9 瞑想の暗黒

 太陽が沈みかけたころ、リースは、気ではない力で、石の内部を破壊する方法を習得していた。
ロウジは、その前の段階である、砂を一粒ずつ自由に動かすところまで出来た。
ラッカはいまだに、インフェーブを発現させようとすると『気』を使ってしまい、巧く波に乗せることが出来ない。半泣きになっている。

 リース達が甲殻生物に教えてもらったのは、『点』の周りに流れるエネルギイを意識でコントロールするっていうことだ。
甲殻生物は『点』の周りのエネルギイの事を『純粋エーテル』と呼んでいた。リースたちの体を『純粋エーテル』で満たしてくれ、特有のすべすべした感覚を、体感によってわからせてくれた。

 体感するまで、物質の間を、そんな水のようなエネルギイが流れているとは気付かなかった。
本当に微細な感触で、普通に暮らしていて感じるようなレヴェルのエネルギイではない、『純粋エーテル』とは、こちらが意識で動かすもので、気のように、そこにあるだけで我々の糧になるものではないのだ。

 リース達が訓練しているのは、感覚的な方向づけで、論理的に理解しなくてもいい。感じる事さえ出来れば、誰でもつかう事が出来る。センスの良し悪しは感覚の切り替えができるかどうかのみ。

 午後に受けた治療から半刻ほどして、ナムは眼を覚ましたが、精神的に相当まいってしまって、とても訓練どころではなかった。
リースたちが、インフェーブの概念を理解し始めたとき、ようやく元気を取り戻したようだ。

 夕食はネネが作ってくれた。
小さな手で、とても上手に料理する。
洞窟内に光が差し込む場所があって、そこを畑にしているみたいだ。
摘んできたばかりの山菜と穀物を、イノシシの干し肉と煮込んで、雑炊を作ってくれた。ホクホクしていてとってもおいしい。

甲殻生物が、自分で作った水晶をかじりながら、イノシシを捕ったのはネネだと教えてくれた。こんな小さな子がどうやって捕ったんだろうと不思議に思っていると、甲殻生物はそれを察したかのよう、「ネねもまタ、インフェーブがつかエルのダ」という――。
ラッカが少し悲しそうな顔をする。

 元気出せよとロウジがラッカの背中を叩くと、むせ込んでしまって、涙目。その情けなさにナムとリースが思わず吹き出すと、ラッカは真っ赤な顔をしてほっぺを膨らませる。
リースは思わず、かわいいーと、ほっぺの膨らみを指で押す。空気がためらいながら漏れる音が、あまりに卑猥だったので、全員で大笑いした。――ナムも少し元気になったみたい。よかった。

 リース達は食事の片付けを済ませると早速全員で瞑想を始める。ネネも一緒だ。みんなに習って、可愛らしく座禅を組む。
全員が瞑想状態に入ると、辺りには、洞窟を伝う水の音しかしなくなっている。
リースは、いままで暗闇だった感覚が、インフェーブの為か、全て活性化したのを感じながら、無想状態に移行する。

 すると、それは突然起こった。これまで、感じた事もない、イメージが流れ込んできたのだ。
リースの自我が、体からすり抜け、急激に小さな点になったかと思うと、『流れ』の中にいた。
無限の粒子が、物凄い速度で、リースの意識をすり抜けていく。――通過の瞬間、完全に調和した『和音』が、全身を鳴らせているのを感じる。
繰り返すごとに速度をまし、無限の加速に入る。
そのうち、リースは『ここ』と『彼方』に明確な区別がつかなくなり、『かつて』と『いつか』が混ざっていく。
――もしかしてここは、天国なのかも。

 しばらく、それを感じていると、全ての感覚は混ざりきってしまった。
ただ一つだけ、内臓を焦がしそうな嫌悪をもよおす、どす黒い塊だけを残して――
そいつはしだいに渦をなしていき、リースがつながっている感覚達を食い殺していく。内部は、阿鼻叫喚、悪臭、剥げる皮膚、排泄物、飛び散る柔らかいもの……
逃げなくてはいけない気がして、リースは必死でもがくが、どんどん渦に引き寄せられていく……。

 そのとき、全員の感覚が現実に戻った。
ロウジとラッカが、ひっくり返りそうになりながら同時に悲鳴を上げる。
ネネは大粒の涙を溜め、泣きそうになりながら、リースの胸に飛び込む。
ナムは口に手をあてて、青ざめている。

 甲殻生物は全員が落ち着いた後、こういった。
 「こレかラ来ル、狂気ノ時代の波動を感ジたようダね」
そう言うと、前脚を凄まじい速度で動かし、何かを紡ぎ上げていった。しばらくすると、そこには、一枚の布があった。
紫の地に細い線で二重の円が書いてあり、真ん中には金糸で鳥のような絵が描いてあった。

 「昨夜、ローぉムの巨鳥が蘇っタ……ヤツのエねルぎイが、古代国家ノ兵士達ヲ、世界中の悪シき生命ヲ活性化サせル」
リースははっとした。
 「昨日、あたし夜の巨人の上を飛ぶ大きな鳥を見たんです」

 甲殻生物は、布を指先で突き刺し、上に掲げる
 「そイツは、コの、ロームの国旗に描かレタ神鳥ダ……今朝、きミ達ヲ襲っタ獣も、ヤツのエねルぎイヲ受けテ凶暴化しタ」
リースは全員の眼が恐怖に歪むのを感じた。
 「なぜ、神鳥は、蘇ったんですか……」
ナムが小さな声でそう聞いた。
 「ヤツの主デあル、デュ・ムド神の遺伝子ヲ持つ者ガ、自ラの力を認識したのだ」
デュ・ムド神……一度も聞いた事がない名だ。
 「2万年に一度ダガ、キみ達人間から、完全なデュ・ムド神の遺伝子ヲ持ッタ者が生まレル……」

 それがいったい――とリースが聞こうとすると
 「ローム文明ヲ創り上ゲた天才ダ――別名、『知識神』トいウ、デュ・ムド神の能力は何ヲせズとも、周りの人間達ヲ狂ワすのダ」






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