エッセイ〜individuality Shout!〜

ナショナリズム小論


 ナショナリズム(nationalism)は「国家主義」や「国粋主義」と訳すことができるが、一般にイデオロギッシュな愛国心と認知されることが多い。いずれも「国家」を類推させる言葉であるが、この場合の「国家」とは、例外なく「国民国家」を指している。
 「国民国家」とは、封建的支配階級の絶対主義体制が崩壊した、フランス革命に代表される「市民革命」以降誕生した社会体制である。言葉を借りれば「一定の領域を政治的に支配する、主権を備えた国家の住民が、共同体としての国民的一体性の意識を共有している国家」と、定義することができる(綾部恒雄『文化人類学のフロンティア』)。つまり、国民は同等の権利と義務を有し、共通のアイデンティティ(同一性)をもつことにより、国民足りえるということである。「共通のアイデンティティ」とは、「国民国家」の根拠を主張する際にその根幹を成す「民族(ethnic)」「文化(culture)」「人種(race)」等を指す。
 「国民国家」をベネディクト・アンダーソンの唱える「想像/捏造」の産物と規定するならば、「民族」「文化」「人種」等の国民とそれ以外の人間を差別化する言葉は「国民国家」創出の際に必要不可欠な概念である。つまり、「国民国家」創出にあたり、「国民(nation)」を規定する必要に迫られたのである。それを実証するように、これらの言葉が文献に登場するのは、早くても十八世紀末の市民革命以後である。結論を言えば、「民族」「文化」「人種」という概念は、「国民国家」創出の道具として、恣意的に、明確な目的をもって発明された「単位」なのである。加えれば、「国家、国民(nation)」という言葉(概念)も同時代に、同様の経緯で、発明された「単位」である。
 これらは、いずれも発明経緯上、強烈に「我らus」と「彼らthem」を差別する言葉である。そして、言葉の成熟と共に*1「我らus」=「西欧人」が「彼らus」=「文明をもたない野蛮人」の図式が完成し、抑圧・攻撃するのに都合のいい理屈が、無意識的、自動的に、作り上げられていったのである。これらの概念が帝国主義を生む苗床となり、十九、二十世紀の悲惨な植民地支配を正当化する理論的な言説となった点をみても、その犯罪性は、明らかである。
 日本もその例外ではない。日本は明治以降の国民国家創出に当たり、「西欧人」=「我ら」=「列強」の側に入ることをその至上命題にした。その理由は、「万国公法」を用いた欧米列強の、やはり、人間を差別化す単位を必要とする、ヘゲモニックな侵略システムそのものにある。
 「万国公法」は、あくまでも欧米列強間の国際法にすぎないが、国民国家の創出の際に使用された論理と同様に「我ら」と「彼ら」を分ける思想を根底に有している。「万国公法」において、「世界」は、欧米列強を中心としたキリスト教国を「文明国」として特権化し、それ以外の国を「未開国」とした。そして、「文明国」が「未開国」の領土を無主の土地として、領有することを正当化したのである。
 「万国公法」的な見地に立てば、明治政府は純然たる「未開国」であり、彼らは無主の土地の「野蛮人」として処理されるべき立場であった。いや、すでにその第一歩は、列強各国と結んだ不平等条約で体現されている。故に、明治政府において、「万国公法」の規定する「文明国」としての、「国民国家」創出が至上命題とされたのである。
 そこで、明治政府は自分達を「文明国」として認めさせる手段を講じた。「野蛮国」を捏造し、侵略、植民地化することで、自分らを「文明国」に仕立て上げたのである。
 そこで捏造されたのが、「旧土人」や「朝鮮人」、「支邦人」である。彼らを「野蛮人」として、捏造、規定することで、自らを「文明人」と奢ったのである。そして、その論理を「万国公法」と結合することにより、後の侵略行為を正当化したのである。その証拠に、明治以前の文献に「朝鮮人」等の言葉は存在しない。つまり、それ以前に使われていた「(ニュアンス的)朝鮮に住む人」という言葉を、「朝鮮人」という想像された言葉にすりかえることによって、「日本人(大和民族)」と区別する「朝鮮人(朝鮮民族)」等の民族概念を捏造したのである。「日本人(大和民族)」などという概念は、それらを捏造することによってしか成り立ちえない、日本のヘゲモニー論理構築の道具でしかない。
 福沢諭吉はその論理を『文明論之概略』で、ひろげている。福沢は欧米列強を「文明」、アフリカの欧米植民地化された国々や豪州を「野蛮」と規定したうえで、日本を「半開」としている。そして、「右の如く三段に区別してその有様を記せば、文明と半開と野蛮との境界分明なれども、元とこの名称は相対したるものにて、いまだ文明を見ざるの間は、半開を以て最上とするも妨あることなし、この文明も半開に対すればこそ文明なれども、半開といえどもこれを野蛮に対すればまたこれを文明といわざるを得ず」と、規定している。  つまり、「半開」である日本は「文明」ではないが、「野蛮」と比較して「文明」であると、しているのである。この論理が「野蛮」でしかない日本が、アイヌや琉球、台湾、韓国を侵略する根幹になった。もっとも、詭弁としか言いようがない論である。ただし、この詭弁を軸に、「脱亜論」等が発展、構築され、それ以降、しばらくの日本政府の基本理念となってしまったのだから、たまらない。
 「文明civilization」という言葉もやはり、18世紀の国民国家創出の際に、「民族」「文化」「人種」と同様に、作られた「単位」である。欧米も日本も、自ら作り出した言葉(単位)で、「彼ら」を想像/捏造することにより、「我ら」のアイデンティティを作った。そして、それ以降は「彼ら」を抑圧や差別する事で「我ら」のアイデンティティを保ってきたのである。その差別に根ざす思想は、現代に至っても、全く衰えることがない。むしろ、第二次世界大戦後に、イノセントなものへとさらに捏造され、活況に満ち満ちている。今現在、愛する祖国の「民族」や「文化」を、「すばらしい」と言うことに、誰が違和感を感じることが、できるだろうか。「日本文化論」の滑稽さや、危険性を論じる場所がどこにあるだろうか。
これは、日本だけのことではない。サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』を何の疑いも抱かずに受け入れることのできる、世界中のメディアや論壇の、その漠とした狂気が恐ろしいのだ。
 司馬遼太郎は戦前末期の侵略的行為を、日本の歴史が、「不覚にも」も宿してしまった「鬼胎」と比喩しているが、「鬼胎」は明治時期に主体的に、身篭ったのではないだろうか。福沢の論理は、帝国主義誕生前期におけるものでしかないが、それ以降に構築された帝国主義的理念も含めて、それらを支える理念の「民族」「文化」「人種」の肯定に始まる感情(思想とは言い難い)がナショナリズムである。明確に指すなら、ナショナリズムこそ、日本の歴史が孕んでしまった「鬼胎」の「母親」なのでは、ないだろうか。
 少なくとも、私は「鬼胎」の「母親」になることを拒否する。今、世界中に親権問題が湧き上がるのである。



※1:姜尚中・森巣博『ナショナリズムの克服』(集英社)から表現を引用


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