第百三回 お題:「待つ」
チャンプ作品
いぷ ◆7zgDGO8wqM    
101 名前:遠鳴り (1/2) 投稿日:2005/08/16(火) 03:57:22 ID:DaDPvlSH

20時35分 
その個人タクシーは池袋の喧騒を抜け 
明治通りと早稲田通りの交差点付近で停車した 

「空車」から「回送」へ 
つまらない意思表示だと初老の男は笑った 

夕立過ぎて湿度が増した空気を肺へと送り込む 

雨の匂い 
夏の匂いだ 

遠雷は男の霞んだ意識の中にもあって 
今や捉えきれない面影を浮かび立たせた 

何度同じ夏を繰り返しただろう 
毎年、毎年、この時間、この場所で 



102 名前:遠鳴り (2/2) 投稿日:2005/08/16(火) 03:57:52 ID:DaDPvlSH

ラジオも消した 
文庫本も閉じた 
報われないであろうことは承知で 
それがもはや自虐行為であることも承知で 
心の嗚咽をを表情筋で誤魔化して 
男は只々待ち続けた 

不意に後部座席からノックの音が聞こえた 
男は驚いて振り向いたが 
立っていたのは派手な服装の女を連れた中年の酔っ払いだった 

運転手さん、大塚まで頼むよ 

時刻表示は21時01分だった 
男は笑顔を作って頷いた 
車内表示を「賃送」に切り替え 
その個人タクシーは明治通りを池袋方面へと引き返していった 

 

チャンプ作品に対する批評

◆L4LyBSss3w 
2点
「待つ」、と言う行為自体の虚しさをしっかりと捉えた、重い手応えの詩です。 
「雨の匂い 夏の匂いだ」このモノローグの鮮烈さに惹かれました。 

葉土 ◆Rain/1Ex.w
1点
おしいなっと思ったのは 20時35分という設定時間。 
この時間でイメージされる暗闇(早稲田通りの交差点付近という場所からも 
都市の夜の人工照明がフラッシュされてしまう)と詩の本来がもつ黄昏とがミスマッチしてる気がする。 
夕立、雨、夏の匂い がうまく入ってこない。(この雨の匂いだ の段の展開は見事。) 
すごくよくできていて、上手い。 

Canopus ◆DYj1h.j3e.
2点
内包するストーリーや登場人物の感情を極力抑えて、情景描写と 
いうか、ほとんど状況説明のみで構成された詩。夕立ち後の遠雷と待つ男の構 
図がいい味だしてるだけに、その味を持続させたかったところ。 


 

 


 

準チャンプ作品(2作品同時受賞)
やわらかい蟹 ◆6P3vWUZtcI
127 名前:偽証罪 投稿日:2005/08/21(日) 01:41:46 ID:hsYkftab


隈失せた十六夜の光を込めて 土よ 骨王よ 黄金の汀を歩け 俺は耐え 
た 鐘楼に重なる両眼の洞に 運命とでも呼ぶべき無が宿る時 美しく偽 
証された 生と非生の鋭い韻律を 胸を破る鼓動のさざなみを 全ての偽 
証を その痛みだけが明らかにする お前と橡の木の間の 裂傷は 闇を 
恐れた夜が 黄色い毛糸の赤児を食べた 
                   俺はお前を待つだろう 
                              お前は 
俺であっただろう 
        知っている お前とお前は 捉われるものを失うことを 
  もはやあらゆる映像の中に  
               お前は普遍の無であるのだ 
  星散る川面は再び 言葉の無い叫びを放つ 亀裂のような五本の指を  
俺の眉間へと伸ばし 過去が俺を 時を 貫いてゆく 人の形をした雨 
が 熱い苦しみを寄せて いや 雨音に似た膿んだ裸体が 墨色の時の  
奥底で静かに待つ 何を? 精緻に 若しくは貪婪に濡れた無を なお耐 
えねばならないのか 恐らくこれは 供物なのだ 祈りとは 虚無に捧 
げる信仰であり  
        お前はただ待つことで 血を流し 
                        指折り数える 
                     未明の播種を落とす地平と 
                          鏡合わせの曝れ髑髏を 

 

 

Canopus ◆DYj1h.j3e.
159 名前:ヨネコといっしょに:1/2 投稿日:2005/09/06(火) 22:37:03 ID:Egjsq723

米子駅を降りて 
中海のどんづまりに向って 
とぼとぼと帰宅する 
いつもの裏道の垣根のわきに 
ヨネコがちょこんと座ってて 
大儀そうに細い目をあけて 
にゃあと挨拶する 
「ヨネコ」 
わたしはその日はじめて口を開く 

米子の商店街は 
半分の店が潰れて 
もう半分の店がやる気も客もないまま佇んでる 
かわいた生臭い風のふく中海のどんづまりで 
そして猫ばかりがたくさんいた 
ヨナゴのネコだからヨネコ 
わたしが制服のスカートに泥を擦りつけられた日も 
靴を隠されてはだしで帰った日も 
ヨネコはわたしを待っててくれてた 



160 名前:ヨネコといっしょに:2/2 投稿日:2005/09/06(火) 22:38:41 ID:Egjsq723

わたしとヨネコは 
無言のまま 中海へ歩いていく 
中海のどんづまりは波もないしずかな夕暮れだ 
ベンチにふたり座って 
その日 学校で起きなかった出来事 
これからのふたりに降りかからないだろう悲劇 
について 話す 
ヨネコはわたしの弁当の残りをはぐはぐ食べている 

波も人もない 
壜の手紙も屍体も なにも打ち上げられない 
変化のない重たい日常 
中海のどんづまりを 
わたしとヨネコはずっと眺めている 
すっかり夜になり 
空の弁当箱を残して 
ヨネコは影もカタチもなくなってて 
重たい腰をあげて 
家路につく