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著者 河合 隼雄 岩波書店 著者はユング心理学の学者であり、カウンセラーの経歴を持つ。本書は多くの著名人の子ども時代を聞いた経験や、仕事の経験等を生かして現代の教育、引いてはその問題に対する認識に迫っている。 では著者はどのようなアプローチによって教育を考えているのか?そのキーワードは、タイトルにも示されているように、「悪」である。 「現代日本の親が子どもの教育熱心なのはいいが、何とかして「よい子」をつくろうとし、そのためには「悪の排除」をすればよいと単純に考える誤りを犯している人が多すぎる。」(P3) 教職課程を学んでいる私は、このことに強い衝撃を受けた。学校に対する問題を考える姿勢において、この過ちに陥ることは多いのではないか?それは、学校は良くも悪くも教育目標のある教育施設であるのだから、逸脱する子どもが悪だと言うことができる。それを改善しようとするときに、非人道的な形で解決案を出すことがある。 しかし、このことが「学校」だけにとどまらず、著者は「親」すらも、悪の排除という形で子育てをしようとしていると指摘している。 「大人が「悪」と見なしていることを敢えてするのは、大人に対する一種の宣戦布告のようなものである。・・・省略・・・。大人になって自分の子ども時代を振り返って見ると、自立の契機として何らかの意味での「悪」が関連していたことに気づく人は多いのではなかろうか。」(P25) 「悪がなくならないということは、・・・省略・・・、それが人間生活にある種の意義をもっているからだと言えないだろうか。・・・省略・・・いかなる創造にも背後には「破壊」がつきまとう、ということではないだろうか。」 「悪」と見なされる行為から自らが大きく成長するという経験は私にもある。そのごく当然の成長過程を大人になるにつれ、人はよく忘れる。それはたぶん、「失敗は成功の母」という言葉ともつながるのではないだろうか。 著者は「子どもの悪」が成長に大きな影響を与えるものであると認識している。それらの悪とは人間関係の中で現れてくるものであるから、いくつかの配慮も必要であると述べている。悪の一つの要素として、「秘密」の項目があるが、そこより引用すると、 「親にとって、子どもが何でも話してくれて秘密を持たないというのは嬉しいことだ。安心でもある。・・・省略・・・。また、親がそれを強要し過ぎると、好ましくないことが生じる。だからと言って、親や教師が子どもに秘密を持つことを奨励するのも馬鹿げている。それは子どもの成長に伴って自然発生的に生まれてくる。」(P151〜152) 引用を言い換えると、子どもが何をしているのかを強引に知ろうとすると、親子(教師と生徒)の間に溝が生まれる。親や教師が子どもに対する視線を失った時、子どもは拒絶された意識を持つということではないだろうか。 本書は要約すると、全体を通じて子ども時代の原体験(悪の部分も含む)をもう一度見直してみないか?と問うていると思う。 現在、学校中心の教育観では、学力低下であるとか、引きこもり、不登校、低年齢層の犯罪発生率上昇などが取りざたされているが、そうした現状にどのような対応をしていくのか。ただ、「怠惰を排除する」「悪を排除する」という視点だけではなく、彼らがどのような課題を抱えているのか?と思えるだけで大きく対応は変わると思う。 何故、今の自分が現在の立場にいるのか?子育て(教育)とは何か?を振り返ることの一助をしてくれる一冊である。 かかし |
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2003年05月9日 書
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