5 祠の少女

 光を入れるためある、岩カベの穴から、レースのように木漏れ日が差し込んでいる。男の子は二人ともあたまをうなだれて、座っている。ここはディル山の祠の中。
ナムは、おぶって来る途中、リースの背中で気を失ってしまった。いまは祠にあった、埃で饐えた毛布の上に寝かせている。さっきよりも脚の腫れが酷くなってきているみたいだ。紫色で痛々しい。痛み止めに、自生していた薬草を与えたけれど、ほんの気休め。

 ここまで獣に遭わなかったのは本当に、運がよかった。あの状態で何かあったら、確実に誰かが死ぬか、最悪――全滅だった。
いや、獣は夜行性だったはずだ、なぜこんな朝方にみんなを襲ったんだろう……。
リースは何かとてつもなく不吉な予感が背筋をかけるのを感じた。

 リースがナムを介抱をしているとき、男の子二人は、死んでしまった友達を祠の裏に埋めてしまった。死体がにおい始めたら、獣をおびき寄せてしまうかもしれなかったが、泣きながら友達を埋めている男の子の気持ちを考えると、リースには何もいえなかった。

 今、一番気持ちがしっかりしているのは、リースだったけれど、寝起きで獣と戦ったのだ、あれが獣との初めての実践であり、興奮が冷めてきた今となっては、思い出すだけで脚がすくみあがる。あたしがしっかりしなくちゃ……。
――しかし、よく、あの時法力が練れたものだ、あの悪夢のおかげかしら……。そう思うと、胸元にある、フィルからもらったペンダントが少し熱を帯びてくる。
 「フィル……ありがとう」
そう、口の中で小さくつぶやいた。

 なぜか嗅覚が少しおかしかった――、落ち着き始めると、鼻腔のおくから生臭いにおいが離れないのだ、これはもしかして、廊下に出たとき見た、大量の血液が発していた、においなのかもしれない。
そういえば、あの時はあたまがボーっとしてて、においも何も感じていなかった。今もし、あの光景の中に戻ったら――
急に吐きそうになったので、何も想像しないことにした。

 リースは気分を晴らそうと表に出た。秋のどこまでも澄んだ空が優しい風を運んでくる。こうしていると、不幸も悲惨もこの世には存在してないと思える。また、そうであって欲しかった。

 「ねえ」
突然、女の子の声が聞こえた、ナムが気付いたのかと思い祠の方に向き直る。
そこには五歳くらいの女の子が立っていて、銀色のさらさらの髪がわずかに風でながされている。
どこからきたんだろう、表情があまりない顔でリースの眼を見つめ、こういう
 「おばけと戦ってるの?」
リースはその、りんと響く声に心地よさを感じながら――
 「そうよ、でも、お姉ちゃん達大変なの」
そういって少しあたりを確認する、保護者がどこかに、いるんだろうか……。
 「おじいちゃんがね、もうおばけはね、止められないっていってたよ」
そのあと、少し考えている。すぐに嬉しそうな顔、思い出したみたい。
 「でね、ここにきた人は、みんな帰ってくださいって言ってた」
リースはあたりを見渡した、どこにも家はない。  「おじいちゃんはどこにいるの」
女の子は少し困った顔をした。何か悪い事でもきいたのかな。
 「わたしのおじいちゃんって、みんなに会いたがらないの」
 「どうして……」
そう聞くと、すごく考え始めた。イーといいながら頭を抱えてしまったので、リースはいいよ、いいよという。
 「なんか、むつかしいこと言ってたからわかんない」
 「ごめんねぇ、どんなおじいちゃんなの……」
 「うーんとね、おおきい、虫」
 「え、虫……」

 でも優しいんだよといいながら女の子は微笑む。刺したりしないしといっている。
途端、リースは耳鳴りをおこした……、この感じ、どこかで……。
そうだ、今日目覚めるとき見ていた夢……。
 「おじいちゃんって、このカベみたいなかんじかしら」
祠の石カベをさすりながら尋ねる。
 「そうだよ、よくわかったね」
まちがいない、記憶がだんだんはっきりしてきた。  「お姉ちゃんたちね、今、すごく大変なの」
すごく悲しそうな声を出していう、女の子は不思議そうな顔をしている。
 「おじいちゃんに助けてもらいたいんだけど、できるかな」
もしかしたら、この最悪の状況を何とかできるかもしれない。
ここで断られたら、誰かが死んでしまう。――きっとナムが一番初めに……。
女の子は軽快に頷く。
 「うん、おじいちゃんは、困ってる人はつれて来いっていってた」
いっきに喜びがリースの心を満たした。  「ありがとう、友達が怪我してるの」
 「ウチのおじいちゃんは、どんな怪我も治しちゃうんだよ」
じゃあ、はやく行こうと、女の子が言った。

 リースはちょっとまっててね、といって、祠にはいり、ナムを抱え起こす。
不思議そうにしている男の子に声をかけ、助かるかもしれないわよと告げる。二人ともよろよろと起き上がってリースに続いた。外では女の子が手招きしており、ついていく。途中
 「お名前聞いてなかったわね、あたしはリース、あなたは……」
女の子はにっこり笑って、  「ネネよ」

 祠から少し進むとちょうど、切れ込みになっていて、ちょっと見ただけじゃあ気がつかない場所に洞窟があった。
ここよといいながら女の子は中に入っていく。入り口は極端に狭くなっており、ひんやりとした空気が流れ出ている。

 リースはそこに入る前に、少し心構えをした。
これが、そう、『渦』の入り口だとわかっていたからだ。






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