| 2001/11/27(Tue) |
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5:00AM起床、女房も起きてくれた。まだ外は真っ暗だが、着替えを済まし立川駅まで和に送ってもらう。成田に着いたのはまだ7:30am。8:00からのチェックインまでボーといていた。8:00になりKLMカウンターでCheck-in。雑誌を買い清水さんの到着を待つ。途中子供たちからTelが来た。「うん、じゃあね、元気で行って来るからね」 Sさんが来てChech-in。しかし彼の荷物は重量オーバー。ひとつ荷物を預かり再びチェックイン。Sさんはインスタント食品がどさっと入ったカートンを開封し、重い缶詰類を奥さんに渡していた。 出国手続きを済ませ、KLMのラウンジへ。ところが全て禁煙席だったので外のスナックコーナーへ行き、サンドウィッチとビールを頼む。 10:30いよいよ出発だ。機内のワールドビジネスクラスは空いていた。赤ワインやビールを飲んで寝る。といっても12時間の長旅だ。途中本を読み、映画を見て、退屈で窮屈で不自由な時間が流れている。アムステルダムとは時差は8時間。3:00pm定刻でアムステルダムに到着。やれやれ(-_-)。 アムスのスキポール空港は世界でも屈指の空港で、広さ、便利の良さが売りだ。バーガーキングでコーラを頼みやっとこさタバコを吸う。 その後TAXI乗り場へ。外は思い切り寒い。大学教授の様な風貌の運転者のベンツのタクシーに乗り込む。Golden Tulip Hotel Musium Quartar。川沿いにあるこじんまりとしたまだ新しいホテルだ。新し過ぎるのか看板は「Hotel」とだけなっている。Check in後二人で町へ繰り出す。とにかく天気も悪いし寒い。マイナスの気温であろう。町はヨーロッパ風という感じか、それともアムス的というのか、賑やかな露店が並び買い物客で賑わっていた。僕らは適当に店に入りビールを飲んだ。200円くらいだったな。そしてその後KLMのスッチーから聞いたガラス張りの店へ行く。ビールとスモークチキンサラダとフレンチフライ。ビールの次はワインだ。何杯飲んだだろう、すっかり酔っていた。 ホテルに戻りTAXIを呼びクラブへいざ出陣。町外れの民家の様なところである。最初にひとり$700。その後女の子に$200。おいおい随分と高いじゃない。頼むよ。女二人と我々はなぜか同じ部屋に通された。シャンパンを飲みたいと女。 仕方がなく頼む。そしてジョイントを買う。$30だったかな? 10数年ぶりにジョイントを決めたら分けが分からなくなった。頭が重く体が動かない。ずっと寝ていた。帰りのタクシーホテルが探せず1時間くらい迷っていた。途中何回か吐いた。赤ワインを全て雨の降る路上に流した。最悪だった。 |
| 2001/11/28(Wed) |
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5時am目がさめた。外は真っ暗。風呂に入りコーヒーを沸かして飲んだら少し正気になっていった。結局二人で24万円くらい使ったってSさんが言っていた。too bad!!7:30頃Sさんと朝食を食べる。その後また部屋に戻り寝た。10:00am Check out。アムスの空はまだ暗い。そのまま空港へ向かう。時間はまだあったが観光する気が起こらない。スキポール空港内にあるカジノへ行く。スロットで約$100Get。といっても元金100$だからトントンだった。(-_-)。 KLMのボーディングには黒人がたくさんいる。いよいよガーナだ。約6時間のフライトだ。機内食のシカの肉はくさかった。結局寝ていた。起きると腹の調子がおかしくトイレに駆け込む。昨日からそうだ。 ガーナの空港は最悪だった。ビジネスクラスにも関わらず荷物が来るのが以上に遅い。その上あやしい奴等がうじょうじょしている。荷物運びはいらないと断っていたが結局略奪に近い形で荷物を取られタクシー乗り場まで$21も取られた。TさんとYさんが迎えに来てくれた。もし彼らが来てくれなかったらどうなっていただろう。夜のガーナ空港は危険すぎる。 チューリップホテルに着いたのは既に10:00pmを過ぎていた。ホテルのレストランで4人でビールを飲み明日の予定を決める。その後Sさんと二人で食事をする。ピザを頼んだつもりが、チキンのガーナ焼きか2皿もでてきた。しかも1時間後に(-.-")凸。なんだこの国は。しかも結構金もとる。 むかつきながら12:30頃部屋にもどりそのままバタンキュー。 |
| 2001/11/29(Thu) |
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5:00amに目がさめた。外はまだ暗い。やることもないので日記を書いていた。6:00頃から空が明るくなってきた。日記をつけ終えると眠くなりまたベットへもぐりこんだ。7:30シャワーを浴び身支度をする。S氏からサッポロ一番みそラーメンが美味いからと電話があり、S氏の部屋へ。う〜ん、カップ麺に慣れていたせいか煮込んだインスタントラーメンは美味い。 その後、9:30Yさんの運転手がやってきて、Pick us up。K社オフィスへ。行くすがらアフリカの風景をはじめて見た。いやいや道が広いしバイクは少ないし、車の運転はやりやすい感じだ。発展途上国では珍しい。街はインドネシアのジャカルタの様だ。赤い土と、ところどころにある屋台、頭にフルーツや水や日用品を乗せ売り歩く人々。 K社オフィスは4F、エレベーターはもちろんない。暑さで息が切れる。ところが息つくまもなくYさんから明日のミーティングに向けての会議が始まる。シール、スペック、カタログ、マニュアルどれもHさんのフォローでしっかりと準備が出来ていた。さすがK社だね。 お昼にホテルに戻り、ハンバーガーを食べビールを飲む。ビールはスタービアという銘柄だ。配膳が遅いので食べ終わるとすぐにガーナ在中日本人T氏にPick upされ、文房具屋へ寄りBEU(保健省)へ。 Dr.アジャブと挨拶。その後レクチャー。その後Dr.オワシらといろいろと話す。ガーナODAの理想を聞いた。Butよく分からなかった。昼に飲んだビールが聞いたのか途中眠くなってきた。うとうとうとうと・・・・4:00過ぎに会議は終了。T氏のピックアップトラックに乗り市内観光方々文房具屋へ行き、White Boardを買いに行くがね品物はなかった。俺はカッターを買いホテルへ。部屋につくとダルさが急に襲いベットで死んだように寝た。7:00頃T氏が再び迎えに来てくれて、中華料理店へ。料理はNo goodだ。T氏は今までやってきた木材・まぐろ漁船・医療・農業の話を延々と話していた。初めは興味津々であったがあまりにも話が長すぎるのと自分本位の話の進め方ですっかりいやになっていた。極めつけはガーナの援助について熱く語った時だ。S氏と俺は「勝手にやってくれ」という感じだった。10:00pmホテルに戻る。S氏とラウンジでウィスキーを飲み先程のT氏の話に 区切りをつけた。部屋に戻りひとりになって日本にtelした。子供たちに会いたい。 |
| 2001/11/30(Fri) |
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S氏のtelで起こされた。既に9:00am。どうやら風邪を引いたらしい。寒い。パブロンを飲み身支度をしてから、S氏の部屋でおにぎりを食べる。プールサイドでコーヒーを飲み近くのショッピングセンターへ歩いていった。ミネラルウォーター2本とジュース、インスタントラーメン(中国産)2ケを買った。しばらくのんびりして、昼になったのでホテルのレストランでTulip Club サンドを頼む、S氏はペンネを頼んでいた。調子が悪いのでビールはやめてコーラを飲む。それにしても、オーダーしてから40分もよく平気で待たせるよ。サンドウィッチは中々いけた(^-^)。 午後からミーティングだ。ネクタイを締め1:30にY氏の運転手が迎えに来た。Y氏も一緒だ。車に乗り込むがガーナ市内は渋滞がひどくて大幅に遅刻をした。2:30にようやく保健省に到着。 ミーティングルームでは時間にルーズのアフリカ人もさすがに揃っていた。挨拶を交わし会議が始まる。英語であるが訛りに慣れず理解度4分の1ってとこだ。4:30過ぎにケータリングの中華料理が運ばれてくる。これが結構美味かった。Butガーナ人たちの食欲の前に俺は1皿しか食べられず、すぐ腹が減っていた。6:30pm国立シアターへ。日本の和太鼓とガーナのセッションを見るためだ。日本人の和太鼓奏者たちとは面識があったので「こんなやつらが、和太鼓なんて大丈夫?」と思っていた。ところがどっこいねステージに立った彼らは違っていた。素晴らしいパフォーマンスを披露し全ての客を魅了していた。ただ2時間半という長時間で最後はみんな飽きていた。う〜ん残念。 ホテルへ戻り部屋でS氏と焼酎を飲む。やっぱりみそラーメンを食べた。 |
| 2001/12/1(Sat) |
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休みだ。6:30に起きてゴルフに行く準備をする。昨日Yさんからもらった黒い石鹸を手足に塗りこみ出かけた。 ゴルフ場はまったく想像を越えていた。コースに着く前に大勢の若者がキャディに指名してくれと車に寄って来た。キャディマスター室で81,000セディを払い、キャディを決める。彼らは命がけだ。キャディの数は600人。一日にゴルフをする人はせいぜい50人だろう。1ドルを稼ぐため必死である。 俺のキャディの名はフラッシュ。ハンデキャプは5という。よくコースを知っていた。しかし、フェアウェーは荒れて、グリーンは砂。乗るとフォアキャディが布でできたグリーン均しで砂をワイプする。ところが砂なので時々大きな石にあたり球の行方が大きく変わる。コース内はローカルは勝手に入場している。スコアは50.43too bad!。途中JIACAの及川さんという人と会う。Anyway 無事プレーを終了しテラスでビールを飲む。ほどなくY氏が迎えに来てくれて、また、いろいろいガーナ援助について話しをしてホテルに戻った。 ホテルに戻ると水着に着替えプールへ。気持ちよかった。ビールを飲みサンドウィッチを食べデッキチェアーで寝た。あまりにも暑いので目を覚ますとS氏の姿がない。仕方がなく部屋に戻り今度は冷房の効いている部屋で爆睡。やはり不慣れな土地で相当疲れているようだ。 夕方5時に重い身体を起こしY氏の家へ行く。日本アカデミーという日本語学校のようなサークルのパーティに参加するためだ。Y氏宅は、高級住宅街にある。広大な芝生の敷き詰めてある庭に約40人近くのガーナ人が既に自己紹介をはじめていた。日本語で。俺も日本語で自己紹介をする。楽しいガーナ人たちとのパーティだったが、腹の調子がおかしいな。 パーティの後ホテルに戻りウィスキーを飲んだが、やっぱりおかしい。もう寝よう。あれっ、そういえば、パーティの時に黒い石鹸の話をしていたビジネスコンサルタントの名前はなんだっけ? 14or15日にドクターと話をしたいって往っていたな。 |
| 2001/12/2(Sun) |
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朝8時に起きた。シャワーを浴びて下のレストランでひとり朝食を食べる。相変わらずおいしくないが、インスタントラーメンも食べ飽きたからね。その後荷物を纏める。まだ、腹の調子はイマイチだ。 12:30チェックアウトしてSUNYANIに出発する。Y氏の運転手ダニエルの運転だ。ここACCRAからSUNYANIまでは約500Km、6時間の旅だ。その道はアフリカのサバンナというより、東南アジアっぽい。森があり時々小さな村がある。次第に民族衣装を着た人たちが増えてきた。田舎ってことかな? 途中、ガソリンを入れるためGSに行っただけで休憩なしで、目的地を目指す。しかしダニエルは無口な男だ。というより愛想がない。 SUNYANIのEUSBETT HOTELは最悪だった。部屋は広いがバスルームの設備とかその他がひどい。ここでもこの州では一番のホテルというから仕方ないが・・・。ただ、ハウスキーパーのJoeがこのホテルは安全だよ、と言っていた。まずは一安心。チェックインの時にJICAのTさんにあった。TさんはマラリアにかかったらくしあさってACCRAに帰るという。まったく心細くなってきた。 シャワーを浴びてホテルの食堂に行く。メニューを見たらケンタッキーフライドチキンとあったので、面白そうだったのでそれを頼んだ。S氏はロブスターだ。本家ケンタとはだいぶ味が違うが、普通のフランドチキンだった。ロブスターも美味かったね。ただウェイトレスの女の子の愛想が悪かった。 食堂の外というか隣というかそんなところにバーがあったので、そちらへ行き飲みなおす。電気は消してあるので休みかと思ったらちゃんと営業している。Joeがやってきて、俺の隣に座りいろいろと町の話やガーナの話をした。ただ、どうも酒が身体に入っていかない。病気かな? と思っているとBEU(保健省)のエンジニアたち、TUMASIら3人が入ってきた。腹が減っているというのでメシをご馳走する。 「明日からみんなで頑張ろうね、それじゃ」 部屋にもどりS氏と焼酎を飲む。調子が悪いのですっかり酔っている俺は9:00頃酔っ払ったまま寝た。 |
| 2001/12/3(Mon) |
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6:00に起きてシャワーを浴び、緑のたぬきを食べた。胃が痛いのでガスター10を飲む。 8:00にPick up。BEUの事務所へ行く。Directorがいなかったので、Traning Centerへ行って仕事を始める。 TCに入る機材は2ケースだけだった。まずは開梱だ。バール1本、ドライバー2ケ。ハンマー1本。何十人もワーカーはいたが道具はこれだけだ。S氏が開梱の要領を教えている。機材をTCの教室へ入れ込む。昼になったのでホテルに戻ろうとしたら、Officeに呼ばれてご挨拶。変なミートパイを食べさせられた。大丈夫かな、これ。持参したミネラルウォーターを飲もうとしたら既に誰かが飲んでいてなかった。(-_-)。Tumasiの部下のチェイに言ったら新しいものを買ってきてくれた。4000セディ。 BEUのエンジニアたちが宿泊代と食事代の手当てをしてくれと言ってきた。なんなんだ、こいつら。甘えるのもいいかげんにしろ! Y氏にtelをして相談するが、結局支払うことになった。一泊80,000セディ。 ホテルに戻り手紙を書いてFAXしようとしたら全然だめだった。Tray aginとホテルのやつらに言う。午後からは据付と品物のチェックをする。なんだかモタモタやっているなぁ。結局その日トレーニングまでは出来ずに4:00頃終了。ホテルに戻りシャワーを浴びてビールを飲む。6:00頃下のレストランで、JICAのT氏と食事をする。T氏は農業関係の指導でこっちに来ていて4月から来年までいる予定だという。ホントに頭が下がりますね。マラリアにかかって酒が飲めないという。かわいそう。ビールの炭焼きと辛いチャーハンみたいなものを食べた。チャーハンは最低。9:00頃お開き。バーでワインを一本買ってS氏の部屋で飲んだ。 |
| 2001/12/4(Tue) |
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朝3:00頃からひどい下痢に見舞われている。何が当たったのだろう? とにかくひどい。6:00amフラフラ起きて、お湯を入れて作るおにぎりと梅を食べ、正露丸を飲み込む。全然ダメだ(><)。 8:00にTCへ行くが、調子がでない。しかし仕事はこなさなくては。今日はトレーニングだ。肥った看護婦さんに1アイテムづつ、トレーニングとインスペクションを丁寧にTumasiにやらせた。Tumasiはよくやった。ただ、他の連中は途中で飽きてすぐにいなくなってしまう。時々気がついて注意するが、効き目はない。検査書にサインを全てもらいインスペクションは終了。ちょうど12:00だ。ホテルに戻りトイレに駆け込む。S氏のところでトン汁を啜る。美味かった。ただ、食欲はないので昼食はそれだけ。抗生剤を飲み再びサイトへ。今度は病院だ。 病院に入る機材は10ケース。さすがに圧倒される量だ。まず、設置をするところを確認する。病院内に入る。ひどい状態だ。こんな病院に1日いたら間違いなく病気になる。ま、こんなものか。ガーナの地方だと、と妙に納得する。OP室に白人の女の子が働いていた。何だろう? とにかく梱包をといてはじめましょう。Tumasiの作業場に入れよう。えっさかほっさか。なんとか全部納まった。3:00頃だったが、みんなも疲れ気味だったし、俺の腹の調子が悪かったので本日は終了。 急いで、ホテルにもどる。運転手のダニエルはそのままAccraに戻した。それにしても11:00amに来るといっていたT氏が来ない。TumasiにT氏が来たらエスベットホテルに来るようにと頼んだ。 シャワーを浴びてトイレに入り、腹の調子が悪いので寝た。6:00pm頃S氏から呼ばれ下の食堂へ。ビールとサラダをたべた。ワインを1本持ち帰りさて部屋で飲もうとしたら、T氏がホテルに着いたと連絡を受けた。T氏と合流。カップラーメンをT氏に食べさせる。 しばらくすると部屋にtelがあり、バーのスタッフだ。昼に言った人が着たから会ってくれという。「どうぞ俺の部屋に上がってもらってくれ」といったら女の子が入ってきた。「あれっ、ひょっとして・・・、あっそうゴメンネ。帰ってくれる。頼むよ」といって女を返す。すぐにバーの男からtelがあり、「どうして女を帰した」といってきた。「ちょっと待ってろ、そっちに行くから!」 「なぁ、ミスター、俺はあんたに腹が痛いっていたよな。女が欲しいなんて言っていないよな」「Yes、ただでも外国人はみんな女が欲しいと思って・・・特に日本人は・・・」「腹の調子が悪いだけだよ。へんな気をまわさないでくれ」ったく何考えているんだか。 部屋に戻りT氏の相変わらずのひとりしゃべりにS氏と共に聞いていた。農業のこととかODAの事とか。まあいつも同じ様な話しだ。10時になったので皆さんお開き。俺もようやくひとりになり寝た。 |
| 2001/12/5(Wed) |
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薬が効いたのか、腹痛はなくなっていた。レトルトの五目釜飯を作りお茶を飲んだ。一日ぶりの食事という感じだ。8:00amにTumasiが迎えに来てくれた。T氏もタクシーで来た。6人相乗りで総合病院へ。仕事の段取りはこうだ。 まず、倉庫にあるカートンを開け簡単なアイテムからCheck sheetを持たせてデリバリーする。デリバリー部隊は同時に受け取りのサインを貰って戻ってくる。その時ステッカーを貼るべきものは忘れずに貼る。またアイテムによってMr.オーセがインスペクターとなりサインをしてデリバリー部隊に運ばせる。 午前中に殆どのものがデリバリーされた。と言っても1時過ぎていたが、いいペースだ。ホテルへみんなを呼びランチを食べる。俺はスパニッシュオムレスとスチームライス。ライスに醤油かけて食べた。 午後残りのアイテムをデリバリーする。Mr.チェイなどにシールの貼り方を教えながら作業を進めた。しかし、殆どの所が電気がまともに来ていない。結局トレーニングは出来ず一日が終わる。 ホテルに戻りシャワーを浴びて食堂でフライドポテトとビール・ウィスキーを飲み寝た。 |
| 2001/12/6(Tue) |
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朝6:30に起きる。8:00に迎えに来るという約束が9:30になっても来ない。ガーナ人とガーナ人化した日本人はホント時間の観念が日本人と違う。仕方がないのでタクシーでGeneral Hospital内のTumasiの作業所まで行く。程なくするとT氏らが来た。遅れた理由も言わず「いやーいつもスミマセンね」だって(><)。電話一本もよこさず2時間も遅れて平気なのか、こいつらは。こっちは仕事を早く終わらせて日本に帰りたいだよ、ボケッ。But Mr.オーセだけは誤っていた。彼は偉い。原因はT氏なのにねぇ。 とにかく遅れた時間を取り戻すべく、急いで写真を撮りトレーニングを始める。11時頃全てのサインをもらった。ほっ。その後Health Centerへ。 HCはケースが2つあった。ところが驚くべきことにそのケースは開梱されていた。T氏が散々ローカルの職員に怒っている。しかし俺は残りの2ケースがどこにあるのか、それがいつここへ運ばれるかが心配だった。 とにかく半分だけでもインスペクションを始める。Easy Itemだけだったので4時頃に仕事が終わってしまう。 明日、残りのケースが必ず来るということを約束してサイトを後にした。 |