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一連の教科書裁判で知られている家永三郎先生が29日夜に死去されました。
大学時代の指導教授であるY教授は、家永先生の弟子にあたります。ゼミの合間にY教授が家永先生の事を話されたことを思い出します。私は家永先生と一面識もないくせに、勝手に孫弟子だと自認してました(笑)。
当時は教科書裁判の審理がまだ続いている状態であり、また昭和天皇が倒れた時期とも相まって歴史認識の変換が危惧されていた時期でもありました。
元来家永先生は身体がそれ程丈夫な方ではなかったらしく、Y教授曰く、教科書裁判を始めた頃は体重が40キロを下回っていたそうです。「家永先生は教科書裁判のおかげで生きながらえているのかもしれませんね」ゼミでの雑談の間にボツリと語ったY教授が印象的でした。
私のいた大学の歴史学科は家永先生支持派が多く、講義の中でもその事について語る先生もいました。その教授は裁判の法廷で家永先生の弁護人としてこう述べたそうです。
家永先生の執筆した教科書も、他の方が執筆した教科書も、私にとってみれば全部問題のある欠陥教科書である。家永先生の教科書がいいなんてちっとも思っていない。問題はその欠陥教科書をどう現場で使うかであって、間違いのない教科書を作る事ではない。文部省が検定をすると言う事自体が事象を批判的に検証する歴史の教育を歪めているのだ、と。
歴史の研究などとは全く関係のない世界にいる私ですが、教科書裁判そのものが「歴史」になっていく今、その時代に歴史を考える事が出来たのは幸せな事だったのかもしれません。
家永先生のご冥福をお祈りします。02.12.01.
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