|
咆哮が後ろから聞こえる。
リースは、インフェーブが生み出す、強靭な筋肉運動によって、木々の間をすり抜けてゆく。葉が光の中できらめくのが、残像に残るほどの速度。
しばらくすると、開けたところに飛び出した。――黒々とした物が山積みになっている。
リースは振りかえる。凄まじい音を立て、木をへし折り、獣が三匹、次々と飛びかかってきた。
半身獣、馬の下半身、上半身は猿――
リースは手を軽く開き、半身獣に向ける。
獣は、リースに触れるぎりぎりの所で、あらゆる個所から、骨の砕ける音をだしてひん曲がり、リースの横をかすめると、後方に向かって吹っ飛んでいく。
三匹とも狙ったように、黒々とした山に突っ込んでいき、動かなくなる。
いま、リースの周りには、とんでもなく強力な重力場が、様々な角度から打ち寄せ、渦巻いており、周囲5フィート以内に近づくと、綿のようにからめ取られ、ぐしゃぐしゃに潰されたあと、任意の方向に吐き出される。
――獣は重なり山になっていた。
『甲殻生物』の住む洞窟から10マイルほど離れた場所で、リース達は今、『獣狩り』をしていた。
突然狂暴化した獣達を、この先にある小さな集落へ行かせないようにしているのだ。
実際、2度ほどその集落は獣に襲われており、何人かが殺された。
――リースたちは人知れず、獣を倒している。
インフェーブをあまり人に知られるのはまずい……なぜなら、ロームを象徴する技法であり、『力』そのものだ。
人前で使用して、無用な混乱を起こすことは避けたい。
騒がしくなってきて、ロウジが、茂みから飛び出してきた。すぐ後に、実践訓練初日に、リースの班の戦闘法師を襲った、コウモリの化け物のような獣が飛びだす。
ロウジが腕を振り下ろしながら振り向くと、あたりの景色が歪む。――重力の湾曲。
グシャリと、恐ろしげな音を立て、獣は地面に叩き付けられる。ひしゃげた頭蓋骨が割れて、肉塊がはみ出る。
木が折れる音をあげながら、獣が吹き飛んできて、死体の山に激突する。
――もう動いていない。
ナムがゆっくり茂みから出てくる。
「あーあ」わざとらしくため息をついてみせ「あんたってばなんて殺しかたしてんの」
ロウジが潰した獣を指差しいう。
「こんな殺しかたしたら、後で片づけるの大変じゃない……」
ロウジはブツブツ言いながら、砂を動かし、獣を死体の山へ乗せる。血がベッタリと動いた跡を残す。
「こうすりゃいいんだろう……」
そう言いながら、ロウジが一念を投じると、血はただの水になって地面に吸い込まれていった。
それを見ていたリースは、ふと思い出す。
「そういえば――」
リースは2人の顔を見ながら
「ラッカはまだなの……」
全員の顔が強張る。
ラッカは、獣を3匹倒したところで、どう運んで行くかを考えていた。
始めの頃、『気』を使ってしまって、うまくいかなかったインフェーブも、1週間たった今では結構上手く使えるようになっていた。
死体の下の地面の砂を、流動させて運ぼうと思い立ち、インフェーブを練りはじめた――すると、後頭部を殴られるような衝撃が走った。
ふりかえると、とんでもない『覇気』が、岩陰から放たれいる。
――これは、獣の挑戦だ。……ラッカは直感で感じとった。
岩陰まで駆け寄り、覗き込むと、そこには、こちらに向かってあぐらを組んだ角の生えた人間――鬼がいた。
鬼は閉じていた目を開くと、どういう速度か、一瞬の間にラッカの目の前に飛び込んできた。
9フィートはある躯で、艶のない鉄みたいな皮膚、ズル剥けた頭皮に、歪んだツノが4本でている。眼は濁っている白と灰色で――
ラッカは、咄嗟に重力で防壁を作り上げた。恐ろしい轟音が鳴り響き、殴りかかってきた、鬼の拳を弾く。――いったい、何トンの拳圧をしているのか……
山にこだまする轟音を、リース達は聞いた。
リースは感覚を研ぎ澄まし、ラッカのいる方角を見極める。
……ラッカの発するパルスが感じ取れた。
「こっちよ」
全員で駆け出す。インフェーブで風に乗り、筋力を開放して――。
風が巻き起こる速度で、拳を弾かれた鬼は後ろへ飛んだ。
――微笑んでる。
「やっぱり」
ラッカが気づくと、鬼は心に話し掛けてきた。
「古代の法じゃ」
突然で、意味がわからなかったが、なぜ鬼が知っているのだろう……。
「自滅の業」
……自滅の業、その言葉で強烈に不吉な予感がラッカの心をすり抜ける
。
「い、いったい、どういうことだ……」
鬼は笑ったまま
「騙されておる」
そう言うと、身をひるがえし、凄まじい速度で斜面を登っていった。
――騙されているって、誰にだよ。
その時、茂みがガサガサいったので、驚いて振り向くと、リースたちだった。
「ねえ、さっきの音なんだったの……」
ナムが心配そうに聞いてくる。
「うん、鬼が出たんだ」
ラッカはそういって、指でツノの形を作ってみる。
「それで重力波で防御した時にあんな音がさ――」
ロウジが青ざめた顔で――
「おまえ、それが本当ならとんでもない相手だ」
なんでさ……とラッカが聞く。リースは地面に鬼がつけていった足跡を見ながら……
「あのね、鬼一匹の戦闘能力って、人間の兵隊三千人分なのよ……」
その瞬間、ラッカは腰を抜かし、その場にへたり込む。
鬼がもらした、”騙されている”という言葉が、ラッカの頭の中で繰り返されていた。
試練の胎動へ
|