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雨季の雨は止み、フィルとハーヴは結局、デュ・ムドのいる都を、見おろせる所まで来ていた。
そこは、この国の中央勢力が集まる都で、法力師達のあこがれである、法力を使った国防がなされていた。
確かにここにくる途中聞いた噂で国の雰囲気がおかしいのがわかった。
もしかしたら本当に法力師達は皆殺しになったのかもしれない……。
フィルは、数百人からなる法力部隊が、たった一人の人間によって全滅させられたのかと考え、悪寒が背中を滑る……
デュ・ムドの声が届いた時、ハーヴは、巨人との闘いで、全身を打撲して、身動きが取れない状態だった。フィルの瞑想修行の間、巨人の洞窟に留まり、内在させる自らのエーテルで、それらの傷を癒したのだが、もし通常の人間なら即死しているダメージだった。
天性の打たれづよさと、鍛え上げられた強靭な肉体がハーヴを助けた。エーテルが、ハーヴを驚くべき速度で、「元のカタチ」へと戻し、命が肉体という器を離れる事が無いよう、押し留めてくれる。
たった、一週間で、複雑骨折した個所も完全に治った……。
ハーヴは道すがら、デュ・ムドに殺されかけたとき、助けてくれた生き物とのやり取りを話した。
ソイツは、真っ白の綿毛に包まれていて、楕円の体から、蜘蛛のように長い脚が30本ほど伸びており、それらを器用に動かして移動する。
ハーヴが、まったく見たことの無い種類の獣だったらしい。
ハーヴは、インフェーブでどうこうするタイプではないが、エーテルの動きが活発で、反射神経、動体視力、筋繊維が常人とは比べ物にならない発達をしていたので、戦闘型のエーテル使いになる為の修行をその生き物と開始した。
エーテル使いは、自らの肉体を変化、強化する事ができる。
普通の人間の大半は、「気」でその能力に近いものを得る事ができるが、エーテルは質、桁共に別レヴェルだ。
気は万物にみなぎる燃焼素材、エーテルは「気」を存在させるための、さらに微細なエネルギイで、加算無限の限界を超えた無限の存在、高尚な知性の存在にしか使いこなせない、難解なる法。
綿毛の生き物はいつもこういっていたらしい。
「ローム文明ノ因果に関ワる人間を育てテルダけだ」
ローム文明の因果……、いったい2万年前に何が起きたのかわからないけれど、その歴史の何かが、今起きようとしている事に関わりあるのだ……。
リースは声が聞こえてすぐにデュ・ムドに会う為ここに向かったのだろうか……
仲間を助けるらしいが、一人で太刀打ちできる相手じゃあない。
やがて、フィルとハーヴは都の中心までの大通りを行く。
大通りに人影はなく、恐ろしげな雰囲気。たまに道端にへたり込む浮浪者は、気力を失った目で口を開け、よだれを垂らしていた。
そいつにハーヴは何事かと尋ねてみるが、言葉にならないうめきを発するだけで、何の解決にもならない……
これだけじゃあ、判断のつけようが無い。でも、平日の昼下がりにこれは異常な事態だ。
見上げると、空気の粒子にぼかされ、そびえる高い城がある。あそこにデュ・ムドは居る。なぜなら、時折すさまじいインフェーブのうねりが巻き起こり城の一角に集中しているからだ。――何をしているというのか、こんな凄まじいうねりを出すインフェーブの全容がつかめない。
今まで感じた事も無い種類のエネルギイ……
得体の知れないインフェーブが、フィルの脳裏に覚醒という言葉をうかびあがらせる……
その時、右の暗くなった路地からインフェーブが瞬く。
フィルは構え、ハーヴは剣の柄に手をかけた……
だが、そのインフェーブの輝きで、フィルに懐かしさが蘇る。
――賢者シャオタム。
「いこう、僕の知り合いだ……」
戸惑うハーヴの腕を引き、フィルは路地に駆け込む。
少し坂になった石畳の路をいくと、排気口から湯気をだす建物があり、この閑散とした街からは考えられない、インフェーブの輝きもあそこからだ……。
大きな真鍮の蝶番のドアをゆっくりと開け、光が空気中の埃を一筋として浮かび上がらせるなか、フィルとハーヴは入っていく……。
台所では、小さな炎で何かがコトコト煮込まれており、心地よい香りが部屋中を満たしている。
インフェーブの輝きはこの建物の地下から響いてきて……。
地下まで続く細い階段を降り、扉を開けると、そこにシャオタムは居た。部屋の真ん中にある椅子にゆったりと座っており、こちらを向いて微笑んでいる。それだけじゃあない、隣の椅子に腰掛け、分厚い本をめくる女、肩までの黒髪、細くてもしっかりとした肢体。リースだ……。
「シャオタム、リース……」
フィルは何から聞いていいものか迷ってしまったが、先に口を開いたのはリースだった。
「おそいよキミ、待ってたんだから……」
――でも、顔は懐かしさにほころび、緩くなっている。
シャオタムがこう言う……
「デュ・ムドは完全に覚醒しようとしておる……つまり、奴にしか操れんインフェーブを目覚めさせようとしておる……」
「じゃあ、そのインフェーブで何をしようとしている」
ハーヴが凄い剣幕で聞く。
「淘汰だ……」
シャオタムが言うと、リースがさっきから読んでいた本をハーヴに見えるようひるがえす。
「――神は、人の至らなさに苛立ち、自らに近づける。だが、いっこうに近づけない者ばかり、皆壊れてしまう。ならばと、生き残った者だけで国を作る事にした……。東の大陸に伝わるお話よ……」
フィルが口を開き、
「じゃあ、これから何が起きようとしているんだい……」
そう尋ねる……。
「デュ・ムドに生み出された『魔人』が国々を滅ぼす……」
途方も無い話だが、どうやって魔人が造られるのか……。
「魔人だって……そんなモノがインフェーブで作り出されるのかい……」
ハーヴも怪訝な面持ちで聞く。
「ああ、魔人は物質からできてない。大量のエーテルを持って、特殊な方法を使えば不可能ではない……常に黄金の巨鳥がエーテルを送りこみながら移動させる」
もしそうなったら……フィルが聞くよりも速く、
「世界は瓦礫に変わる……これは2万年前からの因果律だ……」
鬼の王へ
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