16 特別な存在

 今、リース達は、雨の降る森の中で、獣達の王ともいうべき化け物と戦っていた。
昨日から降り始めた雨は、雨季に入った時、特有の激しさで、今なお上空から重たい雲が垂れさがっていた――。
少し開けたところから、見下ろす山は、まるで暗黒の雰囲気を持って襲い掛かってくるような、迫力を醸し出している。
そのときロウジが声を上げる。
 「こっちだ」

 リース、ラッカ、ナムは別々な場所から、拡張された筋力で、声のする方に激しく駆け、雨を弾きながら跳躍し集まる。
ロウジは、崖になる手前、ほとんどの地面が柔らかな腐葉土から開放され、荒々しい岩肌を剥き出す場所に居た。
対峙するのは、熊の二倍もある体躯の獣、剥き出された犬歯、垂れ下がるよだれ、吐き出す血なまぐさそうな息、獣のくせに妙に知的な眼光……。

 木を叩き折るような、凄い勢いでリース達もそこに集まる。
今まで散々戦いに用いた、重力の変化では、この獣は倒せないと、全員が解っていた……
なぜなら、この化け物はリース達に襲い掛かりながらも、微妙な自然の変化を見抜き、重力波が効果を現わす領域までよってこない、紙一重のところで必ず回避するのだ……。
 「全員で一斉にやるよ」
ナムが静かにそういう。

 重力を変化させる為の練り込みに入った瞬間、追いつめられた事で逆上した獣がラッカに躍り掛かった。
 「ひっ……」
ラッカは思わず重力波を獣に叩きつけようとしてしまう……。
だが、獣の方もそれは予想してたようで、難なく重力波の塊を避けると、ラッカに、振りかぶり爪をひん剥く。
 「危ない……」
リースは鋭利に潰した重力波を獣に向かって投げつける……少し間に合わず、獣の爪はラッカの服を引き裂き、肉を削り取っていった。
濡れた岩肌の地面にラッカの血が飛び散って――

 獣はリースの投げつけた重力波を難なく避けると、後ろに飛びのき、四つ這いになり、嬉しそうに首をくねらす。
ラッカはみるみる蒼白になり、「ああああ……」と小さくうめく……

 「よくも、てめぇ」
ロウジが重力波を体にまとい、獣に突っ込む……。だが獣は速く、ロウジの軌道から少しずれるだけで軽く避けてしまう。
そして獣はロウジの重力波が、背中まで保護してない事を一瞬で見抜き、爪をたてた……
激痛に身をそらし、地面に転がるロウジ。
その勢いのまま、獣は仰け反ると、ナムに向かって飛び掛かる、ナムは障壁をつくるのが精いっぱいだったけれど、獣は重力波を避け飛びのいた……。

 この獣は、闘いという事になれてる、むしろ楽しんでいるように思う――絶対に盲目的に襲い掛かってこない、計算高さ、狡賢さが他の獣に比べ桁が違う……。
どうする……このままじゃあ、勝算が見込めない、何か方法を考えないと……

 リースは重力波を鞭のように撓らせると、獣に向かって叩き付けた……
 「ナム、左から重力波を」
獣は鞭を軽々避けてしまう。次にはナムの重力波が唸りを上げて飛んできたが体をずらしただけで回避してしまった。
その瞬間、獣の下の地面が崩れる……リースが、鞭を打った瞬間に、重力波を地面に走らせておいたのだ――踏み込む事ができなくなって、獣は倒れそうになる、一瞬のスキ……ナムが重力波を獣に叩き込んだ、あばら骨がヘシャげる耳障りな音が響く。
リースは鋭利に潰し上げた重力波で獣を斬りつける。バックリと獣の胸から腹部にかけ、肉が割れる。

 ベコッっと音がして、獣の頭蓋がつぶれた。傷口を押さえたラッカが、重力波を獣の頭に集中させたのだ。そのまま獣は倒れ込み、動かなくなった。

 ロウジが背中に受けた傷の痛みで、泥に塗れながら、地面に倒れたままもがいている。
ラッカは肩から胸にかけて、裂かれてしまった肉を押さえかたひざをついた。
ナムはロウジに駆寄り、どうしよう、とリースに聞く。
しばらく呆然としていたリースは、気を取り直し、
 「二人で洞窟まで連れて行きましょう」

 今回の獣は予想以上の強さだった。
リースとナムはそれぞれ、ラッカ、ロウジの傷がこれ以上開かないよう、気をつけながら抱え起こすと、肩を貸しながら、痛みに苦悶する二人を連れてかえろうとした……
その時、インフェーブ特有のきらめきが、あたりの空気を包む。
何事かと、足を止めたリース達の前に、見たことのない男と、泣きじゃくるネネが現れた――

 「ほう、なかなか筋がよさそうなのを揃えてくれてるじゃあないか……」
男はニヤニヤしながらリース達の顔を見まわす。二人の周りを雨が避けている。
 「一緒に来てもらおう」
リース達は、突然のことで訳が分からなかったが、
 「おねえちゃん……」
泣きながらそういうネネの声で、我に帰ったリースは、できるだけ怪訝そうな顔をして――
 「あんた誰よ」
男は、思わず吹き出しそうな顔をして、こういう。
 「オレは、デュ・ムド様の使いの者で、メイアドという」
そしてわざとらしくかぶりを振りながら
 「お前達はな、デュ・ムド様の兵隊となるべく生まれてきたのだよ」
メイアドの言葉の抑揚は、この地方のものじゃあない。ロウジが痛みをこらえた声で
 「兵隊になるだって、馬鹿いうな、なんでおれたちが――」

 嫌がっているネネの腕をつかむと、こっちに向かって手をだし
 「ついてこい、そうすればすべてがわかるだろう……」
ロウジはナムの腕を振りほどくとメイアドに向かっていき――
 「やめろよ、ネネちゃん嫌がってるだろ」
――途端、ロウジは雨でぐちゃぐちゃの地面に叩きふせられてしまう。
 「な……あんた、なにすんのよ」
ナムがメイアドに向かって重力波を飛ばす。
 「はは、まだ、訓練が必要だな」
そう言いながら、重力波に向かって手をかざすと、重力波は力を失い消滅した。
 「インフェーブ使いは、デュ・ムド様の役に立てなければ生きている価値がない」
メイアドはいきなり、真剣な顔付きになってそういう。

 「さあ、ぐずぐずするな、お前達の力をデュ・ムド神様に託すのだ」
ナムは、メイアドを睨み付けながら、倒れてしまっているロウジを助け起こす。
その時、リースはふと疑問が湧きこういう……
 「ネネちゃん、おじいちゃんはどう言ってるの……」
すると、ネネは大声で泣き始め
 「今まで私を、だましてたんだって、お母さんも、お父さんも、おじいちゃんが殺したんだって……」

 リースは、一瞬めまいを起こしてしまった。
そして蘇ってくる記憶……不吉な悪夢、石像をつたうどす黒い液体……
 「貴様ら、騙されてるのにまったく気がつかなかったのか……」
メイアドは今にも笑いだしそうな顔でリース達を眺める。
 「あのイキモノはな、ローム時代……2万年前から、デュ・ムド様が復活するまで、インフェーブ使いを集めるため、造られたのだ……」
さあ、といってメイアドは天を仰ぐと、眼を見開く……
あたりの空間が歪み始めた――

 今まで感じた事もないインフェーブの「方向」が感じられる……。
その時、今まで黙っていたラッカがこういう――
 「鬼の言ってた事は本当だったんだ……」
え――リースが聞こうとしたとき、周りの景色がにじみ始めた。
 「きゃあああ」
ナムが叫ぶ。
 「移動を開始した、泣こうが喚こうが、もう帰れないぞ――」
リースは、突然自分が巨大な怒りおぼえている事に気がついた……ちいさなネネをだまし、親まで殺すなんて――
 「お前の好きにはさせない――」
音がなぜか間延びし始めた空間でリースはメイアドに重力波を叩き付ける。
メイアドは軽くそれをはじくと、なかなか速いじゃあないかと、リースの体を、何か透明で、動くと膨らむような『気』で縛り付けた……
動けば動くほど圧迫され、胃の中身が押し出されそうになった。

 すると、動けなくなったリースの胸元が熱を持ち始め、縛り付けている『気』を吸収し始めた……
メイアドは、ほう、と感心したようにそれを見ながら……
 「なるほど、お前がそうか――おまえが――」
リースの目の前は急激に暗くなる――ラッカが何かを叫ぶのが聞こえる……
――リース、リースが消えていく……



 気がつくと、雨で濡れた髪が頬に張り付き、獣が足元で倒れている。
リースは今一人で、先ほどの戦闘があった崖の手前に立っていた。
なにが起きたのかしばらく考えられなかったが……ふと胸元が熱を帯びていて、そこを触ってみると、インフェーブの波が感じられた。
――ペンダント。そう思い取り出してみる……フィルからもらったペンダントがメイアドの『気』を吸収してくれたのだ……
そして、騙されていたという、悲しみの感情が沸き上がるのと、なぜ自分だけが残ったのかという疑問で、リースはしばらくそこを動けなかった。

 リースはそれから甲殻生物のいる洞窟に向かった……
ネネをだましていたなんて、みんなをだましていたなんて――
――しかし、リースは呆然とした……洞窟があった場所には何もなく……ただ何百年と風雨に晒された岩があるのみだった。
あの洞窟は――そうリースがあたりを見まわすと、突如耳鳴りが始まった。
 「キみハ、特別だッタ様ダね……」
甲殻生物の声が響く……
 「ヤハり、繰り返スのか」
リースはどこにも甲殻生物がいない事を不思議に思いながら。
 「あたし達をだましてたのね、あんた、ネネの親を殺したの……」
その問いにたいして、甲殻生物はこういう。
 「ドノ道、デュ・ムドには関わらなケればナラない。どンな形デもな。――ソれから、ネネの親ハ生キておる。アの子ハ捨て子だ……」
リースは、ネネの親が生きている事で少し気が楽になった。
 「私の元ヲ離レ、ネネが本当ノ事ヲ知っテしマう前に、怒りヲ私に向ケサせたホウが生きルチからが出ルと思っタからダ」
リースは聞く。 「どういう事……」
 「絶望ヨり、怒りヲ持っテいタ方ガいイ……」

 甲殻生物の声はそこで途切れた――
リースは雨が打ち付ける森の、木々の、葉の音の中に飲まれていくような気分だった……。






都にて再開へ




トップへ