3 ディル山に向けて

 シン……とした空気があたりを満たしている。

 今朝も草原で、フィルは無限法力の別な側面を発現させようとしており、だが結局うまくいかず。やがてあきらめて草の上に寝転がる――。
唇に手を当てると、昨日のリースの感触を思い出してしまう。
あの瞬間、なぜか、本当にかけがえのないものを失うのでは……という不安が脳裏をかすめた。今もその残留思念が残っている。

 無限法力は依然としてうまくいかないし、戦闘法師達――リースの安否も気になっていて、すこし落ち込んだ気分になる。
このあいだ発現させた無限法力は、すでに多くの人たちが違った形で発現させており、実践レヴェルで使えるものでは到底ない。そこから理論を突き詰めたとしても、結局は大量の不活性法力が生み出される。

 無限法力とは――想念による、この世界が内在させるエネルギイの方向づけである。
成功すれば、永久のサイクルを繰り返す強大な加算が始まる。ただし、成功したとしても、単に発現させるだけであって(発現体は当人しか感知できない)、それ自体をどう使うかは、他の法術による。

 たとえば、賢者の石を結晶化させるためには、原石にわずかに含まれる成分を抽出するわけだが、人間が持っている法力程度では、抽出することはできない――途方もないエネルギイが必要だ。エネルギイを創り出すのが無限法力の役目、そして錬金の法術となるが――だからといって法力と法術の相性が合うかといえば、まず無理だ。そのため、現存する法術で無限法力を使う事は難しい。

 2万年前に存在していた、ローム文明……。同時期に現れた数多の文明のなかで最強の武力を誇り、今からは、想像も出来ない種類の法術で発展し、突如消え去ったなぞの超文明。そして、無限法力の発現方法の情報は何一つ残されていない――

 そして、夜の巨人は虚空に向かって叫びをあげている。ヤツらはいつからこの世界にいたんだろう……。きっと何億年も前からだろう。
神に近い、安息を意味する霊的な存在であり、遠大な体はほぼ透明の、薄いジェリーのようなもので出来ている。そして陽を浴びた瞬間、霊界にきえさるのだ。
晴れの日は虹のよう、どこが始まりかわからない、――遠くの地にしっかり脚を下ろし、叫んでいるが、雨の日は厚い雲の上に漂っているらしい。
フィルは雲の上での巨人の月光浴を思い浮かべながらすこし微笑んだ。空の色が次第に薄くなっていく……。
リースは日の出と共に出発する。




 現在の世界に唯一残されたローム文明の痕は、ラムダの街から見える、あの、霞むようにおおきな、ロームの樹だけだ。
そのロームの樹から陽が顔を出すとき、フィルは院の戦闘法師達を見送る一団の中にいた。

 リースを見つけたが、昨日の事もあり、話しかけるのに少し躊躇していると、リースがこちらに気付いて、手を振りながら近づいてきた。

 「昨日、キミに貰ったこのペンダントのおかげよ」
いつもとは違う、ゆったりとして、真っ白な正装の制服。軽鉄の篭手でなんとか胸元のボタンをはずして、ペンダントを取り出す。
 「ここ数日ね、悪夢ばっかりみてたんだけど」ペンダントを慈しむようにさすりながら、 「昨日は素敵な夢だったわ。これのおかげだよね……」
フィルは少し微笑み、 「耐魔の念を込めてるからね」といった。

 そのとき、集合の声がかかった。
急いでペンダントをしまうとリースは微笑み、じゃあねといって、同じ制服の人間のほうへ歩いていってしまった。

 息子や娘を送り出す親、泣いてしまったり、真っ青に緊張してしまったりしている生徒、この何人が無事帰ってこられるのか、再会できるのかを考えると、フィルは少し気分が沈む。

 やがて一行は、ラムダの石畳の坂を降り始めた。その純白の一団が小さくなっていく姿を、坂の上の院でみていたフィルは、説明の出来ない切なさが湧き上がってきた。

 休日のラムダの街を陽がゆっくりと照らし始めた。






戦闘法師に進む




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