4 戦闘法師

 リース達の班が向かったのは、ディル山の途中にある山小屋。到着したとき、もう、空は琥珀色みたいにかわっていて、穏やかな夕方の風が、いい匂いをはこんできていた。でも、こんな穏やかな時間もそろそろ終わりで、夜行性の獣が出てくる時間になる。
リースは、山小屋の近くの、大きな岩の上に座ると、ブーツを脱ぎ、疲れて、乳酸のたまったふくらはぎを、ぽんぽん叩いていた。

 今日だけは、もってきた食料で晩御飯が食べられる。支度はもう始まっているみたいで、いいにおいがする。
だけど、明日からは、この山小屋から少し離れたところにある、祠に生活場所を移して、獣や木の実を自分達で捕獲して、調理しなくちゃあだめ。
それを考えると少し不安になる。

 「ねぇ、リース」
突然声をかけられて、少し驚く。岩のしたからナムって女の子が声をかけてきた。
リースはあぐらを組みながら振り返る。
 「どうしたの」
 「きょうの朝さ、見送りにきてたのって……」
何かを含んだ表情をしている。何を考えてるのかはすぐ想像できるけど
 「うん、フィルでしょ、どうかしたの……」
なっとくした顔。
 「どこまでいったのよ」

 やっぱりそんなことかと思い、ため息をはく。
 「なんにもしてないよ」
ナムは、わざとらしく疲れきったような顔を見せる。
 「アンタ、まえ好きだって言ってたコでしょ」
 「そうだけど、――友達としてね、あっちはなんとも思ってないし」
ナムも、岩に上ってきて、隣に座る。
 「じゃあ、この訓練でもう二度とあえない――死ぬかもしれないのに、何もしてこなかったの」
 「……キスは、したけど」
すぐに顔がニヤケて、
 「ほらー、それってばもう友達って感情じゃないぞ」
肩をつかんで揺すってきた。

 ナムは詳しくその話を聞きたがったが、リースはただ、したくなったからしただけよ、と言っておいた。
夕日が沈む方向にある雲が、どんどん形を変えていく。
――本当は、あのとき、そんな気持ちじゃあなかった。
もっと、心の深いところから、――これから、大きな『渦』に飲み込まれても、自分を繋ぎ止めておいてくれる、『何か』を求めていた。
雲の変化に、口をあけたまま見入っているナムに、そろそろ小屋にもどろう、といってリースはブーツを履き、岩を降りた。

 小屋に帰るともうすでに、テーブルの上には食事が用意されており、男子達が、無理やり詰めこむよう、がっついていた。
ちょっと、待ちなさよと、リースとナムも飛びこむ。

 その夜、リースは小屋の窓から、夜の巨人の、さらに上空をとぶ、 光る鳥をみた。――でも、そんな高度をとぶ鳥なんているわけなかった、流れ星だろうか……。




 朝方、リースは『夢』にうなされていた。――このところ続いた悪夢であり、何か途方もないことを、示唆させていると感じる。
それは――半分崩れかかった石像が、わずかながら動き、こういう。
 「もうすぐ復活します、さあ、始めなさい」
リースが、何のこと……ときくと、必ず石像の、目にあたる部分から赤黒い液体がながれて、世にも恐ろしい姿に変わっていく。
最近、繰り返しみせられたおかげで衝撃はさほどではなくなったが、それはまた、前よりも長く悪夢の世界に取り残されることを意味していた。
実は続きがあったのだ……。

 石像が赤黒い液体で、全体がぬかるんだようになると、まわりの空気がびりびりとし始めた。
何気に後ろを振り向く、巨大な昆虫……いや、どこかの遺跡にある、焼き物のような材質をした、生き物が歩いてきた。
なぜか、不適な微笑を感じる事ができる。
背中に半透明の羽のようなものが付いており、物凄い速さで震えてるのがわかる。空気のびりびりはこの羽が作っているんだろう。
焼き物が、金属的な、キィぃィん、という声を発した。
 「イんフェェーブのジだ・イガ・まタくる」
――インフェ―ブの時代が……。またくるって……。
 「インフェーブってなんなの……」リースは尋ねた。
次の瞬間、焼き物は恐ろしく不快な絶叫を発した。

 リースは、ベッドから飛び起きる、認識と視力が戻りきらないうちに、視界に黒々とした生き物がいる事がわかった。
――直感で、リースはベッドから床に転がった。
黒い塊がベッドに突撃し、あたりに綿と、木片が飛び散る。
そいつがゆっくり、あたまをもたげ、こちらに向き直ろうとしたとき、リースはそれが獣である事に気がついた。

 急激に覚醒し、呼吸を一瞬で調える、イメージで下腹部を燃えるほどに熱くし、両腕を、獣に向かい突き出すと、一気に溜め込んでいた気を、飛びかかってきた獣に、吼え声と共に炸裂させた。
閃光がはしり、骨と肉が、内部で混ざる音をたてながら獣は吹き飛び、 壁に叩きつけられ、重たい音をたて、床におちた。

 リースの心臓は激しく波打っている……
しばらく床に座ったまま、呆然としていたけれど、気分が落ち着くにつれてまわりの状況がわかってきた。
部屋のドアは、物凄い力で壊されたようで――、獣が無理やり入ってきたのがわかった。
この音で目覚めたんだ――、リースは動かなくなった獣を見た、蝙蝠のように見えるが、羽がない。なんて気持ち悪いんだろう……。

 ふらふら起き上がると、上着を着て、皮のズボンと、重たいブーツを履き、部屋を出る。
吹き抜けになった山小屋の1階は血まみれで壮絶な光景だった。
人の血だとは考えたくなかった。
だが、一階のどの部屋のドアも壊されており、人がでてくる気がしなかった。

 ナムは……、今でてきた部屋を振り返る、ナムはあたしと同じ部屋だったはず――もう一度部屋に戻るが、ナムの姿はどこにもない。獣の肉塊が転がっているだけだ。
きっと、外にでてるはず。朝早くに目がさめたのよ。

 リースは山小屋の外にでた。
同じ班の男子2人とナムが、座り込んでいる。その前には、きちんと並べられた班の男の子の死体2体。
リースはナムに近寄り、肩に手をおいた。 ナムは、はっとリースの顔をみて、つかれた微笑をみせ、  「よかった、生きてたんだ……あたし、足折られちゃったの。だからそっちに行けなかったんだ……ごめんね」 みると、ナムの左足が酷く膨らんでいた。視線を死体にもどす。
 「……散歩から帰ってきたら、皆が……」
震える小さな声でつぶやいた。
そのとなりで男の子が嗚咽をあげている。
 「あと2人、獣から助けられなかった……連れていかれちゃった、」
男の子の嗚咽がいっそうはげしくなった。

 その声を聞いていたリースも、泣きたい気持ちになってきた――。これから三ヶ月もこの山にいれるわけない……。
でも、こんな状態じゃ山を降りるのにも2日はかかる。

 そのとき、宿の方から、絞り出すような声で、獣が鳴くのが聞こえた、何かを伝えるような――
 「仲間を呼んでるわ」
くそ、死んでなかったんだ。
リースはここから1時間ほどで比較的安全な場所があると思い出した。次の目的地である『祠』だ。
ナムを起こすと背負う
 「いそいで逃げないと、獣が大群でくるよ」
男二人は、死体をかつぐ。

 この世界の何かが狂い始めていた……。






祠の少女に進む




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