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私の日記です
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親愛なる友人たちへ
いきなりだが、うちの祖母はかれこれ15年位にわたり日記をつけている。
日記といっても、その日その日の家族の予定やその日何があったかを、わずか5,6行で綴っているもの。
でもたまに見させてもらうと、これが結構読ませてくれる。
3年綴りの冊子の為、去年の今日は何をしていたのか解ったり、天気がどうだったかさえもチェックできる。
日記のない家はさみしい家だとある人は言った。
この祖母がとりとめなく書いている日記は、既に我が星名家の宝物に。
なにせ、俺が物心ついたころからの日記である。
このSERVANT DIARYはやっぱり不定期ではあるが、親愛なる友人たちへ俺の日常とその中で起こったちょっとした出来事、気持ちなどをメールで吐露するものである。
俺は大学時代において詩をしたためておいた。
なぜなら、俺の気持ちを文字で表現したかったから。表れだから。
読み返すとその当時何を考えていたかが手にとるように解る。
このSERVANT DIARYにも部分部分に俺の感情と意思が込められている。
俺の闘争の歴史も併せてここに綴る。
それでは創刊。
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12/29/2001〜1/3/2002
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29(土)
29日午後3時に山梨入りし、藤井アパートに到着。
山梨に入ってから運転中、
フジオに電話して藤井家に顔を出させた。
彼は夜10:00から仕事だというので、無理はさせなかった。
まあ2人とも元気そうで何より。
談笑。
2人に先週発売されたPS2ソフトである、
機動戦士ガンダム「連邦vsジオンDX」の良さを叩き込み、
かつ最近の俺がこのゲームの中毒、いやガンダムそのものの中毒になっていた胸を打ち明ける。
俺は他のアニメにはとりわけ興味を示さなかったのだが、
ことガンダムにおいては、一貫して俺の中の興味が小学生の頃から変わらず失われることが無かった。
山梨にきて大學にきて、今の友人達との関係が構築されたわけだが、
やっぱり類は友を呼んだ。
俺は弁解するように知らないやつには言う。
「同世代の男なら当然わかるだろっ。プラモ作っただろ?」って。
きっと結婚した嫁さんにも弁解する事だろう。
藤井にはこのゲームの良さがダイレクトに伝わった。
感動ものだってことが。
それに彼のAUDIOもいいし。
フジオ。
例のアデランス事件の事を山岸から聞いていたからその事を中心に攻めた。
爆笑。
夕方、菅野から甲府駅到着の知らせあり。
パセオ付近まで迎えに出る。
彼は福岡から羽田に一旦出て、それから中央線で山梨に舞い降りた。
俺は彼が東京に就職し、立川に住んでいて就職祝いに夏に飲んで以来。
山梨の夜はやっぱり寒い。
久々だがあの当時のまま。
3人合流してから藤井の家に戻りしばし談笑。
フジオも帰り、その後結局連絡が途絶えていた松浦と電話で接触に成功。
昨年、静岡市役所に晴れて就職した彼も御用納めで家にいた所を捕まえた。
菅野の説得により、18:00はとっくに過ぎていたが、山梨にくる事に決定。
その日最後の身延線に揺られ、南甲府駅で8:30頃合流。
彼の出で立ちはなんか前よりもぬるりとした小男だなってな具合。
普通の人なんだけど、なんか帽子がストーカーっぽい。
まあとにもかくにも4人そろったわけで、ハラペコの俺と菅野は飯を希望。
結局デニーズへ。
ばかっぱなし&菅野の仕事、藤井のバイト、俺と松浦の公務員談義に話が盛り上がった。
その夜は4人そろった時点でマージャン決定。
お酒を買い込み帰ってやるも、やっぱりこのメンバーでやるとローテンポ。
(原因は藤井と松浦)
回りが遅い。
結局ハンチャン2回でギブアップ。
5時くらいまでやったんだけど。
その後、藤井の大学の話が出る。
実は未だ3年生だったという事実に一同びっくり。
ていうかあきれる。
まあその話をし過ぎると彼が凹むので、少しで切り上げたが・・・。
それ以外にも話をしてる間に、俺が座ったままの体勢でいち早く眠りについた。
運転疲れが…。
30(日)
次の日は10:00過ぎに俺がいち早く起床、シャワーを要求。
この家のユニットバスもだいぶ扱い慣れた。
飯をガストで食って、俺と松浦と菅野は富士急ハイランドに行くことを決意。
冒頭にも関連するが、俺は今回は「フジヤマ」よりも、
最近できたばっかりで話題のギネスにのった「ドドンパ」よりも、
「ガンダムライド」なるアトラクションに乗りたくてひとりでいきまいていた。
決めてからは行動の早い俺たち。
河口湖大橋にのり1時間もかからず目的地へ。
年末だけど、やっぱり混んでいた。
フジヤマ、ドドンパ強風の為運転見合わせ。だがそんなものには今回は興味が無い。
「ガンダムライド」それだけである。
はしゃぐ俺。
乗る俺。
ショップで漁る俺。
大満足のまま、菅野の希望のアトラクション、「イゾラ」ヘ。
ガンシューティング系コースター。
俺5点。松浦26点。菅野44点。さすが。
次、「処刑の館」。結構怖かった。
幽霊病棟のショップで菅野、おもちゃの夜光る包丁を買う。
フラレタばかりの松浦、モテモテの薬と媚薬を買う。
俺、受験生の妹に「頭の良くなる薬」を、
この日の夜にはお世話になる手塚氏に「博打に強くなる薬」を買う。
そうこうしてる間に時間は過ぎ、甲府に帰り、松浦を駅まで送る時間。
菅野の先輩の家を探し、生存を確認。
腹減りすぎだったのでラーメンを食い、彼を石和駅まで送り別れる。
そこで山梨TOUR、前編終了。
後編。
この後、バス愛のメンバーと待ち合わせする事になっていた俺は、
集合場所の大学のキャンパス裏のいつもの駐車場へ向かう。
富山から5時間かけて電車でやってきた波能、通称マルハ。
既に静岡からやってきていた杉山、通称杉やんと合流に成功。
なにせ、みんながみんなピンポイントで集まった今回の忘年会。
マルハは電車が強風の為運転見合わせだったらしい。
そうこうしてたらバイトが終わった藤井から連絡があり、
彼を迎え、俺の車1台でいざ出立、甲西町営団地まで。
はっきりいって荷物だらけとなったパルサーは狭かった。
だが忘年会会場の手塚夫妻の団地の駐車場の数に限りがあるのである。
21:00過ぎようやく到着。
手塚氏(以下、旦那)が彼の自宅団地の4階から下りてくる。
俺、マルハ、杉やん、藤井が部屋に招かれると、赤ちゃん(以下、おはな坊)を抱いた五味(以下さっちん)と、料理をする新妻横山(以下ひとりん)が迎えてくれる。
鍋、手料理、お酒。全て支度済みで。
手塚夫妻の結婚式以来の集まり。
会長、安野、小澤は不在だったが、一応、俺が幹事的存在だったので
これだけ集まれた事は嬉しい。
皆もろもろ話は尽きない、しばし談笑、
折を見てさっそく乾杯。
俺に前説がふられて、一言したあと
主人の旦那に乾杯の音頭を。
やんややんや。
それぞれ食う。
めちゃうまい。
話がすすむ。
俺が何故か鍋係り。
奉行というわけではなく。
おはな坊の話、それぞれの話、どうでもいい話、
マルハ、俺、デジカメ撮り出す、杉やん、バカチョン。
更に俺は役場備品のノートパソコンを取りだし、昔ナツカシPHOTO集
&夫妻の結婚式などを焼いてきたROMで披露。
おはな坊は寝つく。
珍しく泣かなかったらしい。
バス愛メンバーが2DKの部屋に7人もだったが広い。
そう感じるほど。
俺は白根町役場職員となったさっちんとの話が
とても面白く感じた。
やっぱり同属だけに。
旦那が車に忘れ物を取りに行くようだったので、
俺もあわせて駐車場まで降りる。
階段を下りながら、旦那に依頼。
自前で持ってきた全身タイツ(白)を渡す。
俺はどうやって着るのか自前タイツ(黒)を着ながら説明。
外は冷えて寒いが、そのフィット感から温かさも感じる。
なにげない素振りで部屋に入る2人。
俺は普通の素振りで鍋をつつく。
旦那は「雪が降って真っ白になっちゃって」を連発。
ややウケ。
ベランダ喫煙コーナーでの窓越しの
俺と旦那の絡みに一同オオウケ。
なにせ、本来のボケ担当の安野がいない、急きょの仕込み。
俺も酔いが回ってきていい感じ。
そんなこんなで12:30を回った頃、
会長のご開帳。
登場。
ついにやってきた、恐怖の大王。
いやいや、カリスマ。
彼の登場後の話っぷりは
みんなのテンションをさらに加速させる。
なんの話をしても最終的には自分の女の話。
それが面白い面白い。
藤井の彼女(愛知出身)が一緒に大晦日帰る予定で、彼をお迎えに。
それでもさらに加速する会長。
深夜2:00を回っても爆笑の渦。
藤井カップルが帰り、3:00過ぎ、女性陣が就寝。
杉やんが寝て、旦那、マルハ、俺が、
会長のまだまだ続くオモシロトークに付き合う。
旦那が寝た頃、会長は話すだけ話して
社宅のある石和に帰っていった。
まさに台風ばり。
5:00頃マルハと俺は明日の予定を鑑みながら、寝つく。
31(月)
大晦日
1年の終わりなのに、ぜんぜんそんな感じがしない。
天気がいい。朝の空気を全身で吸う。
8:00頃みんな起きてこたつを囲む。
おはな坊がかわいくて、みんなで構う。
おはな坊、杉やんとみつめあう。
俺が抱いてたらおとなしかったが、
杉やんとだと、はしゃぎだした。
いづれ、自分の家族を作るであろう、
淹れてくれたお茶をすすりながら、
未来の自分をみつめる、いい1時間だった。
時間は過ぎる、もう別れの時間。
楽しい時間も夢のまた夢。
また会える、今度は誰かの結婚式も確実にある。
夫妻とおはな坊、さっちんと別れ、俺は杉やんとマルハと一緒に甲斐路を下る。
杉やんと別れ、約束通り、
マルハと中央道で新潟まで。
マルハと仕事の話をしてたら、いつのまにか長野を越え、新潟に入っていた。
だが、十日町の2時発の電車には間に合うかぎりぎりのところだった。
が、腹は減る。
飯山の道の駅で彼は年越しに信州そばを買い、
お昼を食べる。
雪道、とろとろ走る車たちに気を使わされながら、
結局十日町は時間に間に合いそうもなくなってきたので、
先回りして越後湯沢まで。
迂回した道路、俺はある程度予想していたが、
その国道は予想以上の圧雪。
前を走っていた車は雪壁に突っ込みながら止まっちまうし、
轍なんてあったもんじゃない。
まあ、230馬力をなめるなって具合で突っ走ったけど。
やっぱり悪路、雪道は俺には醍醐味。
マルハを湯沢まで送り届け、
自宅に15:00時過ぎに着。
実家の年越しは、
夕飯が早めなのが習慣。
それまで少し仮眠。
時間になり、座敷に家族がそろう。
弟も帰ってきていた。
お正月料理が並ぶ。
皆で神棚に参拝し、お神酒を回す。
祖父から今年もお年玉を頂く。
3万円。
安月給の俺には貴重だ。
大学1年のときにバブルで祖父だけで5万という時もあったが、
就職後はこれで落ちつけってことなのだろう。
頂けるだけでも有り難い。
そういえば、高校のころ、親戚等から兄弟3人総額でもらった額、
20万をもう越える事は2度とないのだろうと、ふと思った。
親戚が多い家なので、そこらじゅうから頂いていた。
あのお金はどうなったのだろう?
一部を除き、管理者(親)任せだった頃が懐かしい。
紅白も、TVの特番もあまり面白くなかったので、
2階にあがり少し弟とゲーム。
時間は過ぎ、年越しそばを食らい、
俺は先日先先日の睡眠不足から初詣&除夜の鐘つきは
今年は却下。
行く年来る年を
少しだけ見て就寝。
元旦(火)
とっても眠いが父親が朝から出勤の為、早めの朝食。
雑煮。あんこ餅。
眠いからポケーっとして。
その後、俺が祖父の足となり、年始参りについて回ることに。
その数6件、1件を除き、全部親戚。
まあ、午前中で切り上げるべく祖父に念をおし、
9〜12:00で回りきる事に成功。
そのまま祖父と初詣。
帰って年賀状を確認。
やはり出した数より少ない。
別にいいけど。こんなのは気持ちの問題。
午後、少し寝る。メール書く。
来客に顔を出す。
夕飯食べ終わった頃、
A先輩から電話が。
いきなり、
「お前はニュータイプか?」
新年早々。
相手は酔っ払ってるが、一応形式で新年のご挨拶。
その先輩は29日に友人達と冒頭のゲームをやってから
血が騒いで元旦をずっとそのゲームをして過ごしていたらしい。
大晦日にプレステ2の本体持っていないにもかかわらず、
その先輩はソフトだけ買ってきて本体は借りてやりまくっていたらしい。
そして、気の合う先輩なもんだから、
結局迎えに行くことになって、
更にその先輩と別のT先輩のお宅にお邪魔する事に。
元旦早々、夜中酒とつまみを持ちこんで、
延々2人でゲーム。
3人ではない。
その先輩もガンダムには通じているのだが、
さすがに大人。
その先輩が寝つけず別の部屋に逃げていったのにもきづかず、
ひたすら撃ち合う。(バカ)
その日は結局3:00くらいまでやって、
2人だけで役場暴露トークをしながら眠りにつく。
次の日、いとこが来る事になっていた俺は
家族と初売りに朝から行く予定にもかかわらず。
2(水)
朝、T先輩の登場に俺は目が覚める。
4時間寝れた。
未だ寝ているA先輩は今日の夜は友達の送別会だそうだ。
だが俺は今日はいとこがくる予定になっていたので、初売りに家族と行くことになっていた俺は,
A先輩を半ば強引に起こし、連れて帰る。
さぞT先輩にとっては元旦から変な客だったことだろう。
まあ、話のわかる先輩達同士。
なぜ、俺が初売りについて行くことになったかというと、家の電話(子機)が壊れた事に始まる。
目利きのできない母親、妹なんぞに電気製品はまかせられない。
電化製品をあの人達は最終的には値段でしか判断しないからだ。
ろくなものしか買わないであろう事が予想されたので、(吉田には悪いから)
某電気屋と伏せておくがそこで子機の2個ついて14,800円のパイオニアの電話を購入。
それからは寿司だのなんだの、まあよく食べる我が家は、親戚の家族の分も、多めにやたら買う。
この日はお手伝い&箱根駅伝&いとことの遊びで一日が終わったようなもの。
3(木)
午前中、屋根の雪掘り。
物置の屋根、
小屋根、
昨年できた車庫の屋根。
車庫は耐雪設計だから気持ち程度に。
晴れたり、吹雪いたり、落ち着かない天気。
となりの幼馴染のFも階下で車庫前の雪をかたしている。
お互い大人になったもんだ。
仕事柄お互い忙しく、ろくに遊べていないが、
実は彼もガンダムマニアのひとり。
小さい頃は毎日のように遊んでた。
母親が休憩に持ってきたドリンクを彼と一緒に飲む。
俺は屋根の上だから投げてもらうが、
母親が暴投。ばかやろう。
いつかの日常だ…。
日頃の運動不足が身に染みる。
デスクワーク&ギターマンは手が命だが、
豆が2つもできた。
なにせ2時間で一気に3つの屋根を掘った。
山岸ぐらいしか大体の労力のつらさが
わからないだろうが。
雪掘りを終え、その山岸にシャワーの前に
新年の電話。
彼の午後の予定は特別ないとのこと。
早速、松之山(片道15KM)までお迎えに。
山岸と合流。
髪がまた短くなってる。
兄貴に刈ってもらったのがすぐ想像ついたが、
また雪深い松之山にこの髪型はとっても・・・。
髪の毛話が出ると、フジオの話に段々流れゆく。
ついに禁断の免許の話も出てくる。
結局、まだ取れてないそうだ。
未だ赤のセリカに乗るつもりでいるのだろうか・・・。
フジオの話はおいておいて、俺は山梨で買ってきたグッズを披露。
彼もかなりその筋の男だから、俺が買ってきた珍品、貴重品に笑ってくれた。
雪道をとばして、十日町の「どさんこ」で初ラーメン。
まあ、正月料理に飽きた頃だったのでちょうどよい具合。
相変わらず、彼は味噌チャーシュー。
俺はこの店のバリエーションの豊富さを攻めて、味噌マーボー。
がっつり食う。
箱根駅伝を見ながら。
この時点で山梨学院は11位だった。
シード権なしの危うい状況。
「上田監督出ろっ!走れ!」
などと2人で罵声を飛ばしていた。
このあとになってギリギリすべりこみで9位に入ることを知らない。
メシのあとは、軽い運動がしたくなる。
2人が考えたのは「ギターフリークス」だった。
地元のゲーセンで正月からはびこるのは
いささか恥ずかしいと感じた俺は知り合いに見つからないよう、
サングラスにコート姿。
久々だったので十日町にギターフリークスが来ていたのは知らなかった。
俺は早速山岸とツインで始める。
彼は江戸川でもやってたらしいが、俺は去年の春以来。
まずはノーマルで腕鳴らし。
洋楽の往年の名曲なんかが入っていて、結構嬉しい。
上々のでき。
彼はなぜか左利きモードになっていて苦戦しまくり。
次、エキスパート。
3曲はクリアしたが1曲は彼のおかげでクリアできた。さすが。
次、ロングバージョン。
過去、「FIRE」のロングバージョンがずっとクリアできず
ひとりでもだえていたのに、山岸と一緒だとすんなりできた。
結局2曲目で失敗したが。
もう1回やったあと、まわりに面白いのがないかコーナーを回っていたら、
どこかで見たことのあるねえちゃんの団体を確認。
例の役場職員同期のMとその友達たち。
俺はグラサンをかけていたので、
知らないふりをして他のコーナーに行こうとしたら、
向こうから「ホシパー!」と声をかけられ、見つけられ、新年の挨拶を頂戴した。
後で聞いたら、知らないはずの山岸と一緒なのに、すぐわかったらしい。
まあいいんだけど(涙)
俺は居心地が悪くなってきたので、山岸に声をかけ、
いざ俺の家で例のヤツを始めようと、その場を後にした。
家に帰って2時間くらいゲームして、
DVD「白痴」を見る。
松之山がロケで使われているのだ。
映像特典に、いつかB’sHOUSE軍団で泊まった兎口温泉が出ていた。
時間は過ぎ、帰りの時間。
山岸を松之山まで送り届ける。
彼の家でトイレだけ借りて帰ろうとしたら、
名物の「温泉まんじゅう」をお母様から頂いた。
ごちそうさまでした。
とってもおいしかった。こし餡最高。
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