こどもたちむけのおはなし
宝石商と老人
手の震えのある目がよく見えない老人が宝石店に入りました。
「ともよ、はかりを少しの間貸してくれないかね。金紛を計るのでが。」
宝石商は聞こえないふりをして、
「うちにはふるいはございませんよ。」とこたえました。
老人は「茶化さず、早くはかりを貸してくれ。」ともう一度望みを言いました。
宝石商が「当店にほうきはございません。」というと、老人は、
「もうたくさんだ、冗談は。私がほしいのはハカリだ。知らないふりをするな。わしが何か言うと君はとんちんかんなことをいうのだから。そのはかりを貸してくれ、そうしたら行くから。」とおこりました。
宝石商はこの老人の怒りに対して、くすくす笑い出しました。
「ご覧下さい。お客様。私はつんぼではございませんよ。あなたのおことばを聞きました。ハカリをお望みですね。ですが私は意味もなくお答えしたわけではございません。あなたはご老人で、目もよくご覧になれませんね。手も震えていらっしゃいます。あなたは必ず金紛を計る時手の震えのために金紛を床に落としてしまうでしょう。こぼした後に私にほうきをかしてとおっしゃいます。それからはくとき、金紛と誇りが混ざりますので、ふるいわけるためにふるいをかしてほしいとまたいらっしゃるでしょう。」
私はことの結果を始めにわかりましたよ。さあ、このような状態であなたは私から計りをほしいと仰らないで下さい。他のお店をあたってみてください。」と言いました。
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昔帽子の代わりに男性の頭にはタッカをかぶりました。さらにその上からターバンをまきました。ターバンが大きく、見栄えがすればするほど、来た人の社会的地位や学問的知識が高いとされていました。新たに学び始めた生徒の独りが、頭に巻いたターバンを大きく見せ、人々から尊敬を得ようと考えました。それでターバンの中身を布の切れ端でみたし、外側はあたらしい輝くような布で飾りました。外側は天国の衣のようであり、中身といえばムナーフィク(偽信者)の心のように醜く品のない状態でした。
その生徒は外側は美しく中側は布切れで満たされたターバンをかぶり、高飛車な様子で学校へ歩いていきました。
その時泥棒のひとりが、大きなターバンをした生徒が通る人気のいない道の角で彼を待ち伏せをしていました。
案の定、その生徒を見つけたので喜びました。
「こんな大きな巻物はなんと美しいんだろう。これを売ればたいそうなお金になるぞ。」と夢のようなことをつぶやきました。
泥棒はすばやく大きなターバンをした生徒のそばへやってきて、生徒のターバンの端っこを持って、走り始めました。
生徒は泥棒に、
「おい、巻物を解いて持っていけよ、中を見ずに盗むな。気に入ったのだったら持っていけ君にやるよ。ゆるしてやるよ。」
泥棒はこの生徒よゆうのある警告に従って巻物をときはじめました。なにをみたでしょう?よろこんで盗んだターバンの中身はとんだ古い布切れのあつまりでしたね。
泥棒は手の中の布切れを地面に投げつけました。そして、
「げひんなやつめ。私はこのターバンはすばらしい布だと思ってぬすんだのに、だましたな。無駄おり損のくたびれもうけだわい。」とおこりました。
この泥棒のいかりに対して生徒は「はい、だましました。でも、君のも巻物を説いてから持っていきなさいと忠告もしましたよ。わすれないで、この世もこのターバンのようなものです。だますものです。外側から何かあるように見えるけれども、中をあけてみると、悪い行いの不誠実さがみられるだけです。」と泥棒に忠告を与えました。
お話に関することわざ
外見と中身が違う人になるな。
知識どおり行動しないアーリムは他の者には着せさせるが自分自身は裸の針をきているような者だ。
人間の中で最も罪深い者は、自分自身をよい仕事をしていると見せかけて、本当は、よくないことをする人々のことである。
この世はつかの間で、だましの世である。
知恵ある者とは、ことの結果を前もって考え、対処する者のことである。
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寒い冬がまたやってきました。哀れな犬は寒さで凍えそうです。食べる者もなく、さむさから身を隠せる小屋もありません。冬の寒さにこたえた犬は自分自身いこう言いました。
「夏がきたら、始めにやる仕事はまず冬の準備のために小屋を作ろう。もともと私の体は小さいのだし。小屋も簡単にできるだろう。」
あわれな犬は子の夢のために困難な冬をどうにか過ごしました。とうとう寒い時期が終わり、待ち望んでいた夏がやってきました太陽の光と熱が体を温め骨まで暖めてくれる。これがとても気持ちがいいので、冬寒く見ずもなくヌ無ところもない日々を忘れてしまいました。そして自分自身に、「夏がきたら小屋を作ろうといったっけ、でもこんな大きな体では、とってもおおきなこやをつくらなければならないなあ。」と呟きました。怠け者の犬はおなかもいっぱいで、あたたく感じ、今の自分の状態を信じ、日陰へかくれ、小屋を作るのをやめました。心の中である声が冬の厳しさについて語りかけ
「さあ、やくそくしたのだろう。小屋を作りなさい、冬準備をなさい!」
「こんなに体がおおきいのにどんな小屋には入れるというんだ。今ここで日陰にいることができるのに、誰がはたらくんだ?今、快適だし、とても元気だ。まだ冬はこないよ。」と言いながら小屋を作るのを先延ばしにしました。犬がこんな風に怠けて寝ながら過ごしているうちに、また冬がやってきました。そしておんなじ困難がまたはじまりました・・・・
お話に関することわざ
今日できることを明日に伸ばすな。
夏の日陰は快適、冬の糧袋は空。
知恵ある者は、災難から学ぶ者である。
歴史は繰り返すという。何か学んだのなら、(歴史は)繰り返しただろうか?
ありとキリギリスのメヴラーナ版とでも言えますが、出きればイスラームの偉大な人々の語ったお話も子供達に話してあげたいです。では、また。E
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とてもお金持ちの男の人がおりました。彼にはすらっとせの高い、賢いハンサムな3人の息子達がおりました。一生を息子達を善く育てるために費やしました。その人は年をとり、この世を去ろうとする時、友人の裁判官にこう頼みました。「私はもうじき死にます.子供達も立派に成長いたしました.すべて、彼らをよく育てるために、使いました.私に残った財産や金があれば、息子達の中で一番賢い子に残したいと思います。」と遺言を残して、なくなりました。
裁判官は子供達を呼び集めました.子供達はとてもよくしつけられていることを、彼らの行動からすぐににわかりました.子供たちは「裁判官殿、私たちにはもう父はおりません.父の決定に異存はございません。父の遺言したとおりをうけいれます。」といいました。「さあみんな、何か賢さを示すお話をなさってください.さあ、何方が一番洞察力があり、賢いかを見てみましょう。ただ、これだけは忘れずに、あなた達の話す言葉があなた方自身をあらわすということを・・・ですから、うそのないように。」
長男から話し始めました。「私は人の言葉がすぐわかります.もし何も語らなくても、3日以内には必ずその人のことを理解できます。」いいました。
次男はこう話しました。「私は人が話せばすぐに理解できます。もしその人が話さなければ、無理にでも話させます。」
一番下の子のほうへ裁判官はふりむきながら、「もしある人が黙っていることを強く望んだなら、あなたはどうしますか?」
末の子は「私も彼の前にだまって一緒にすわります。その時、この世にない美しい言葉が私の心に満たされたのなら、それらの言葉は、私自身の言葉ではなく、彼から私のこころへの届いた言葉です。なぜなら、心から心へ開かれたマドがあるのです。(以心伝心)
裁判官はこの末の子のはなしが大変気に入りました。それで、友人の遺産を一番小さい子に与えました。
このお話から学べること
1、父親が息子に残す最もよい遺産はよい性格とよい道徳です。
2、話す時にはよく注意しましょう。あなたの言葉はあなたの賢さのあらわれです。
3、以心伝心−人は時として、話さずとも伝わることがあり、なかよくなり、慕いあうことができる。その時、言葉は不要です。
「ペルシャ文芸思潮」黒柳恒夫著p82にこのメヴラーナの精神的マスナヴィーの象のお話の説明があります。ぜひご覧下さい。
インド人が暗い小屋にぞうを一頭入れた。
人々が列をつくって、小屋にならび、話し、さわり、
そして、ぞうについて説明してするようにと言った。
人々は暗い小屋に入りそして出た。
ぞうについてわかったことを説明しはじめた。
もちろん,真っ暗な中でぞうがみえないので、
ぞうの一部分をさらり、ぞうをせつめいしなければならなかった。
そして,ぞうがどのような動物なのかをわかったことだけでもせつめいしはじめた。
あるものはぞうの鼻をもって、
「ゆうじんたちよ、像はある管に似ています」とせつめいする。
あるものは、手でぞうの耳をつかみ
「いや、象はうちわににているよ」とせつめいした。
他の人はぞうの口にさわり、
「ぞうの形は穴みたいなかたちをしているぞ」。といった。
もう一人はぞうの背中をつかまえて、
「ぞうは木の板みたいなものだよ。」とせつめいした。
このように,像を見たものは自分が触った部分のところを、なにかににているとせつめいしはじめた。
彼らの言葉,外観、想像はみんなちがっていた。
一人は穴みたいというし、もう一人は管みたいとうい。つまりみんな違ったことをいうのだ。
もし見物人の一人がろうそくをみつけてなら、お互いの説明にはちがいがおこらなかったのに・・・
みんなぞうがある動物であることをかんたんにわかるはずだった。
お話からわかること
Herkesin anlay??? kendi goru?une goredir.
(人の理解は人それぞれ)
Do?ru birdir, anlay??lar bindir. Hak,
tektir.
(真実は1つ、理解の仕方は1000である。ハック(アッラー)は一。)
ある人が、何のりゆうもなく、見も知らぬ人に「バシッ」と平手打ちをくらわした。ぶたれた人がおどろく。「待て!怒るな!君にたずねたいことがある.私が君の頭をぶった時「バシッ」という音がしたよね。とても気になっているんだけど、この音は、私の手のひらから出たのか、それ
とも君の頭からでたのかな?」ぶたれた人は、この身も知らぬ男を頭のてっぺんから、足の先までじろっとみおろた。そして、力いっぱい、その男の顔に雷(かみなり)のような一撃をくわえた。そして、こうこたえた。「やあ、友よ、君の平手打ちが僕の頭をおかしくさせたので、考えるどころではない。今、君、ここへ座って、自分で考えてくれ。」といって、遠ざかって行った。
HZ.メヴラーナは 他人に試す前に、自分で試せといいたかったのですね。自分にとっていやなことは、他の人にとってもいやなことですものね。いたい思いをしたものだけが他の人のいたみもわかるものです。
トルコの昔の人たちは、「まず初めに針を自分にためして見て、それから大きな袋(チュヴァル)の大針を人にさすように。」いったそうですね。
動物の言葉を覚えたかったある人のその後
Hz..ムーサー(モーゼ)にある若者が訪ねてきた。「ムーサーよ、私に動物の言葉を教えてくれ.動物の言葉を聞いて、少しで教訓をえたいのだ。周りを見回すと、人々はみんなパン、水、誉れ、地位のこと、以外をわだいにしないようだ。」・・・つづく