めぐりめぐる、思い 安田瑛理
生きているという証が欲しかったのかもしれない。
自分たちは人間だという確信が欲しかったのかもしれない。
だから、彼を欲したのかもしれない。
自分がチームに入ったのは四番目だった。
とある組織の、とあるチーム。
性別・国籍・年齢を問わず特殊な技能を持った人間が集まり、それ一つでどんな戦力にも勝る。それ一つで国が潰せる。
それがこのチームが作られた目的だった。
自分たちは兵器であり、戦争で勝つことが自分たちの仕事だった。
紹介されたメンバーは、一人は子ども。一人はヤンキー。一人は少女。
自分一人が成人であることにひどく違和感を覚えた。
こんなメンツで仕事ができるのだろうか?
そんな心配は杞憂に終わったのだが。
戦場での彼らの働きは目覚ましく、外見が何ら支障の無いことを悟った。
むしろ、その外見によって得をしていると言っても過言ではない。
誰も戦火に巻かれた子どもが、傷ついた不良少年が、可憐な少女が、自分に銃口を向けるとは思わない。
訓練を受けた兵士、いやそれ以上に熟練した動きをするとは思わない。
長所を生かし、戦場を駆け巡る彼らの働きはすばらしいものだった。
だが、それと同時に胸も痛んだ。
無傷の勝利は有り得ない。
彼らは仕事の成功と引き換えに、体が欠損していた。
すでに50%は機械で動いている状態なのだ。
これで人間なのだろうか。
より痛々しく映るのは、彼らの目だった。
彼らの目には光が無く、何の感情も映さず、ただただ黙々と任務を遂行していく。
悲しみも無ければ喜びも無い。
体の欠損とともに、心も削られてしまったのだろう。
これで人と呼べるのだろうか。
しかし、時が経つにつれて自分も同じ目をしていることに気付いた。
ふと顔を上げ、鏡を見る。濁って見えるのは酒のせいではないだろう。
疲れた目をしていた。
そんな自分に嫌気がさして、鏡を叩く。
すると、鏡は派手な音を立てて砕け散った。
叩いた手を見る。
彼らの立派な仲間入りだ。
最近までは血の通っていたその手は、冷たく重い義手になっていた。
血管の鼓動を感じない。
今、自分は生きているのだろうか?
焦りは、体中を駆け抜けた。
「どうした?ディー?」
音を聞きつけたのだろう。二番目の少年が顔を出した。
彼がいけない。
こんな時、こんな所に現れるから。
コードネームを呼ぶのももどかしく、四番目の男は、ニ番目の少年を押し倒した。
どうしてこんなことになっているのか。
こんなことになってしまったのか。
そのきっかけを作った男は、安らかな顔をして寝息を立てている。
さっきまで自分を意のままにしていた人間とは思えない。
やることをやって、すっきりしたからなのか。
二番目の少年・・・・・・ビィは体を起こした。
隣では、四番目の男・ディーが寝ている。
この男は戦場から戻るといつもこうだ。
こうして自分を抱く。
戦場での衝動そのままに、ビィを蹂躙するのだ。
それは、チームの人数が増えても変わらなかった。
今では自分を含め、八人の人間がいる。
中には女性がいるにも関わらず、なぜかディーはビィを相手にする。
そもそも始め、スィがいるのになぜ自分を対象にしたのかが分からない。
男なら面倒が無いということなのか。
別に困ることも無いので、ビィはディーのなすがままにさせている。
愛が無ければ寝られないなど、そんなことにこだわるには経験を重ねすぎていた。
それがこんなことを続けている原因なのだろうか。
他のメンバーも、特に関心は払っていないようだ。
誰と誰が何をしていようと、戦場以外での連帯は図る気は無いのだろう。
そういえば四人だった頃、スィに尋ねられたことがある。
「望んで、望まれてしていることなの?」
彼女は優しい。だから、意思の疎通があってしていることなのかと聞いてきたのだろう。
しかし自分の答えは、彼女の優しさには応えられなかった。
「理由について聞く気も無いし、拒む理由も無い」
彼女が悲しそうに目を伏せたのを覚えている。
ただ、彼が自分を選んだだけだ。
それだけのことだ。
ある日、チームに新たに九人目が加わった。
茶の髪と黒い瞳の少年。
彼は完璧な兵士だった。
しかし、それでいて純粋だった。
メンバーみんなが無くしてしまった何かを持っていた。
痛々しいほどひたむきに、そして自らを省みないその戦い方に・・・・・・惹きつけられた。
自分が話しかけると、軽快な返事をくれる。
ジョークを飛ばせば笑ってくれる。
まるで兄弟のようにじゃれあっている内に、これは恋だと気が付いた。
いつでも真っ直ぐに前を見つめる瞳が、自分を捕えて放さない。
自身を投げ出してまで戦うその姿が、自分を捕えて放さない。
守ってやりたい。庇ってやりたい。大切にしてやりたい。
こんな温かい気持ちは初めてだった。
自分は、きっと彼を愛しているのだ。
寝物語で、彼の口からあのナンバーが出てくるのが多くなった。
黙って聞いていれば・・・・・・案の定、ハマってしまったらしい。
いいやつだ、から始まって、弟のようだ。そして今では好きだときた。
あんなものはただの庇護欲だ。
彼を守ることで、自分が何かをしてやった気になっているだけだ。
そうするからこそ、自分は彼を愛しているのだと錯覚しているだけだ。
行為の源が愛だと思ってやがる。
愛のなせる技だと。
違うだろ?
自分がこれだけやっているのだから、これだけきっと彼のことを思っているのだと勘違いしているだけだ。
所詮はお子様だったというわけか。
馬鹿なヤツだ。
だが、そこが愛しいと思う。
自分の守る物を見つけて、必死でそれを守ろうとしている。
きっと、彼にとっては初めてのことなのだろう。
不器用に、それでいて堅固に、雛を守る親鳥のように包み込んでいる。
見ていて微笑ましいが、妬ける。
今まで自分としてきたことは何だったのかと。
あれだけ繰り返して来た行為は、彼にとっては排泄以外の何物でもなかったのかと。
声を荒げて詰め寄ってしまいそうになる。
実際のところ、彼は何も感じていなかったのだろう。
最近では、部屋へ誘っても来ない。
これが彼の答えなのだろう。
今になって思う。
彼との関係だけが、人であることにあがき続ける自分の焦燥を、癒してくれていたのだと。
彼だけが、自分が生きていることを確認させてくれていたのだと。
「やあ、ディー」
「よぉ、調子はどうだい?」
「まあまあだよ。みんな優しくしてくれるしね」
「特にビィがな」
「何だいそれ」
「分からないのか?」
「何がだい?」
「あいつはお前さんに過保護だってことだよ」
「別に・・・・・・」
「要するに、ベタ惚れってことさ」
「茶化すなよ」
「事実だろ?あいつがお前をずっと見ていることは」
「・・・・・・否定はしないよ」
「そうかい。まあ、せいぜい仲良くやりな」
「そういう風に言われるのは・・・・・・困る」
「なぜだ?思われるなんてイイことじゃないか」
「そりゃ嬉しいけど・・・・・・」
「贅沢だなあ。足りないって言うのか?」
「答えられないなら重いだけだよ」
「アイツを・・・・・・重いって言うのか?」
「だって僕が思っているのは、別の人だから。ビィがどんなに思ってくれても、迷惑なだけだよ」
「へぇ・・・・・・」
「それに、僕はビィに少し嫉妬してるんだ」
「どうして」
「ビィこそ、思われてるじゃないか」
「アイツは、無茶するクセがあるからな。みんな心配してるんだろ」
「違うよ、そうじゃない。愛されてるじゃないか」
「・・・・・・」
「愛されていながら、それに気付きもせずに僕を守ってる。そういうのって・・・・・・許せないよ」
「どうせ、俺が好きでやってることだ。アイツを責めるな」
「ほら、そんなに思ってるじゃないか!」
「伝えても無いからな。気付かれなくても仕方ない」
「君たちがどんな関係かは知ってるよ。スィが教えてくれた」
「へぇ」
「ディーとビィは長いこと関係があるって。だから、ディーのことは忘れろって」
「あながち間違いでもないな。だがビィは関係無い。俺が無理やりやったことだ・・・・・・だから」
「だから僕にビィを受け入れろって?」
「アイツはいいヤツだ」
「無理だよ。僕が好きなのは・・・・・・」
「それ以上言うな。言っても無駄だ」
「・・・・・・だから、僕は彼を受け入れられないんだ。もしビィにこのことを言っても、無駄なんだろうね」
「きっと、自分が引いて、俺とお前をくっつけようとするだろうな」
「でも、あなたは僕を受け入れない・・・・・・。だから、僕は彼を受け入れない・・・・・・」
戦場から帰った夜。珍しく彼の方から自分の部屋を訪れて来た。
久しぶりにキスを求めると、それを拒み、ベッドに座る。
「どうした?」
俺たちが二人きりになったら、やることは一つしか無いだろう?
「もう、お前とこういうことはしない」
「飽きたのか?」
彼は首を振った。言いたいことは分かる。が、聞きたくない。
しかし彼は言ってしまった。
「俺はアイのことを愛してる。だからお前とは寝ない」
迷いの無い。はっきりとした口調だった。
「今までのことは?」
「・・・・・・別に、断る理由が無かった。求められるなら、応えようと思っただけだ」
どうでもよかったということか。
「別に、お前が何を考えて俺を抱こうと気にするつもりも無かった。でも今は違う」
「アイに操立てでもするつもりか」
「そういう訳じゃないが・・・・・・アイを思ってるのに、お前に抱かれるのは悪い」
「誰に対して?」
「思ってるアイにも、抜け殻を抱いてるお前にも」
「俺が、お前の体だけが目当てだったらどうする?それなら抱かせてくれるのか?」
彼は躊躇うこともせず、口を開いた。
「それでも止め・・・・・・」
話をする気も失せて、彼の唇を塞いだ。
初めての時のように、無理やり彼を押し倒す。
「止めろディー!俺はもうお前とは・・・・・・」
「俺が心からお前を欲しいと言ったらどうする」
「何だよそれ・・・・・・」
「俺がお前を抱くのは、お前を愛しているからだと言ったらどうする!」
「嫌に決まってるだろ!俺はアイが好きなんだ!」
「お前があれほど何もかも捧げても、アイツはお前を受け入れないんだろう!?そんなヤツを相手にしてどうする!!」
「それでもいい!アイツは俺が初めて大事にしたいと思った存在なんだ!!」
必死で抵抗してくる彼の服を、怒りに任せて一気に引き裂いた。
「そんなものは錯覚だ!」
彼が布の破れる音に怯んだ隙に、肌に唇を押し付ける。久しぶりに味わう肌の感触が、ますます自分を追い立てた。
「止めろディー!」
「そんな番号で呼ぶな!俺の名前を呼べ、ビィ!!アイじゃなくて俺を求めろ」
思いをぶつける自分に、彼は喉で笑った。嘲るような、哀れむような、荒んだ視線を返してくる。
「お前にとって、俺はその程度だ」
「何だと?」
「お前にとって俺を抱くってことは、そういうことなんだよ。俺はお前が自分が自分であることを確認する道具に過ぎないんだよ」
「違う!」
「俺はアイが好きだ。アイツのためなら何でもできる。お前のはそれは・・・・・・愛じゃない」
「違う!!お前こそ、守るってことに酔ってるだけだ。守ることで自分が満足したいだけなんだよ」
「違う。俺の衝動は愛から来てる」
「そう錯覚してるだけだ。アイツはお前を受け入れない」
「分かってるさ」
彼の体にむしゃぶりついていた頭を上げ、顔を見る。
こいつは・・・・・・知っていたのか。
「アイツがお前が好きなことぐらい分かってるさ・・・・・・だから、俺のことが受け入れられないことぐらい分かってるさ!」
「それならどうして・・・・・・」
「アイツが好きだからだ。確かにお前の言う通りかもしれない。でも、俺は好きなんだ・・・・・・」
彼も分かっていたのだ。自分が受け入れられないのは、その相手に思い人がいるからだと。それが自分であり、だから自分のことも受け入れられないのだと。
乾いた笑いが口から漏れる。
彼を抱き締め、力無く笑い続ける。
このやり場の無いやるせなさはなんだろう。
狂おしいほどに思っていても、相手には思い人がいて、決して受け入れられことは無い。
しかもその恋敵は、自分のことを思っているのだ。
最も不毛な恋愛だ。
お互いを思い、消耗するしかない。
なんの結果も結ぶことのない関係だ。
ぐるぐるとその身をうねり、とぐろを巻く蛇が見える。
互いを絡ませ、決して離そうとせず、しかし結ばれることは無い。
そのあまりに生々しい想像に、それまで燻(クスブ)りつづけていた情欲は一気に萎えてしまった。
「ディー?」
心配そうに自分を呼ぶ唇に、噛み付くように自分のそれを重ねた。
破れた服から覗く鬱血(ウッケツ)を隠すように着ていた上着をかけると、彼に背を向ける。
「もういい。行け」
「ディー・・・・・・」
「行けよ」
布の擦れる音がする。彼は大人しく上着を着替えたようだった。
「悪い」
ドアにのろのろと歩き、ノブに手をかけた音が響く。
「それでも、俺はお前を愛してるよ」
返事など期待はしていなかった。
案の定、ドアの閉まる音だけが聞こえる。
もっと早く伝えていたら、彼は自分を愛してくれただろうか。
いや、きっと無かっただろう。
自分たちの愛は追うことだ。誰も待とうとはしない。
同じ方向に向きすぎて、向き合うことが無い。
かといって、共有することもできない。
大人の自分が、身を引くべきなのだろうか・・・・・・。
そんなこと、できるものか。
自分たちは、いつ誰がいなくなってもおかしくない状況に身を置いている。
それを考えると、本能のままに生きるしかない。
誰かを犠牲にしても。
それが思い人であっても。
こんな愛しかできないのだから。
誰よりも強いクセに、誰よりも戦いを厭う。敵すらも傷つけないために、惜しげもなく自分の体をさらす。命を守ろうとする、そのお前を守ってやりたい。
だから、お前を受け入れる訳にはいかない。
誰でも頼らせるのに、誰も踏み込ませない。孤独の中で足掻いている。武器として生きることに足掻くあなたは、僕と同じだ。あなたとなら、分かち合えるかもしれない。
だから、君を受け入れられない。
口も態度も悪いが、誰よりも情に厚い。そして、熱い。彼の体が好きだ。彼の熱が好きだ。
だから、お前は受け入れられない。
<end>
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