舞雪物語   北島悄平

 

 雪は北欧の夢を奏でていた。白い闇が美しかった。雪は音をかき消し、踏む雪音だけが湿り気を持たずに、乾いた音を奏でていた。ザクッザクッザクッ。少年はこの音が好きだった。ザクッザクッザクッ。降り止まぬ雪は少年の肩に少年の頭に、そして少年の目に映るすべてのものに、ふんわりふんわり舞い降りていく。すべてがみんな覆い尽くされてしまえばいい。そしてすべてを白く塗り尽くしてしまえばいい。研ぎ澄まされた静寂の世界の中で雪は踊るように舞い降りて来るのだった。

 妖精はいつ現れたのだろう。少年はまるで時間を超越したように、いつのまにか目の前を歩いていく妖精に見とれている自分に気づいた。何か目に見えないものに引きずられるように、僕はその後ろ姿に導かれていく。少年はうつろな気分で後を追った。

 不思議な夢は音をかき消し、僕と妖精はふんわり宙に浮かび上がり、まわりの景色だけがすうっと僕たちを通り過ぎていく。雪はほのぼのと暖かく包み込み、妖精の後ろ姿が仄かに輝いて見える。長い黒髪には不思議と雪は舞い降りて来なかった。

 「行き止まりみたいよ。」

 あまりの突然さに、はじめはその声が、少年の前を歩いていた長い黒髪の妖精の声だとは信じられなかった。少年は何かに固く縛られたように動けなくなった。妖精はすっかり少年の方に振り返ると、やわらかい微笑みをみせてまた言った。

 「ほら、行き止まりでしょ。」

 それでも少年は何も言えずに、妖精の微笑みにすべてを奪われていた。妖精が少年の方に戻って来て通り過ぎていった時も、少年は言葉すら浮かばず、ただじっとその長い黒髪を見送った。

 それからどれくらいの時間が流れたのだろう。少年には永い永い年月ににた遠い時間のように感じた。ふと、少年の耳に急激な街の雑踏が産み出す猥雑な響きが鳴り始め、車で汚れたカ−キ色の雪の上で、ひとりぽつんと佇んでいる自分に気づいた時、はじめて、雪など一粒も降り落ちていないことを悟った。 すぐ目の前に、仄かに洩れてくる街の明かりがあった。止めどなく行き交う車の音が聞こえる。少年は何かを叫びたい衝動とともに通りめがけて駆け出していった。あたりまえの景色、あたりまえの建物、知りすぎている通り道、少年が表通りに飛び出て来たときには、あの長い黒髪の妖精の後ろ姿は、もちろん、どこにもありはしなかった。