哲学かな?

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タイトル 作成開始日 更新日
アンダルシアの夢 H14,3,4 -------
規則って H14,9,7 -------
規則って2 H14,10,26 -------



アンダルシアの夢

アンダルシアの夢
メモ

始めにどんなことを書こうかと悩んだとき、いきなり、パッと頭に浮かんだのがこのタイトル。
せっかくだから、このタイトルにちなんで、「夢」について考えよう。

夢について

夢と現実は、どういう風に区別されるのだろうか?
私が、これは夢だ、と思うときと、これは、現実だと思うときとは、どこが、何が、どう違うのだろう。

朝(時には昼過ぎ)目がさめる。目がさめると、「これが現実なんだ。さっきまでのは夢なんだ。」などということは特に意識せずにそのまま顔を洗いに行きます。 たまに、何かの夢を見たときには、「ああ、夢をみていたんだな」と頭のどこかで意識しながら、目覚めることもあります。

夢というのは、現実の中の出来事(別にその逆でもいいですが)なのでしょうか?
それとも、夢と、現実は、互いに独立した世界なのでしょうか?

私たちが、ある世界の中にいるときその世界全体を見渡す視点に立つことは出来ません。それ故、その世界の中にいながら、その世界全体について語ることにはある種の困難が、常に付きまといます。
以前、宇宙の全体についてある科学者が語っているのをテレビで見ましたが、その時にも、何故そういうことが語れるのかが疑問でした。彼は、いろいろな模式図を用いて宇宙を説明しようとしていましたが、そこには常に、宇宙の外が描かれていました。(宇宙の全体を描こうとすれば、当然、同時にその外を描いてしまうことになります。)

宇宙の外には、何があるのでしょう?
無?
変な答えです。(でも、一番正しい答えかも)
あるいは、別の宇宙? なら、その宇宙と、この宇宙は、何故区別されているのでしょうか? 何かがあるなら、何故その何かは、この宇宙に含まれないのでしょうか? もしかしたら、私たちが宇宙と呼んでいるものは、とてつもなく大きな巨人が飼っている金魚の金魚鉢の中の小さな小さな小石なのかもしれません。 そんな想像をしてみたことはありませんか?

夢の話に戻りましょう。
もし、私たちに想像しうること全てが起き得るのが、夢の世界だとしたら。 そしたら、夢を見ながら、「ああ、これは、夢なんだ」と思うことも出来ます。夢はそういう思いも、ひとつの夢として「」の中に入れてしまえます。つまり、『「ああこれは、夢なんだ」と思った』という夢です。 そういう夢は、私も実際に見たことがあります(この文章は、夢に対する私の立場を表明しています?)。

夢の中の出来事を、どんなに詳細に見ても、それが夢であるという証拠(?)は見つかりません。
ある意味、とても厄介なのは、この「証拠」というものが夢にも、現実にも無いのではないか?という点です。

つづく?

いい加減なイメージ
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