Theme『とぐろ』 「ヤッタ」
「お前さ、メルモちゃんとヤッタくんどっちが嫌い?」
と彼は唐突にたずねた。
僕は日ごろからヤッタのあの小さな、脳みその入ってなさそうな頭が気持ち悪くて仕方が無かったので、「ヤッタくん」と答えた。
「ヤッタくん〜?まじで?オレ絶対メルモなんだけど・・・だってさぁ、あの顔ぜってーシモブクレすぎじゃね?オレ世界でいや、宇宙で一番あの顔嫌い」
僕もあのキャラクターはそんなに好きではない、むしろ気持ち悪いとさえ思う。けれど、たかが教育番組のいちキャラクターに彼が何故そんなにこだわるのか不思議だった。
そのうち何故か彼は僕のことを「ヤッタ」と呼ぶようになり、僕は悔しくて彼を「メルモ」或いは「メル」とあだ名するようになった。
メルは爬虫類が大好きだった。でも僕は目に入ると動きが止まるほど嫌いだった。
メルはよく蜥蜴を捕まえてきては、胸にブローチみたいにくっつけて僕に見せた。僕は緊張して動けなくなり、それを見てメルは大笑いをした。僕は腹を立てるが、言い返せない。そんな僕のこともメルは笑った。
僕とメルの家は近所で、よく学校から一緒に帰った。薄暗い山道みたいな近道を通るとすごく早く家に帰れる。でもそこには春になるといっぱい蜥蜴や蛇が出るから、僕は通りたくなかった。でもメルはそこを通りたがった。だから僕らは妥協案としてその道と他の道を交互に通ることにしていた。
その日は、その道を通る日だった。いつものようにメルが僕の家に迎えにきて、僕はメルと一緒に学校への道をたどる。あの道が近づく・・・
その道の入り口は、片側が崖みたいになっていて、片側が石垣になっている。石垣の上には結構広い雑木林が広がっていて、生い茂った木が、道の上まで張り出してトンネルのようになっている。
ふと、雑木林の一番手前の木の根の辺りにロープが巻いておいてある様に見えた。僕は最初、ソレは木の根だと思った。あるモノである確率を信じたくなかったから。でも近づけば近づくほどソレはやっぱり『とぐろを巻いた蛇』にしか見えなくなってきた。
僕はソレを意識したまま、焦点を合わせないよう、メルの歩調に遅れないよう、且つメルの他愛の無い話に不自然で無い様相槌を打つ必要があった。なぜなら、ソレをメルが見つけたら、嬉々としてソレに走りよって観察し始めるに決まっているから。
ギクシャクする足と手をどうにか動かして、メルの一歩後ろをついてゆく。
もう少し近づくまでメルが気付かなければ、ソレは振り仰がなければ見えない位置に来る。それまでメルが気付かなければ。でももし気付いてしまったら、メルはどうするだろうか。崖を上ってもっと近くでソレを観察しようとするだろうか?それとも棒か何かでつつこうとする?その時僕はそっぽを向いているわけにいかないから、メルの行動を見ていないといけない。何かあったら大変だ。でもそんなことしたらソレが確実に視界に入るわけで、そしたら僕は緊張して動けなくなってしまう。その姿を見てメルはきっと僕のことを笑うだろう・・・
でもメルはソレに気付いてしまった。
「あ、蛇・・・」
メルは言って走り出すかと思ったが、メルの歩調はそのままだった。ドキドキしている僕を従えながら、メルは振り仰いでソレを暫く見て、ふっと視線を前に戻すと、さっきの他愛無い話の続きをしゃべりだした。道の入り口近くになっても、ソレの真横を通り過ぎようとする時も、メルは一度もソレを見なかった。
暫くして、はたとメルが立ち止まり、振り向いた。「やっぱり・・・」僕は思ったが、メルが見ているのはソレではなく僕だった。
「お前さぁ・・・」
僕の目を覗き込んでメルが言う。
「お前、前から思ってたんだけど、何でムリするわけ?」
僕はドキッとしたが、辛うじて「何が?」というくらいの勇気は振り絞れた。
「お前、蛇とか蜥蜴とか蛙とか、爬虫類系嫌いなんだろ?何でムリしてヤセ我慢とかしてこっちの道通ろうとかするわけ?」
僕は「メルに嫌われたくないから・・・」とかいう答えは用意してあった。だけどそんなこと言うのは癪だから、目を伏せて沈黙を保っていた。
でも、メルはそんな答を期待している訳ではなかったらしい。ちょっと大人びた笑いを顔に浮かべて、言い含めるように言った。
「そうやってヤセ我慢してっと、そのうちココロが慣れちゃうんだぜ?そうしたら、お前が爬虫類とか見ても何にも感じなくなっちまう。そんなのつまんねーよ。下らん所で感情押し殺して、見殺しにして、何にも感じなくなったらおしまいじゃねぇか」
そう言ってちょっと恥ずかしそうにニッと笑うと、また前を向いて歩き出した。
それから僕たちは、ちょっと遠回りをして、その道を通らずに通学するようになった。
→ To be continued