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朝、フィルは『ロジャームース』で穀物粥を、食べている。目の前には、昨晩出会った老人がいる。
院は今日も休みだ。リースたちは、拠点を祠に移せたのだろうか、無事であればいいが……
昨夜、フィルの部屋に老人は下宿したが、ベッドの心配をよそに、老人は床で座禅をくんで瞑想状態に入り、そのまま朝を迎えた。
フィルがいくら、感覚を研ぎ澄ませてみても、瞑想状態に入った老人の存在を掴む事ができなかった。目で確認できるのに、存在そのものは、ぼんやりとした残像しか見えないのだ。――まるで、記憶にわずかに残ったもののような、不思議な感覚を起こさせた。
フィルがいつものように、穀物粥をそしゃくしている間中、老人はゆっくりと、コップ一杯の水を飲んでいた。
食物はここ数百年とった記憶がないらしい。老人の食事は水と日光だという。まるで植物じゃないかと、フィルが言うと、老人は、それが長生きの秘訣さと笑った。
老人の名はシャオタム。東の大陸の古代の名前。
賢者シャオタム、……圧倒的な法力を持って、数千年、様々な国の歴史を変えた天才。
そんな人が、いまフィルの目の前にいる。
最初フィルには、人間が数千年も生きるなんて信じられなかった。
だが、賢者シャオタムは、昨夜、このラムダの街に帰ってくる途中、老衰した犬を見事若返らせ、枯れかけた木を青々と茂らせたのだ。――信じるしかない。
きっと、それが『インフェーブ』の力なのだろう。
シャオタム老人は巨きな掌を目の前に掲げ、指を2本立てる。
「インフェーブを使いこなすために、重要な事が2つある。」
指を一本ずつ折り曲げながら
「一つは『点』をどれだけ明確に認識しているか、もう一つは、それらをエレガントに方向づける、キミの想念による公式だ」
「僕には、『点』がどんなものなのか、わからないです……」
シャオタムはゆっくり頷くと、テーブルに置いてある、コップを指で触る。すると、コップはなんの音もなく割れ、5つほどの欠片に変わる。今度は、その欠片一つを指で触り、さらに砕く。それを3回ほど繰り返し、目では確認できないほどの大きさの粒ができた。
「これ以上は、人間の力では砕けないのはわかるな――つまり、ものを『成す』、最も小さいものの認識はそこで止まる……」
フィルは頷く。
「だがワシがいう『点』とは、究極的に分割してしまえば、こんな小さなものの中にも、この世界全体と同じ量あるのだ」
シャオタムが、破片の上を手でかざすと、それらはどういうわけか完全に元の形に戻る。
「つまり、同じレヴェルの無限がここにあるんだ」
そういわれても、なお、フィルにはイメージが浮かばなかった。――この世界と同じ量があんな粒にあるだって……そんなばかな――。
フィルの気持ちを見抜いたように、シャオタムは微笑むと
「では、一本の線を想い浮かべてみろ」
フィルは黒い線が紙の上に描かれているのを思い浮かべた……。
「それはいったい幾つの点で成っている……」
フィルは少し考え、
「五百個もあれば線を成すと思います」
シャオタムは頷くと
「だがな、一億だろうと、1兆だろうと線に成るはずだ。数の大きさの可能性は、無限にあるはずなんだ」
フィルは、そこではっとする――
「もしかして、『線』が無限をもって『体』を成しているのでは……しかも、『点』の数は無限の可能性を秘めていて――」
そう言うと、そのとおりだと、シャオタムはフィルの肩を叩き
「今度は、『点』の周りに満ちていて、『点』を『点』足らしめている存在を方向づけすれば、インフェーブはキミのものだ」
シャオタムはにこにこしているが、フィルは困ってしまう。
「そんな簡単に方向づけなんてできるんですか……」
シャオタムはフィルに乗せた手に力を込め、
「できるとも、我々は、『点』なんかより、遥かに高次の存在だ」
――と、自らの頭を人差し指でつつきながらいう。
店を出ると、フィルたちはロームの樹を目指す。シャオタムがいうには、あそこが、ここらで一番インフェーブを活性化することができるらしいのだ。
フィルの心臓はこれから始まるであろう、新しい経験を感じて激しく鼓動している。
ロームの樹に着いて初めにシャオタムがやって見せたのは、そこらに転がっている土塊を水晶に変えることだった。
フィルも挑戦する。
始めに、土塊が内在させている粒子を感じる。限りない粒が内的視野に確認でき、フィルはその粒子の力強さに感嘆の悲鳴を上げた。
一度、その動きを把握してしまうと、気よりも遥かに莫大な量のエネルギイがそこらじゅうで渦巻いているのが解った。――世界は高密度だ。
やがて、粒子をさらに細かく分解して見てみる。その瞬間、とてつもない連鎖が確認できた。次から次へと沸きあがる、『点』の実存を肌で感じ、フィルは腰を抜かしそうになった。――無限だ……これがとてつもなく、果てしない無限なのだ。
フィルが目を開けてみると、世界は一変していた。光がここまで豊かな波長を持っていたのかと唖然としてしまう。宇宙からパチパチとした光が降り注いでいる。今まで見たこともない光が、波が、世界を形作っている。――そう、フィルには感じられた。
フィルは気分が高揚し、シャオタムが作った、水晶の『点』の動きを把握すると、一気に、狙いを定めた土塊の『点』を同じベクトルに書き換えようとする。
何度か試みて、『点』を包むエネルギイを感じた瞬間、それは起こった。
いまや、土塊だったものは、完全な水晶と化しており、美しく光を受けて輝いていた。
シャオタムは手を叩く。
「素晴らしい、やはりキミの才能は本物だ」
にこにことしながら
「ワシも正直ここまでの速度で体得してしまうとは思わんかったよ」
フィルの肩にてをおくと、
「他に類を見ない、抜群の感性を持っている」
瞑想の暗黒へ
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