奈緒美が、ベットの上でうずくまっていると、部屋の前で誰かが止まるのが聞こえた。足音は、柔らかいスポンジが床を摩擦する音……ゴミ島に居たとき、祖父が修理した液晶で街のシューズの宣伝を見たことがある。
きらびやかな装飾で飾られた、広告の見出しが炸裂し、細く人工的に筋肉質な女性が闊歩する。目が痛くなるほどの、すばやい場面展開、クローズアップ、光り輝く社標――そのマークが光り、画面いっぱいの白い光になり、やがてそれは形をもち始め、波にゆれる、海草のような、曲線で構成されたシューズが、その足にまとわりつくよう固まった……。
奈緒美が、街に連れてこられる前から、一番印象に残ったのが、そのシューズだ。奈緒美の履いているのは、釘や、割れたガラス、崩れてきた鉄板から足を守るための靴で、重く硬い。
生活圏によって、柔らかく、軽い靴でも、不自由なく履けるのだと思うと、女らしくある姿と、生きるため、ゴツゴツしてしまった自分が、比較されているようで、なぜか悔しくなった。
花のように笑いながら、飛び跳ねる同い年くらいの女の子をみると、胃袋に痛みが走った、暗く、臭い世界で、なぜこんな惨めな思いをしなければならないの……
ドアの前で止まった人がカシャっと何かを滑らせた音がして、奥から機械音がしはじめ、大きな金属音が鳴った。
ドアが開き、奈緒美は顔を上げる。
風が部屋に吹き込むと同時に、黒い服の洗練された感じの男が入ってきた。開いたドアの隙間には、奈緒美と同い年位の女の子がいたが、液晶でみた軽やかな都会の雰囲気はなく、窺うような、絶望を秘めた目――多分どこからかつれてこられた、まずしい娘。
入ってきた男は、堀の深い白人で、咳払いをすると、一言
「ついて来なさい」
そう言って、奈緒美を見下ろした。
奈緒美はもう、反抗なんてあきらめていた。嵐が来た夜は、出来るだけの補強をして、過ぎるのを待つだけ……いつもそう、自分に言い聞かせていたから――
ゆっくりと、床に足を下ろして、清潔なスリッパへ足を滑らせ、立ち上がる。男は、奈緒美の手首に、白いプラスティック製の輪をはめ、ドアの外へ引っ張っていった。
外に出ると、同じような状態の女の子が、手首の輪に紐を通され5人並んでいた。後ろで、奈緒美の部屋のドアが閉まり、奈緒美の手首の輪にも、男によって紐が通される。
そのまま、引かれるがままに歩き、いくつも、同じようなドアを過ぎ、複雑にくねる曲がり角を曲がって、突き当たりのエレベータに乗った。
エレベータは、135という数字で止まった。
この階に入った所では、着飾り、妙に目つきと、見た目の若さに違和感がある女の集団に、じろじろと好奇の目で見られた。
黄色人種でも、奈緒美はどこの国に残るアジア人とも雰囲気が違っていた。日本人は、『血』を大切にしない民族だったから、どんどん遺伝が薄まり、いまじゃあ、これといった特徴もなく、また、日本人であるといった、記憶すらも持ち合わせないものが多い。
でも、少数だが記憶を残した者達がいて、その柔らかな雰囲気は特有のモノがあるようだ。
日本人の血が濃い女は、波乱の人生を送ると、誰かが言っていた――
男に引き連れられて、6人の娘が入った場所には、車椅子の、目が左右おかしな方向に向いている、老人がいた。
全員、その異様な体躯に、恐怖を感じて、動けなくなった。
ねじれて図太い首と、頭蓋の境目はほとんどなく、こめかみと、鼻からは管が伸びる。体は、ぐにゃりと折れ曲がっていて――
不吉なくらい大きくて、奇形なウミガメの死体が、ゴミ島であがったことがあるけど、ちょうど、そんな感じだ。
汚くガサガサした、電気的なノイズ音で、老人はこういう……
「おマエ等の運命、を決め……て、や・る」
ゴーという、モーター音がなり、一列に並ばされた娘の近くに老人を乗せた車椅子が近づく――
腐敗臭と、薬の甘ったるい臭いが入り混じったような、吐き気をもよおす臭気を発しながら、ふるえる娘を、じっくり見定める。
少し笑い、指を上げると、その娘は急にトロンとしてしまって、その場にへたり込む……次々とそうやって、少女達を座らせていき、ついに奈緒美の番になってしまった。
すると奈緒美の顔を見つめた瞬間、一瞬、老人の顔色が変わり、黒服の男のほうにゆっくりと振り返った。静かに老人は頷くと、奈緒美から離れていった。奈緒美は、心の中で繰り返し、嵐は過ぎるとつぶやいて、目を固くとじていたが、何も変わらないことに気がついて、薄っすら目を開けた。
老人はそこにはおらず、黒服の男がこうつぶやくのだった。
「選ばれたな……」
そして、奈緒美は促されるまま、男に引かれてまたエレベータに乗り込んだ。この階に来た時にいた女達は、不思議そうに奈緒美の行く後姿を見送っていたが、誰かが着る、売春婦のような服を両手で抱えて持っていた。
もしかしたら、さっきの娘達の衣装なのかもしれない。
エレベータが、どんどん階数を上げていく中で、さっきの男の言葉が気になっていた。一体、何に選ばれたというのか……
そして、階数が、545になったところでエレベータは止まった。
エレベータを出ると、さえぎる物の何もない、階に出た。今までは、埃っぽいコンクリートとタイルだった部屋の材質が、全て天然のツルツルとした石になっている。
昔、液晶で見た、お金持ちの家の壁はこんな感じだった……
気がつくと、今まで何もなかった空間に、老人がいる。
あっという間の事だったので、奈緒美は始め、わけがわからなかったが、まるで突然ここに現れたかのようだ……その老人の隣には、透明で大きな岩……いや、宝石のようなものがある。
そして、宝石のようなものの中には、不適な表情の男がいた……
老人は笑いながらノイズを発する……
「知識・神ヲ……蘇らセるンダ……」
奈緒美は、わけがわからなかったが、老人は尚続けて――
「イン……フェーブ使・いヨ」