15 瞥見の後

 火山胴の中、食事も取らず一睡もせず、フィルは一週間かけ、速度に対するコツを掴み、認識を加速する事に成功した。あの瞬間、周りの景色は止まった。立ち上がろうとした法師、誰かが歩いてくる途中蹴飛ばした小石、それらフィルの視覚に入ってくるものすべてが停止したのだ。
加速が進むにつれ、周りの空間が歪み始めた。光の波長が不気味な湾曲を描いて視覚に飛び込み始め、永遠とも思える長い時間、フィルはその空間に留まっていた。

 体感した時間は約三日、その間じゅう、限りなく歪んだ光が形を変えながら眼に届き続けた。やがて、動かなくなった景色は闇に包まれた。絶対的な暗黒、フィルの「認識速度」は光の波、粒子の速さを超えた。

 そうなった時気がついのは、今まで光に紛れて気がつかなかったもっと別な粒子だ、光の速度を超えた今になって初めて認識が出来るという事はとんでもない速度で世界を動き回っているのだろう……
しかし、その粒子の動きを見ると、この空間に留まっている物質じゃあないようだ、いやむしろこの”時間”にいたりいなかったり……

 物質の情報に探りを入れる。
瞥見の限りでは、そこにある物質は、すでに宇宙の果てにもあり、同時に遥か太古にも、終焉の未来にもある。
考えうる、次元や空間すべてに『同じモノ』が存在しているのだ……
フィルにはそう感じられた――。

 始め、光を超えた事による、幻視的な効果かと思っていたが、どうやら違うようだ、実体があり、普通の物質が減速していく場合に加速する効果をもった虚の性質……
もし自分をこの性質に変化させる事が出来れば、時間を超える事が出来るかもしれない、しかし、精神とは、肉体とは、それ自体が解ってない今はまだまだ無理な話だろう。でもいつか――。

 フィルは思考速度の減速を始める、体感では三日かけて加速してきたが減速はそこまでの時間は係らなかった。凄い速度で光がフィルに向かって来ると、その全体を覆う赤い光は次第に白んでいき、丸みを帯びていた視野はやがて平面的に変わっていく。

 今、目の前の法師はゆっくり起き上がり、蹴飛ばされた小石は地面を転がる。三日以上の時間に感じていた今までの体験は、実は瞬き一つの間の出来事だったのだ――。
もしも、加速状態に入ったうえで、体をコントロール出来れば、どんな速度の攻撃も回避できるだろうが、あの速度に現実の物質を加速してしまうと、空気粒子との摩擦で一瞬のうちに燃え尽きてしまう。
まだまだ、先は長い――。

 逆に、減速を試みればこの断食も一瞬のうちに終わる事になるが、有意義に時間を使いたいので、減速をする事はない。
フィルがこの断食修行で目的としている事は、戦闘で使えるインフェーブの発現だ……。フィルのインフェーブの特性は、物質の変化、武器や防具を強化できる事、――いや、それだけだろうか……

 その時、突如、経験した事のない感覚が押し寄せてきた。それはフィルの感覚に無理矢理入り込み、こう告げる……。
 ――インフェーブ使い達よ、私の名は……デュ・ムド……。
デュ・ムド……その名を聞いたとき、フィルの心臓は大きく波打った。
 ――今、ソナタ達にだけ認識できるレヴェルで語りかけている。
思わず立ち上がり、洞窟の入り口まで出る。声はなお続いて――
 ――人間の進化のため、これから多くの国を滅ぼしていく。栄養を吸い尽くすだけの蛆虫に、この世は勿体無いからな……

 国を滅ぼす……フィルは突然の事に意味をつかむまで時間がかかった。
 ――私と共に戦おうというものよ、私はレスザの国に居る、城をたずねよ、……繰り返す、私はレスザの国の城に居る、この国はもう私が落とした。
レスザの国――あそこの国は、確か強力な法師達が国防を担っているはず……どういう事だ、落としたとは。
 ――家畜と変わらん人間は完全抹殺していく、それが今の私を突き動かす欲望だ……。

 狂っている……フィルはデュ・ムドの強力なインフェーブの波動を確かに感じた。それは今のフィルじゃあ、絶対に太刀打ちできないレヴェルだ。
質がまるで違う、突然薄い刃物で、スッっとどこかの感覚を斬りつけられた気分だ……鋭利過ぎる、いまだに冷くなってしまった感覚があり、黒く疼いてくるようだ……
普通の人間なら、眼をあわせるだけで気が狂ってしまうかもしれない。
ヤツなら、一人でどんな国でも滅ぼせるだろう。
人間の薄っぺらい精神質量じゃあない、表層意識の膜の下で、莫大な重量の精神が唸りをあげていた。

 こちらから語りかける事はできるのだろうか……だが、もうデュ・ムドの精神は途切れており……。
他のインフェーブ使いはどうだろう、この事態をどう考えているのか、わかるかもしれない……
独特な思考の切り替えによって、ある種の波長を探っていくと、懐かしい心が嗅覚をくすぐったような気がした……

 ――もしかして、そう思った瞬間フィルの感覚に飛び込んできたのは、リースだった……
あちらも懐かしさを持って語りかけてきた。
 『あなた……もしかして、フィルなの……』

 一瞬で過去の記憶が大きな波となり押し寄せる。緑炎の塔、夕暮れの涼しい風、巨鳥の声、唇の感触――
耳たぶのピアスがシン……と音を立てたように感じる。リースに初めの頃感じていた刺々しさは、フィルの感情にはもう存在しない。
 『君も、今の声を聞いたのかい……』
少し間をおき――
 『ええ、確かに聞いたわ』
洞窟の外は、久しぶりに雨が上がり雲の隙間から光が差している。水分をふくんだ空気が遠く、ロームの樹をぼかす。
 『これからどうするんだい……』
やさしい光がフィルの顔を撫でる。
 『わたしはデュ・ムドに会いに行こうと思ってる』

 法師たちが洞窟の奥で静かに瞑想をしている、呼吸の音すらほとんど聞こえない……。
 『デュ・ムドに会いに行くだって……まさか戦おうって気を起こしてるんじゃ……』
その問いにリースは即座に返事を返してきた。  『もしかしたらね……ただ、絶対勝てないのはわかる、でもアタシにはしなくちゃあいけないことが出来たの』
フィルが問いを発そうとした瞬間、リースはこういう
 『仲間を助けるのよ……』
仲間を助ける、どういうことだ……
それを聞こうとした瞬間、一方的にリースは思念を消した――
雲は厚みを増していき、もう一雨来そうだ、何があったのか、不安でどうしょうもない感情がフィルを覆い隠す。






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