2 船団国家

 ディーは、喉の渇きと、酷い頭痛で目を覚ます……
顔がゴムのようにゴワゴワしていて、感覚があまり無い。
昨晩の記憶が何となく蘇り、途端、強烈な怒りが湧き上がった。――奈緒美が連れ去られたのだ、あぶく金欲しさに女を売る最低なやつらに……
激痛の中、起き上がる――

 ここは外で、八枚羽のジェットが上空を飛んでいく。
運良く、殺されはしなかったようだ。
体には擦過傷、打撲のみ、深い傷は無い……そろそろ昼で、メタンのガスが吹き上げる。その前に、海の方に逃げなくてはいけない。
炎天下に煽られ、メタンが火を上げるからだ。

 立ち上がると、足を捻挫しているのがわかった。
足を引きずりながら海に向かう。
額から汗が滴り、強烈なガス臭で、目がくらみ始めたとき、広大な海が目の前に広がった。ディーは、ゴミの山を滑り落ちるよう海に近づいていく。
そこに着くと、少し気を失った。
万華鏡のように、逃げ惑う自分が、打ちのめされ、くずを頬張り、ボロボロになっていくパターンの夢が頭にとりつく――
……気がつくと、海の潮騒に混じって声が聞こえる。
わずかに眼を開けると年代物(ヴィンテージ)の捕鯨船が近づいてきている。

 あれは――奈緒美の祖父と大戦中、戦友だったというジェムという爺さんの船だ……。船上に国家を持つという一族。
ディーも子供のとき、奈緒美と遊んでいたら、お菓子をもらった記憶がある。そのときもだが、よく、奈緒美の祖父に一緒の国家で暮らそうと誘いにきていたらしい。奈緒美の爺さんは、緑炎のそばがいいと、その誘いを断っていた。
奈緒美が言っていた……
捕鯨船は、ディーから少し離れた岸につけ、数人の独特の衣装の船員が降りてくる。ジェム爺は、リーダーの風格を持ち後から降りてきた。
船員がこちらに近づいてくる。

 ディーは力なく抱き起こされ、船員に引きずられるよう、船のほうへ行く……
そこにジェムがいて、ごつく大きな手でディーの目蓋を押し上げる。
 「こりゃいかん、脳にダメージを受けている、船に運びなさい」
ディーはそのまま船員に引きずられ船に入った。
磯の香りのプンとする部屋で、ディーは朦朧とする中、ジェムのごつい手が自分の頭の上で行き来するのを見ていた。
ふんわりとした感触がディーの頭蓋を浸透してくる、あまりの心地よさに、ディーは眠りについた……

 どれだけ眠っていたのだろう、とても素敵な夢を見ていたような気がする。全身がほかほかしていた。
清潔なシーツをどけ、起き上がるとそこは船内の医務室のようなところだった。錆付いた鉄板で出来ており、薬品を並べた棚が一つ、オキシドールのツンとした臭い。蛍光灯は切れかけ、たまにチカチカ瞬く。
気がつくと、体中の痛みがとれていた。
床にきちんと並べられたディーの、汚れた靴に足を通しても、捻挫の痛みが無い。まだ夢を見ているんだろうか、ふとそんな気がしたが、そのとき、鉄の扉がきしんだおとを立て、開いた――

 「ディーか、よく覚えているぜ、わしのことを覚えているか……」
入ってきたのはジェムで、海の男らしく、よく日に焼けた肌が、白髪とコントラストを描く。
 「ジェム爺さん、久しぶりだね――いつもくれてた、お菓子おいしかったよ――これ、じいさんの船なの……」
ああ、とつぶやき、ジェムは少し考え込んだ表情をする。
 「――隆司が……いや、奈緒美の祖父が死んだそうだな――」
そう、言われた瞬間、ディーはまた、昨夜の怒りが湧き起こりそうになった。わずかながらに声が震える。
 「うん、じゃあ、もう知ってるの……」
 「奈緒美が連れ去られただろう、街に売られていったな」
ディーは歯を食いしばり、怒りをやり過ごす。

 「奈緒美はまだ当分、大丈夫だ。そう簡単には手をつけられねえ」
一瞬、よくわからなかったが、ディーは少し気が楽になってジェムに聞く
 「いったい、どういうことさ」
 「街の連中は、すぐに手はつけないんだ、一ヶ月くらい審査して、どこで使うかを見極める・・・・・・・・・・・……」

 二人は、動き始めた船の上に立っていた。ディーは、メタン臭のない風に気持ちよく晒されながら
 「じゃあ、早く街に殴り込みをかけよう」
厳しい顔で、ジェムはだめだといい
 「わしの国家の船があの街にちかづいただけで、それこそ蜂の巣だ」
 「じゃあ、俺だけでもいい、何とかしてやる」
 「……IDも無いお前が、あの街に行ったところで1日といきていられねえよ」
 「どおすりゃいいってんだよっ」
掴みかからんばかりの勢いでディーはジェムに怒鳴る。

 「街の内部にもぐっている諜報員にアクセスかけるんだ、わしらだけじゃどうにもならん。そのあいだ、お前にも訓練をうけてもらう」






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