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洞窟の中の空気は割とひんやりしていて、中はそんなに狭くない。大人二人ぐらいが並んで歩いても余裕がある。
不思議な事に、岩自体が緑色の光を発している。そのおかげで暗くない。滑らかな波みたいに、カベ全体が歪んでいるせいで、リースは、眼球の奥がグネグネする錯覚を起こす。
ナムはリースの背中で、苦しそうな息をしており、いまだに気を失っている。背は高いが、細身なので運ぶ事はそう辛くない。
リース達は、時々濡れた苔で滑りそうになりながら、ネネの後についていく。どこまでも続く洞窟は複雑に分岐しており、もし、ネネがいなくなったら、帰ることも出来ないかもしれない。
ネネは、嬉しそうに跳ねながら、一度も苔に足をとられる事なく洞窟を抜けていく。今までここに人がきた事があるんだろうか……
リースは男の子に声をかける。
「そういえば、あたし達が会ったのって、この実践訓練が初めてだよね」
長髪の男の子が、無理やりか、疲れたような笑みを作ってみせ。
「うん、でも、その前から、君の事はしってたけどね」
「え……、本当に……」
男の子は、苔に足をとられそうになりながら、うつむいたまま
「なんかさ、女の子の中じゃあ珍しく、攻撃的な法術が得意だったから――」鼻をかきながら、「顔は可愛いけど、怒らせると……みたいなふうに、みんなで言ってた事があったんだ」
そこで、もう一人の小柄な男の子が口をはさんできた。
「そうそう、男子の中じゃ結構、君に憧れてるって言ってるヤツ多かったんだよ」
リースは少し恥ずかしくなって、なんと答えたら良いものかわからず、とりあえずは、石の苔で滑らないように集中する事にした。
「俺は、ロウジ」
長髪の男の子が突然そういう。
「こいつがラッカ」
紹介されて少し恥ずかしそうにする。
リースは、ロウジとラッカの方に向き、
「えーと、あたしはリース」
知っているといっている相手に名を名のるのは、少し、おかしな気分だ。
「おねえちゃんたち、ねえ、はやくぅー」
ネネが少し上り坂になったところで、嬉しそうに飛び跳ねながら言っている。リース達がそっちに急ぐと、すぐに、その先の闇に入っていった。
リース達もその闇に入ると、小さく光が見える。外に出るのだろうか……。
そのまま、まっすぐ歩いていく。
途中ラッカが岩に足をかけ、突き出た鍾乳石に肩をぶつける。ロウジが心配するが、そうひどくはないみたいだ。リースの背中では、ナムは相変わらず苦しそうに呼吸している。小さな声で、リースはナムに、もうすぐだからね――という。ラッカが二度ほど頭をぶつけ、少ししたところで、全員は光に包まれた。
そこには水晶の柱が十数本あり、どれも、天井を突き抜けるまで伸びていた。内在している、数千億もある、個々の粒子が、外の光を溜め込んでは、硬い音を立てるよう、乱反射しており、ドーム状の空間を照らしている。水晶柱は、床につく頃、マーブル状の鍾乳石と溶け合うようになっている。
――ネネは……、このまま、まっすぐ行ったところの、石の上に腰掛けて、ほっぺを膨らませたりしながら、足をぷらぷらさせている。リースは、そこからまっすぐのところに、立派な黒曜石造りの、長細い半球状の建物を見た。
ネネは、リースたちが出てきたのを確認すると、「早く、こっち」岩から飛び降り、そのまま走って、黒曜石の建物に入っていく。
ネネの後について黒曜石の建物に入ったリースたちは、くすんだ、土器のような生き物をみた。
ロウジは息を呑み、ラッカにいたっては小さく悲鳴をあげた。
そいつは、ネネの靴についた泥を、甲殻質の前足(小さな指が片手に十本ついている)で丁寧にぬぐってやっている。
床にはボロボロの布切れがあり、そこが生き物の場所のようだ。床は、硬質で、赤黒い石が敷き詰められ、ピッタリとくっ付きあっている、石畳で出来ており、高密度な重圧がリースの足にも伝わってくるようだ。それに、ここには、なんともいえない気の流れがある。
少し、空気がキィィンとしてきて、
「ネねに、お客さンとはメズらシィな」
――と、こえがどこからともなく、聞こえる。
「きょう朝、君ニ『結節』したが、ワかっタかな……」
リースに向かって、そんな声が届く。機械的。
「そノ胸につけてイるペンダントが、私ヲ呼んだ」
そう言うと、甲殻生物は、ネネの靴から掻き落とした泥を食べてしまう。
「ええ、もしあの夢を見なかったら今ごろわたしは……」
「君ノ見てイタ夢は、また、ワたしを懐かしくサせた」
「え、あたしの夢が、懐かしいって……」
ああ、と言いながら、甲殻生物はリースにガサガサ近寄ってくる。
「ソの子ヲ、見せなさい」
リースは、まだ気を失ったままのナムを、急激に動かさないよう気をつけながら、ゆっくり床に下ろす。
甲殻生物はナムの服を脱がせ始めたので、リースは急いでラッカとロウジを外に出す。寂しそうな顔をしているが、知らない。
中に戻ると、ナムが丸裸にされており、胸の辺りにどす黒く痣ができていた。
「これハ、ヒドい、肺ニ肋骨がさサってイる」
言葉の意味を反復したリースは、軽くめまいを起こした。人って、獣にしたら、すごく脆いもんなんだ。あの時のナムの消え入りそうな微笑を思い出してしまって、涙が出そうになる。
左足を見ると、こっちまで痛くなるほどの腫れ方をしている。さっきよりもひどくなっている。――神様、どうかナムを助けてあげてください。
甲殻生物はこういう――
「今ヨり、失ワれタ太古の医学ヲ君に見せヨう」
治療中、ネネはおとなしく、黒板石に石灰で何かを描いて遊んでいた。
リースは驚きのため、しばらく、夢見ごこちで治療を見守っていた。甲殻生物がその十本もある指を光らせながら、ナムの体の上を通過させると、見えるか見えないかほどの、細い糸のようなものが何万本と、傷の中に入っていくのがわかった。
そして、患部が見る見る元の状態に戻っていった。
甲殻生物が、説明してくれたところによると、この治療は『モノ』なら全てがもっている原形回帰の性質を利用したものとか……
――リース達戦闘法師にはできないが、回復の為の法力は、確かにある。
ただ、それは自然治癒力を促すだけで、治りが本来より数日早くなるって程度のものだ。
これは、まるで崩れていた粘土を直すように、傷を癒していく。
ナムの体はいまじゃあ、すっかり、何もなかったようになっている。気持ちよさそうに寝息を立てている。
信じられない……こんな法力がこの世にあったなんて。
「いったい、どういう種類の法力をつかったんですか……」
「こレは、ローぉムの時代に生マれタ、インフェーブの技法ダ」
――インフェーブ。どこかで聞いたような。それに、ローム時代って……。
「あの、インフェーブって一体、何なんですか……」
甲殻生物は、すこし、考えをめぐらすふうをみせ。
「君たチは、『無限法力』と呼んでイルよウだが」
無限法力、思わずリースは叫んでしまう。ネネがビックリして、こっちを見る。
「知っテ、いルのかイ……」
「はい、でも、わたし達じゃ、ちゃんとした結果が出せないから」
ネネが、またお絵かきに戻る。
「――使われたところを見た事がないんです」
甲殻生物は、ほうといい、
「君ノそのペンダントかラ、ワずかにインフェーブを感じルが……」
そして、リースはフィルが、『無限法力』を研究していた事を思い出す。いったい、どのようにすれば、無限法力を使う事ができるのだろう。無限法力の概要を、昔、授業でやったが、リースには、難しすぎた。
確か、現在では、大半が実現不能だと言われていたように、記憶している。しかし……発現方法は確かに存在したのだ。
「一体どのようにすれば、発現させることができるんですか……」
甲殻生物は、こういう……
「君ノ友達が、モうスぐ、本物のインフェーブヲ発現サせル」
「君ニも、教エてあげよう、きッとこレカラ役ニ立ツ」
黄金の出会いへ
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