19 賢者の石の謎

 ジェリーの建物の中は、外殻からは予想だにしなかった広さで、全員を包み込んだ――。
重力が少し上向きに変り、視界が薄暗くなり、すぐに元の明るさに戻った。状況から考えて、水の中に沈み込んだのだろう。
音無く流動する壁面、粒子は一つずつ大きく、細胞膜のようなもので覆われている。

 有機的な気を発しつつ、繋がりあっている感じ。
ぼんやりとした光も、個々の有機体から発せられており、この建物全体が生き物のような触感を受ける。
リースの脳裏に浮かび上がったのは、水晶の洞窟、跳ね返る硬質な光、ネネの笑顔、ナム、ロウジ、ラッカとの瞑想の夜であり、獣との熱く腫れたような戦闘の日々――。
リースの体が何かを受け入れ難く戦慄くのが感じられる――。

 海老脚はもう全員の前におり――
 「お前ノ苦しミの原因ヲ感ジタ」
リースに向かって、脚をすり合わせると、ブツブツ、そういい
 「不信ダ――ソれカら解き放っテヤる、我々ノ存在意義を知レば良いダケだがナ」

 イメージの波が、その場にいた4人を包む――。
轟音を立てながら流れる風景は、あらゆる歴史を、戦記に残る記憶を遡り、見知らぬ英雄、――人知れず現れた、インフェーブの使い手達、若き日のシャオタム――それらの思考を髣髴とさせ、ラムダからの遥か遠景ロームの樹を眼前に浮遊した……。
ロームの樹は緩やかに縮まっていく、時間が逆に回っているようだ――

 直後、記憶の描く映像はスピンし、激しいインフェーブの戦いが繰り広げらる場面に、突入した。
インフェーブ使いが、地面をえぐり、硬質の重金属に変え、高速でたたきつけるのは、悠々と立ち上がった巨人のような黒い物質……リースは、その巨大なエネルギーを魔人だと認識した。
インフェーブ使いは、青年、どことなくフィルに似ている――頭をもたげる因果律の言葉――隣で、本の中だけで見たような、魔法生物をインフェーブの打振で叩き潰す、銀髪の凛々しき女性、その立ち振る舞いは、芸術的で――。

 リースの予想は確信に変わった。
轟音をたてながら、巨きな斧を振る、青年……、今見ているのは、2万年前に起きたインフェーブの戦い……間違いない。
酷似する、歴史がまた繰り返されようとしている。
すると、戦う、そのインフェーブ使い達の後ろで、攻め込む魔法生物を粉砕する、物がいる……海老脚、三角錐、四角錐のツルツルとした生き物……。
そんな生き物がどのくらいいるのか……、魔法生物達と戦っていた……、インフェーブ使いの手助けをしているんだわ。リースはそう確信した。
きっと、それらを作ったのは、フィルによく似たあの青年だと思う。

 しかし、リースは突如吐き気をもよおした……、フィルに似た青年が戦っている、魔人の中心は、インフェーブ使いだ、デュ・ムドが呼び出した魔人は、ただただ、現世にこれるわけじゃあないんだ、強力な触媒がいる、潜在能力がとてつもなく高い、細胞を持った触媒が必要になる、そのため、インフェーブ使いは好都合なんだ……

 ネネ、ナム、ロージ、ラッカ……。
連れて行かれたあの子達は、もしかして――いやだ、考えたくない……
リースは震えながら成り行きを見守った、立ちふさがる4匹の魔人が、青年の打ち込む、空間を歪めるほどの重金属の弾丸に耐え切れなくなり、咆哮を上げると、インフェーブの恐ろしいほど凝縮された光弾が、青年達めがけて放たれる――
海老脚らが、インフェーブの煌きをみせ、隔壁を作り上げた――。
魔法生物達が、数百フィート手前に迫る光弾に蒸発させられる中、何事も無いように隔壁は青年達を守った……。地面と光弾が触れた瞬間、大陸が揺らいだ……次元の違う生き物達が放つ攻撃は、この世界をガラス細工の貧弱さに変える……

 魔人は崩れ落ちていく……つまり、触媒となったインフェーブ使いたちは、燃えカスのようになって、崩れていった……。
リースは思わず口を押さえる……くそ、くそ……。
デュ・ムドの居る、遥か上空、黄金に輝く、巨鳥が突如吼えた……、鬼の王――――

 記憶はそこまでだった、気が付いたときは、リースはジェリーの建物の中に立っていた。
 「――判っテクレタか……」
 海老脚は前足をカサカサすり合わせて。
 「ハイム……とイう青年に我々ハ作ラレた、リースよ、お前ガ会った、奴ハ、デュ・ムド側の者……、我々の生命ハ賢者の石だ」
リースはフィルを見た、ゆっくりフィルは頷き……
 「賢者の石は、生命体だ……、まだ小さいけどね」
その手には、脈打つ小さな花のような、四足の生き物が乗っていた。あくびをするように、前脚を伸ばし、花びらを開閉させた。
 「完成したのか、すばらしい」
シャオタムが満面の笑みでそういった……

 「じゃあ、黄金の巨鳥は……もしかして」
リースの問いに、フィルはまた頷き
 「ああ、きっと2万年前のデュ・ムドが作った賢者の石だ」
おお、とハーヴが唸り、
 「俺が巨人と戦ってた時に、ついに完成させてやがったのか」
嬉しそうに、花の生物をつつく。四本足をくねらせ、ちょっと嫌がっているようだ。

 「ジゃア、ソロソろ始めルか……」
海老脚がジェリーの床にその前足を突っ込んだ。ヴヴヴヴと音を立てながら、めり込んだ場所が持ち上がってきた。
浮かび上がったのは、半透明の人型のなにか、頭を意味するところに、角がある、つまり――
 「鬼だ」
ハーヴは有無を言わさず、鬼型に斬りかかった。
音速を超えたための衝撃波が、ぱちん、と空間に響くが、鬼型は飛び上がり、剣先を避けた。
鬼型は、着地点に手を突っ込むと、またも、鬼型を作った。

 二つの鬼型はまるで笑っていつかのような表情を浮かべ、四人に挑みかってきた。
いま、訓練が幕を開けた――。






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