたのかに気づくことができる。ラテハンの中で、人間生活にとっての補助的な力の流れを、内
部自我に源を持つ力から分離できることが必要である。このことを達成しようとして、思考を使っては
ならない。というのは、思考という機能によってこのことを決して理解できないからである。これを行
うための最善の手段は、内部感覚のラテハン以外にはない。これは容易に自分のものにしうる方法だか
らである。この訓練は、これまで説明してきたことに背反する行動をとらない限り、実にたやすく自分
のものにすることができる。このラテハンは、すでに内部感覚と一体になっており、従って必要なこと
は、絶えず内部感覚に注意を怠らないだけである。
人が声や音を耳にしたときにも、内部感覚の中にこれらの補助的な力が混じり合う。これらの力は互
いに競い合ってハートや頭脳に達しようとする。この競争に勝った力は、直ちに内部感覚の中に入り、
その全体とひとつに結びつき、その人の欲望という形になって現れる。最も容易に人のハートや頭脳
に達しうるのは物の力である。これらの力が内部感覚に影響を及ぼす仕方の相違をつぶさに感じ取ら
なければならない。そして、それぞれの力があなた自身の意志、すなわち人間としてのあなたの意志
から切り離された後に、どのような状態になるかを感じ取らなければならない。物を見るという行為
の中にも、食べ物を味わったり、話したりしているときにも、これらの力がどのように感覚の中に混
入するかがわかるであろう。このような生き方を神は意図されたのである。これらの力は、人間の助
手となるように定められている。あなたは、これらの力に気づく必要がある。そうすることで、ひと
つひとつの力の働きを方向付ける仕方が、生活のさなかで受けられるようになるであろう。ラテハン
の中で、これらの力にどういうことが起こっているか正確に感じ取ることが必要である。そのことに
成功すれば、人間としての本当の内的目的を思い出すでしょう。その結果、あなたは、この世と次の
世で人生に役立つ理解を、自分の身体を道具として使って受けることができるのである。それによって、
あなたは、自分自身の役割についてはっきりした知識を持ち、全能の神の偉大さを無視することのな
い生活のあり方を意識しつつ行動することができる。
あなたは、これらの力のそれぞれの欲望と能力の限界を知り、理解するとともに、自分自身の真の自我
の能力と目的を意識することができる。
このようになると、あなたはまもなく自分のジワに合った仕事をすることに熟達し、それによってあなた
の人生は間違いなく幸せなものになるであろう。なぜなら、その仕事の上での技能は、内部感覚全体に
生命をもたらしたあなたの人間としてのジワから生まれ、また育ってくるからである。そのため、あなた
は、仕事への熱意を失うことなく、仕事の上で、進歩や前進が見られずに失望することもないであろう
。これらの仕事を行うとき、あなたの外部と内部とが一致せずに食い違うなどということは決して起こ
り得ない。だから、あなたは、自分の生きている時代の変化と歩調を合わせて、確実に仕事の上で発展
を遂げていくであろう。ラテハンクジワーンの道は、本当に従いやすく、あなたの真の存在を強める実
質的な結果をもたらしてくれる。それによってあなたは実に多くのものを得る。さらにこの方法によっ
て、あなたの存在は、思考では計り知れない生命力で常に包まれるようになる。