雑文
【海】2003,12,5


釣り竿を固定すると、大海原を見渡しながら煙草をのむ。 誰もいない早朝の海岸で、波音と一筋の煙だけが存在を誇示している。 先程から徐々に体が汗ばんでいく。 やはり自然の中に居ても、私の身体は扇風機の人工の風が恋しいらしい。 と、どこかで風鈴の音が聞こえた。この海岸の近くに民家は無い。 しかし、音はハッキリと聞こえる。奇妙に思いつつ、短くなった煙草を地面に擦りつける。 次の煙草に火を点けようとして、マッチの火が潮風に消された。 もう一度と斜になると、煙草が口からこぼれ出た。 私の直ぐ隣に五、六歳の少女が座っていたのだ。 黄色いワンピース姿で風鈴を目の前に翳して凝視している。 少女は音色より、音色が出る瞬間を気にしているらしい。 その無垢な横顔に声もかけられず、私はただ見とれる。 はっと、あまり見すぎても悪いことに気付き、海に目線を戻す。 しばらくして再び横を見ると、海面を覚束ない足取りで進む少女が見えた。 あぁ、声をかけておくべきだったと後悔した。

【夏(仮)】2003,12,5


雲一つ無い青空など綺麗なものか。 私は砂の上に寝転がり、巨大な入道雲を見上げて一人納得した。 こんなにも美しい空を作れる自然というものは、やはり脅威でもある。 数日前、若い17歳の男女が溺死した。二人は恋仲だった。 その日、私は二人の姿を見ていた。 波打ち際ではしゃぐ二人を見て、こちらも爽やかな気分になれたのを覚えている。 しかしふと上を見上げると、空は眉間に皺を寄せているようだった。 次の瞬間、再び彼等の方に目をやると、既に二つの塊が海面にうつぶせになって揺れていた。 今と同じ様に砂浜に寝転がっていた私は、 助けるでも、人を呼びに行くでもなく黙ってその二つを見つめた。 そして再び空を仰ぐと、いつもと同じ空が見えた。 人気のある砂浜では無かったので、海の家の主人が騒ぎ始めたのは大分経ってからだった。

【妹】2003,12,5


冷凍庫を開けて、コップの中へ沢山の氷を放り込んだ。 カラン、カランという心地よい音と振動に、思わず顔が綻ぶ。 その時、タイマー設定にしておいたCDコンポからRED EYEが流れ始めた。 音に頷きつつ冷蔵庫を開けると、中には済ました顔の妹が居た。 仕切り板は全て取り払われ、そこにちょこんと正座している。 私は、妹の横に並んでいるカルピスの瓶を一つ取ると、 妹の目を見つめながらドアを閉めた。 コップの中に、カルピスをそうっと注ぐ。 氷が白い液に押し上げられ、苦しそうに微かな声を出す。 私は、声が聞こえるうちにと、一息にそれを飲み干した。 これが、やりたかったのだ。 空のコップを流しに置くと、妹につけられた左腕の傷が気になった

【脆い】2003,12,5


星の寿命は、気の遠くなるような年月ながら決まっている。 私達人類を含め幾多の生命を生み出したこの地球の寿命も、残すところ一年を切った。 私が物心ついた頃、既に砂漠化が進み、野性の動植物は消えていた。 数十年前から徐々に人類は次の星へ移住し始め、私も家族と共に現代の箱舟に乗る---- 私は今、枕木を文字通り枕にして寝ている。 列車で箱舟へ向かう途中、窓には黄土色の砂漠と瓦礫しか見えなかった。 しかし、一瞬だけ何か異質なものがハッキリと見えた。 途端に激しい焦燥感のようなモノを感じた私は、荷物と共に窓から飛び降りた。 その発作的な衝動は抑えきれるものではなかったが、それを引き起こしたのが 一本のラベンダーだったと分かった時、私は笑った。 植物を生で見れたのは初めての事で、砂漠の中に芽生えたのは奇跡と言えるだろう。 しかし、それが家族の最後の顔も見ずに列車から飛び降りる程の事だろうか。 もう、この付近に人は居ない。箱舟までは数百km。荷物の中には一本の水と衣服のみ。 私は、直ぐに最後の一滴までラベンダーへ水をやった。

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