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mevlana メヴラーナは日本でいうと鎌倉時代に生きた方です.1207年にホラサーン地方のバルフでうまれました。名はジェラルッディ−ン・ルーミーです。彼は1219年、12歳のころに彼の一家は西へあてどもないたびに出ました。10年の放浪の末、当時のセルジュークトルコ〔十字軍の遠征で、十字軍からアナトリアの人々を守った国として有名〕の首都コンヤにたどり着きました。1229年のことです。その後、メヴラーナは一時、シリアで勉学に励みました。がおもに、ここコンヤで1273年、この世を去るまで過ごされました。コンヤの緑の尖塔がめじるしのメヴラーナ博物館に眠っています。メヴラーナは時々トルコ語で書く時Hz.または、Hazretiと頭につけます.これは「聖なる・・・」という敬称のようなものです。これからはHz.メヴラーナと書きます。 Hz.メヴラーナの人生で忘れてはならない3人の方は バハエッディーン・ヴェレド(Bahaeddin Veled) 彼の父、 ブルハッネディーン (Seyyid Burhaneddin)Hz.メヴラーナの父の弟子でもあり、Hz.メヴラーナの師 シャムス・タブリーズィー(Shemseddin Tebrizi) 皆さんも、皆さんが生きている中できっといくつかの素敵な出会いがあったことでしょう。彼の人生にはこの3人の方は欠かせません。多大な影響を彼らから受けたのです。彼は父から学者としての教育を受け、師から、スーフィーとは何かを学び、そして、知識も、精神もよく熟したころ、1244年11月25日にShemseddin
Tebriziと出会うのです。それからの彼は、有名な著Mesnevi「精神的メスネヴィー」をしるし。そして、現在皆さんがご存知の彼流の神へいたる道(旋舞のデルヴィシュ団)を生み出しました。彼は偉大な学者であり、唯一の神(アッラー)の友であると同時に、有名な哲学者、思想家、詩人・・・でした。 が、子供達をとてもいつくしみ、子供達と一緒に過ごす時は、まるで、子供達の本との友のように、彼らを理解し、おはなしやたとえ話などしました。子供向けのたくさんの作品があります。子供向けのお話をいくつか紹介したいと思います。 メヴラーナの作品 1、精神的メスネヴィー 2、ディヴァーン ケヴィール 3、フィーヒマーフィーヒ 4、メジャーリス セブア 5、メクトゥバート 時計以外,電子からはじまって全てのぶしつはひだりまわりをしているとのことです。聖メヴラーナもまわることで、全てのぶしつと一体化し、自分自身を無とする境地まで到達し、神との合一(自分自身が無となり、万有で唯一存在価値のあるアッラーをかんじること)をなしとげました。
(メヴラーナの言葉から) 身体という船の帆はイーマーンである。帆があれば、風は船をすばらしい場所へ導く。帆がなければ、どんな言葉も意味を成さない
メヴラーナの7つの言葉 Mevlana'dan size ve bize YEDI OGUT
var: * Comertlikte yardim etmede akar su gibi
ol, 気前よさ、人を助けることでは、流れるみずのようであれ * Sefkat ve merhamette gunes gibi ol, 情け深さ、親切さは、太陽のようであれ * Baskalarinin kusurunu ortmede gece gibi
ol, 人の間違いを覆うことでは、夜のようであれ * Hiddet ve asabiyette olu gibi ol, 怒りや興奮は、死人のようであれ * Tevazu ve alcakgonullulukte toprak gibi
ol, 謙虚さは土のようであれ * Hosgorulukte deniz gibi ol, 寛大さは海のようであれ * Ya oldugun gibi gorun, Ya gorundugun gibi
ol ! 在るがままの汝であれ、汝のままの存在となれ (ありのままの姿(自分)をみせよ、もしくは、見られる姿(外観)のような自分になれ) この言葉は私のいちばん好きな言葉なのです。
来れ 来れ 何人であれ 再び来れ 不信者であろうと、拝火教とであろうと、多信仰者であろうと、来れ わが学びの場は絶望にあらず たとえあなたが百度その誓いをやぶろうとも 来れ 再び来れ HZ.MEVLANAの有名な呼びかけ、トルコ語で、GELは来れ、GENEはふたたび、またという意味 |
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